インバウンド特集レポート
「旅」という視点から見た静岡県の最大の価値は、海側から望む富士山の景色。旅行先として最大の強みを持つ静岡県だが、外国人旅行者の中でも日本を詳しく知らない欧米圏観光客の多くは、今自分が足を運んでいる場所が「静岡」であるとは認識していない。
富士山という武器を活かしながらも、それだけではない多面的な静岡の魅力をいかにして広く発信し、認知度を高めていくか。そして実際の訪問に繋げそこで感動体験を提供していくのか。静岡県地域連携DMOとしてインバウンドを軸にマーケティングに取り組む静岡ツーリズムビューロー(Tourism Shizuoka Japan:TSJ)が、2017年の設立以来、欧米市場向けに一貫して行ってきた取り組みを、TSJディレクターである府川尚弘氏に伺った。
中国人観光客からの圧倒的な人気を誇る静岡
観光庁発表の宿泊統計によると、2019年の静岡県内の外国人延べ宿泊者数は249万人泊で全国第10位。静岡における訪日インバウンド市場最大の特徴は、宿泊者数の7割が中国を占めることだ。宿泊統計を取り始めた2007年から静岡最大の顧客は中国だったが、徐々にその割合が増えており、2015年以降は7割前後という状態が続いている。海外旅行歴の長い中国都市部では個人旅行化が進んでいるが、内陸部を中心に団体ツアーで初訪日というケースもまだ多い。彼らがゴールデンルート上を観光する際に、一度は富士山を見たいと静岡に立ち寄っているのでは、とみている。
一極集中の分散化を目指し、対象市場を3つに分類したうえで戦略を設定
一方で、1つの市場が7割を占めるといった状況は他の都道府県では見られない。
「観光を産業と捉えたとき、マーケットポートフォリオが1つの市場に偏りすぎるとリスクになる」
TSJ設立時からそうした危機感を持っていた府川氏は、中国市場への一極集中を少しずつ緩和させようと、インバウンド市場を「重点」「開拓」「保持」の3つに分類したうえで対象市場を定めた。
まず、既に一定の規模がある中国、台湾、韓国を「保持市場」とし、より質の高い商品やサービスの提供を通じて、数を維持したままお客様の質も高めていく戦略をとる。香港、タイ、オーストラリアは、訪日市場の規模は一定数あるものの静岡のシェアは低い。静岡へ足を運ぶきっかけを提供すれば、比較的短期でポートフォリオの平準化に繋がる「重点市場」と位置付けて取り組んでいる。
そして、新たに開拓していく市場として位置づけているのが欧米市場だ。そのなかでも訪日客数が比較的多い英国、ドイツ、フランス、カナダ、米国を「開拓市場」と設定する。欧米圏では、旅を楽しむこと自体の歴史は長く、質の良い旅は重要という価値観がある。また、極東アジアへの旅となれば2週間以上のツアー行程が定番で、静岡県の組み込みも可能性が高い。「欧米と日本では持っている文化が大きく違うため、日本の本質的な文化や独自の生活スタイルに価値を感じてもらいやすい」欧米市場の特徴について、府川氏はそう話す。
旅先としての認知度を高めるべく海外メディアや旅行会社との関係を構築
市場を3つに分類したなかでも開拓市場と位置付ける欧米圏ではまだ、静岡が魅力的な旅先として広く認知されていない。そのため、海外メディアへの露出を増やし、消費者の心の中に、“旅先”として静岡を候補に挙げてもらうこと。そして海外の旅行会社に、メディア紹介のイメージにあった体験が味わえるツアーを商品化してもらい、実際の訪問に繋げること、この2つのアプローチが重要になるという。
欧米市場の旅行会社やトラベルコンサルタントへのアプローチを重要視する理由について、「ロングホールの旅をする方は、より質の高い旅を求める人ほど、旅行会社やトラベルコンサルタントなどを通じ、自身のニーズをきちんと満たす形に仕立てられたツアーに参加する人が多い」と府川氏は話す。また、そういった人たちほど所得が高い傾向にあることも付け加えた。
痒い所に手が届く丁寧な対応で着実にメディアへの露出を増やす
2019年は、TSJやTSJ海外事務所によるアプローチを通じてメディア露出に繋がったものは、把握している限りで62件に上った。
事業予算は限られていて、メディアの誌面を広告として買うようなことはほぼない。TSJ海外事務所による日々の営業活動に加え、TSJ本部からの先方のニーズにあった静岡の素材提供や、取材や視察時の痒い所に手が届く丁寧な対応の積み重ねで掲載を増やしてきた。
