インバウンド特集レポート
前回は、広島の平和記念資料館での外国人観光客の受け入れについてお伝えした。このように、原爆という悲惨さによって、良くも悪くも世界で知られた都市、広島では「ピースツーリズム」が生まれたが、戦争や災害の跡地を巡る「ダークツーリズム」についても、本レポートで考えてみたい。
広島のピースツーリズムへの取り組み
広島市が進めるピースツーリズムについて前述したが、これは、同市が原爆被害を前向きな気持ちに昇華することを目的にピースツーリズムを提唱しているようだ。被爆者や平和運動団体関係者らを招いたピースツーリズムの懇談会が2017年6月に立ち上がり、座長を務める元平和記念資料館館長の原田浩さんは「オバマ氏の訪問で、海外に発信する機運は高まった。被爆地だからこそ伝えられる平和の大切さを感じてもらえるよう知恵を絞りたい」とコメントを残している。
当時、地元の新聞社である中国新聞の社説には、広島市が「平和都市」としての観光政策の在り方を考え始めたと明記されていた。背景には、原爆死没者を追悼し核兵器廃絶を願う地で、にぎわいや観光振興をどう両立させるのか、課題として持ち上がってきたからだ。例えば、原爆ドームの世界遺産登録20年を記念して市が2017年12月、ドーム周辺をイルミネーションで彩った際に、被爆者から「ふさわしくない」と批判の声が上がったことも理由だろう。やはり原爆遺構は慰霊や鎮魂の場でもある。
ダークツーリズムとは何か?
ところで一般的には、戦争や災害の跡地を巡る観光に「ダークツーリズム」という用語が使われ始めている。
ダークツーリズム(英語: Dark tourism)とは、災害被災跡地、戦争跡地など、人類の死や悲しみを対象にした観光のことと定義されている。学術論文も発表され、研究も進んでいるようだ。
「世界ダークツーリズム」(洋泉社 2016年刊)という書籍では、アウシュビッツ収容所跡、チェルノブイリ原子力発電所、グラウンドゼロ、キリング・フィールドなどが取り上げられており、アフリカのルワンダの内戦で大量虐殺された数万人の遺骨のグラビアが生々しい。その現実を展示することで、悲惨さを訴えたいという意見もあるだろう。しかし私は、その写真のショックのほうが大きく、肝心な平和への想いにまで昇華しきれないのではと思う。
さて、この書籍の中で南京大虐殺を取材した下川裕治氏によると、その虐殺の真偽の意見は分かれるところだが、中国・南京にあるその資料館には中国の多くの学生が修学旅行としてやって来るのが昨今の事情だという。つまり、中国政府による抗日運動の象徴として、教育の場になっている。人民解放の歴史的遺構で、平和への願いというよりも、愛国心教育に利用されているのではないかと下川氏は指摘する。
もう一つのダークツーリズムの遺構として、中国ハルビン郊外に旧731部隊・本部跡があるが、下川氏によると、こちらは都市部から遠く、あまり修学旅行では来ないという。日本軍が、細菌兵器を製造するために行われた人体実験の場で、耳を塞ぎたくなる恐ろしいことが多く行われていた。日本は、原爆による被害者でもあると同時にアジアにおいては加害者でもあった。そのことを忘れがちになる。やはりそういう事情もあって、アジアからは、広島を訪れる人は少ないのだろう。
ダークツーリズムという呼び名に対する違和感
一方で、怖いもの見たさのダークツーリズムに陥りがちな面も否めない。広島でも、いかに平和を訴えるかに気を配っていて、前述した広島平和記念資料館のリニューアルも、それがポイントになっているのだろう。数年前には、蠟人形をを使った恐ろしい姿が再現されていたが今は撤去され、ありのままの遺品を見てもらうなど、被害者の心情に寄り添ったものを目指している。
さらに、自然災害についても「ダークツーリズム」という言葉を使うことには違和感がある。教訓として、いかに後世に伝えていくかが重要だ。
例えば、福島県では、東日本大震災の被災地を訪ねるツアーを「ホープ(希望)ツーリズム」という呼び方をしている。災害の現実を踏まえ、未来に対し希望を取り戻そうということだ。自然災害が多い日本にあって、1000年に1度といわれる大きな災害に見舞われた東北地方で、災害学習がテーマのツアーが生まれていて、なかには外国人向けのプログラムもある。
具体的に、市街地のすべてが壊滅的な打撃を受けた陸前高田市、そして、福島県の原発跡地の周辺へのツアーについて、どのような取り組みがなされているか、紹介していこう。
東日本大震災の津波被害と復興を学びのツアーに
陸前高田市では、2014年から、震災当時に支援をしてくれた国々から、「復興の様子を知りたい」という声を受け、視察ツアーを開始した(それ以前も臨機応変に対応はしていた)。視察ツアーの受入整備の一環として、同市は構造改革特区の認定を受け、国家資格を持っていなくても活動できる「陸前高田市認定通訳ガイド」の認定制度を作り、地元の在住外国人によって、当時の状況や復興の取組みを生の声として伝えることができるようにした。
「海外からは年間約500名の視察ツアーを受け入れていました」と陸前高田市の商工観光課の担当者は言う。その受け入れの実働部隊として活躍しているのが、一般社団法人マルゴト陸前高田だ。2014年4月、陸前高田市観光物産協会内の専門部会として発足、2016年4月一般社団法人として独立した団体だ。市が視察の問合せ窓口になり、実務を一般社団法人マルゴト陸前高田が担っている。
視察ツアーの詳細プログラムは、マルゴト陸前高田が視察を申し込んだ海外の団体と連絡を取り合ってカスタマイズしていく。
陸前高田市は視察参加者にとって「学びの場」「研究の場」「防災学習の場」となっている。通りいっぺん見て回るというより、じっくりと歩きまわる長期滞在者が多いそうだ。
「学びの場」としては、ハーバードやプリンストンなど名門大学も含む主に欧米の大学からの視察を受け入れてきた。特に近年、地震・津波リスクへの意識が高まっているアメリカ西海岸の大学からの視察団などは、陸前高田のケースが他人事ではないと感じたのではないかと、マルゴト陸前高田の担当者は言う。
学生に対しては、陸前高田の復興における課題をオープンに伝え、参加した学生たちに解決方法を議論し、提案してもらうという試みを実施した。教訓や事実を現場で学び、その先は議論をすることで深めていく。
学生からの提案は実際に市に提出し、その後、提案の採否やその理由など市からのフィードバックも参加者に伝えた。
さて「復興最前線ツアー」では、震災の教訓の伝承、大規模工事、ゼロからのまちづくりが行われていて、震災を乗り越え明日に向かう姿を知ってもらうことを目的に造成された。陸前高田の「過去」「現在」と「未来」がよくわかると好評のツアーだ。
他にも、奇跡の一本松 & 旧道の駅TAPIC(震災遺構)や旧気仙中学校(気仙川河口付近)見学コース、巨大防潮堤と高田松原再生計画を知るコース、中心市街地等大規模 嵩上げ工事見学コースなどもある。
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