インバウンド特集レポート
中国や台湾にはない、日本ならではの雲海スポットが山梨県にある。都心から最も近く、雲海越しに富士山が眺められるという韮崎市の甘利山を紹介したい。
見慣れたいつもの風景にこそヒントが!
古来の神秘的な仙境のイメージと重なることから、中国人観光客に伝わりやすい雲海というコンテンツだが、逆にいえば、日本ならではの特色や価値観を求められがちでもある。はたしてそのような特色ある雲海とは何だろうか。
それを考えるうえで、日本の代表的な雲海スポットである星野リゾートトマムの雲海テラスが誕生したエピソードは参考になりそうだ。同施設のサイトには、以下のような興味深い説明がある。
“2005年初夏のある朝、スキー場の山頂付近でゴンドラのメンテナンスにあたっていると眼下に雲海が広がっていた。
大好きな光景であったが、地元で生まれ育ったスタッフにとってそれは「見慣れたいつもの風景」でもあった。だから普段ならちらりと見ればそれで終わり。だが、この日は頭の中をお客様が喜ぶ姿がよぎった。
「お客様にも、この眺めをぜひ見せたいなぁ。ここでおいしいコーヒーを飲んでくつろいでほしいなぁ。」
何気ない一言だった。
雲海は山麓から見ると、頭上に雲がかかっているようにしか見えない。雲よりも上に登らなければ、雲海の美しさは分からない。
曇り空を見たお客様が本当に頂上まで来てくれるのかという声もあったが、ほとんどのスタッフはこのアイデアに賛同した。”
※雲海テラス「雲海テラスの歴史」(星野リゾートトマム)より抜粋
その後、前身となる早朝カフェのテスト営業を始めたところ、続々と客が現れたのだという。
ここで着目したいのは、「地元で生まれ育ったスタッフにとってそれ(雲海)は『見慣れたいつもの風景』でもあった」という指摘だろう。つまり、地元の人間にとっては特別なことではなくても、外から来る人たちにとって価値があれば、キラーコンテンツになり得るし、誘客の可能性があるということである。
だからこそ、海外からの観光客がまだ訪れていない地域は、外国客にとっての価値を強く意識したうえで、インバウンドに賭けるべき理由があるではないだろうか。
富士山と雲海のセットの魅力がバズる?
インターネット上にはさまざまな旅行サイトが独自に選んだ雲海ランキングが存在している。そのどれにも選ばれていないけれど、中国や台湾にはない、日本ならではの特色を持つ雲海スポットがある。
山梨県韮崎(にらさき)市にある標高1731mの甘利山(あまりやま)は、地元では季節に咲く花々を楽しみながら山登りするハイキングコースとして知られている。だが、その最大の魅力は、早朝に山頂から望む「雲海越しの富士山」である。
▲甘利山から眺める雲海越しの富士山
韮崎市から甘利山グリーンロッジの運営を委託されている功力昌治
▲4人部屋の客室(甘利山グリーンロッジ)
▲キャンプ場も設置され、登山客も多く利用する
▲キャンプファイヤーを楽しむ宿泊客
▲雲海だけでなく、夜景も見られる
甘利山グリーンロッジ
韮崎市旭町上條北割1-9
利用期間:5月1日~10月31日
だが、残念なことに、この雲海スポットは、地元ではそれほど認知されていないようだ。かつての星野リゾートトマムの雲海テラスのスタッフたちと同様に、「見慣れたいつもの風景」と感じられるからだろう。
今年3月、韮崎市では、地元の観光資源の現状や課題を知るべく、インバウンドの専門家や山梨県を訪れる訪日客のうち上位を占める中国や台湾出身の外国人数名が参加する「外国人モニター・ツアー」を実施した。
同ツアー報告書をまとめたインバウンド専門家の深澤和博さん(韮崎市の隣の北杜市出身)によると、同市がインバウンド誘客を行ううえで、最も外国人受けするメインコンテンツは「甘利山の雲海」だという。その理由として、甘利山が持つ以下の3つの特長にあると分析している。
1)「雲海と富士山がセットで見える」ことが、全国的に見ても貴重であること
2)都心から近い雲海スボットであること(JR中央本線利用で新宿から1時間40分)
3)山頂に宿泊施設(甘利山グリーンロッジ)があること
一般に雲海が発生する場所は、大都市圏から遠く離れた山間部が多いなか、甘利山は最も都心に近い雲海スポットのひとつであること。また中国や台湾では見られないという意味でもそうだが、眼前に広がる雲海の先に富士山が浮かび上がるという眺望は国内でも貴重といえるのではないだろうか。全国に雲海スポットは数あれど、まさに価値ある雲海なのである。
宿が近くにあるかが重要な決め手になる!
これらに加え、多くの雲海スポットは、雲海が発生しやすい早朝に自家用車などで移動する必要があるが、甘利山では山頂に宿泊施設やキャンプ場があることから、他のスポットに比べても、アドバンテージがある。実際に最近では、周辺のリゾートホテルがこの甘利山が絶好の雲海スポットだということに気づき、早朝にミニバスや車で山頂を訪れる宿泊者向けのツアーが始まっているという。
全国にはまだ外国人観光客が訪れていない地域がたくさんあり、こうした地域ではインバウンド誘客を打ち出す方向性と地元の認識が必ずしも合っておらず、迷走しているケースは数多くある。だが、こうした地域こそ、外国客にとって「SNS映え」するスポットの発掘を優先すべきだろう。
なぜなら、その地域を代表する「顔」が必要だからである。そして、その「顔」は地元の人たちではなく、海外の人たちからみて魅力的に映らなければ意味がない。発想の転換が不可欠なのだ。
「見慣れたいつもの風景」がキラーコンテンツに変わる、その可能性はどんな無名の地域にもあるのである。
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