府川氏は「彼らのニーズをつぶさに拾い上げるだけでなく、常に相手の望むものを想像し、期待以上のものを届けようと心掛けてきた」という。こういった取り組みが功を奏し、リピート掲載や、露出枠の拡大など想定以上の成果にも繋がっているという。
例えば、JNTO経由でメルセデス・ベンツの新型SUVプロモーション動画撮影を日本で行うことを知った時のこと。2000万円クラスの四輪駆動車の購入者層をイメージし、TSJスタッフ総出で撮影場所としてふさわしい場所を選び、それらを盛り込んだ企画書を自主的に作成して送ったという。当初、撮影スポットに『富士山』は入っていたが、静岡は候補地ではなかった。ただし、先方のニーズに応じた提案ができたことで、静岡県でもロケが行われ、伊豆半島のすすきで有名な稲取細野高原や、河津七滝ループ橋、富士市の林道など静岡県内の多くの場所が取り上げられたという。
なお、メディア露出については、掲載回数に加え、どの程度の費用対効果を生み出せたのか、可能な範囲で広告換算し、数値化して把握しているという。
海外旅行会社による商品化につなげるための2つのアプローチ
実際の旅行訪問に繋げるためには、海外旅行会社が作る訪日ツアー商品に静岡を組み込んでもらう必要があるが、静岡の魅力的な場所を集めたパンフレットをもって営業するだけでは難しい。商品化に繋げるためにTSJが大切にしてきたことが2つあるという。
1つ目は、旅行会社からTSJに派遣されている商品企画のプロの方を中心に、県内の意欲のある地域や事業者と共に半日~1日程度のエクスポートレディなユニット商品(主要駅からの交通と体験がセットになった商品)を作ってきたこと。現在は、静岡の伝統や暮らしぶり、豊かさを体験できる商品を中心に、60強ほどのラインナップがある。海外旅行会社への営業の際に静岡に興味を示した方には、これらの商品を紹介し、ニーズに応じて柔軟に組み込めることを伝えてきた。
なお、この商品はTSJが運営するウェブサイトExplore Shizuokaの「Mount Fuji Travel」で個人予約も可能としている。
現在は、これまで作ってきた半日~1日のプランをベースに、よりテーマ性を持たせた1泊2日~4泊5日程度のモデルプランを十数本ほど作り込んでいる最中だ。海外へのセールスコールが可能になった際には、これらをもって旅行会社に営業に行く予定だという。
相手のニーズにあった提案が旅行会社の心をつかむ
2つ目は、日本を扱う旅行会社やトラベルコンサルタントの中でも、静岡の魅力を評価し、しっかりした販路を持っている会社やエージェントをつかみ、関係性を維持することだという。静岡では観光による県内の経済波及効果を高めることを目指し、観光客数を追うことより、たとえ少人数だとしても、高付加価値の商品を提供し、顧客の満足度を高めることを重視する。逆に言うと、安さをウリにするような旅行会社とは距離を置くなど、ある種の割り切りもしている。
府川氏は「パウダースノー以外の日本の田舎や自然、人の生活の魅力が全てあるのが静岡。『一般的な観光は有名な都市で体験していただき、もう一歩進んだ体験、例えば日本人との触れ合いや、日本らしい時間を静岡で過ごしてみてはどうか』と提案すると、驚くほど多くの方が興味を持ってくれる」という。
「欧米の訪日ツアーは、ゴールデンルートを中心に、広島や金沢、中山道や高山などにも立ち寄る2~3週間のものが多いが、どれも似たような商品。少し高価格帯のツアーを扱う旅行会社は、他と差別化できる場所を探している。そのニーズに応じた提案ができている日本の自治体やランドオペレーターはまだ多くはないのではないか」欧米圏旅行会社の訪日ツアーの現状についてそう話す。
また、TSJは、県全体のマーケティングを担う地域連携DMOなので、海外メディアの取材や旅行会社の視察受け入れの際は、県内の地域DMOや観光関連団体と協働している。海外メディアのニーズや意向をくみ取りつつ、地域側を立てながらそのニーズを伝えることも大切な役割の一つだ。視察を受け入れた際は必ずアンケートを取り、その結果を受け入れ側の地域へフィードバックすることにも欠かさずに取り組んでいるという。
(次回へ続く)
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