インバウンド特集レポート
リジェネラティブ(再生・再始動)という言葉は、日本ではまだ聞きなれないが、世界に視野を広げると、既にその取り組みは始まっている。
2020年9月、世界最大の小売業者、米・ウォルマートは、サステナビリティ経営やサーキュラーエコノミー(循環型経済)を超えるべく、「リジェネラティブ企業宣言」を行った。要は、環境負荷をゼロにするのではなく、小売業界のリーダーとして世界のサプライチェーンを再生可能なものに変えていく役割を担っていきたいという表明だ。
環境保全に力を注ぎ、2019年には国連の「地球大賞」も受賞したアウトドアブランドのパタゴニアも、リジェネラティブ・オーガニック農法によるコットンの使用を始めている。パタゴニアのホームページによれば、同農法は〈土壌を修復し、動物福祉を敬い、農家の暮らしを改善させることを目的〉としている。
こうした「リジェネラティブ」という考え方は、2020年末に刊行された『観光再生』(プレジデント社)でも触れたとおり、旅行業界でも広がりつつある。本稿では、リジェネラティブ・トラベルに取り組む世界の宿泊施設について紹介していく。
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リジェネラティブ・トラベルの実践者1:カンボジア「シンタ・マニ・ワイルド」
アンコールワット観光でおなじみのカンボジア。しかし紹介したいのは、旅行者でごった返す世界遺産への玄関口であるシェムリアップでなければ、首都のプノンペンでもない。まして2010年代後半に入って、盛んに観光開発が行われたシアヌークビルのビーチリゾートでもない。
2018年末にオープンした、プノンペンから4時間ほどかかるカルダモン国立公園の南東部にある、シンタ・マニ・ワイルド(Shinta Mani Wild)というベンスリーコレクションによるラグジュアリーな宿泊施設だ。
出典:https://www.facebook.com/ShintaManiWild/
日本でいえば、グランピング施設に近い。ただし、1泊1900ドル(約20万円)がミニマム料金で、3泊以上することが宿泊する条件であるため、最低でも5700ドルを支払わないと泊まれないという意味で、安易に日本でよくあるグランピングを想像するのは賢明ではない。
全部で15室(テント)からなるオールインクルーシブの同リゾートは、渓谷を流れる川沿いに建てられており、環境に優しいアクティビティといわれるジップライン(世界トップクラスの長さ)を筆頭に、滝の上で行うピクニック、密猟や違法伐採から地域を守るレンジャーのパトロール体験、バードウォッチング、ハイキング、マウンテンバイクでの冒険、野生のなかに自生する食材の調達といったことができる。
これらの体験に加え、地域の食材をふんだんに使った食事や多彩な飲み物(シャンパンやカクテルも)、ウェルネス(クメール式のスパやマッサージ)も、すべて宿泊料金に含まれている。
「違法伐採者」を雇っている理由
こうした魅力的な体験以上に強調すべきなのは、リジェネラティブな取り組みだ。同リゾートは約120人のスタッフを抱えており、そのうち7割が地域コミュニティの住民を雇っているという。
実は、そのうちの何人かは密猟や違法伐採を行っていた人なのだが、彼らは悪意をもって悪事を働いていたわけではなく、環境に関する知識不足があり、そもそも生活のために収入を確保しなければならなかったのだ。
出典:https://wild.bensleycollection.com/conservation/
そうした彼らを罰するのではなく、教育し従業員として雇うことは、この地域の宝である森林を守ることにつながり、結果的にそれは野生動物の保全にもつながる。まさにリジェネラティブな取り組みだといえる。
さらに、使い捨てのプラスチックは使わずリサイクルされた容器を活用したり、スパで使用するトリートメントはリゾートを囲む森林から取れた薬用植物やハーブ、スパイスを用いている。
加えて、Wildlife Allianceという国際的な野生動物と森林の保護のためのNPOへの資金提供も行っている。こうした取り組みが評価され、世界中のさまざまなアワードを受賞し、権威ある旅行誌でも魅力的なレビューが書かれている。
リジェネラティブ・トラベルの実践者2:ベリーズ「ハマナシ・リゾート」
次に紹介するのは、唯一、中米で英語を母国語とする国、ベリーズにあるハマナシ・リゾート(HAMANASI ADVENTURE & DIVE RESORT)。先のシンタ・マニ・ワイルドと同様、オールインクルーシブである同施設は、中米屈指のリゾート地であるベリーズのなかでナンバーワンの呼び声も高い。
同リゾートが選ばれる背景には、スタッフのサービスやアクティビティのクオリティ、ハード面のレベルの高さに加えて、リジェネラティブ・トラベルへの多面的な取り組みへの高い評価がある。
出典:https://www.facebook.com/HamanasiResort/
その取り組みを具体的にみると、大きく分ければ、環境への配慮、責任あるエコツーリズム、コミュニティへの貢献の3つである。
なかでも、週に1回ゲストに対して行われる「グリーン・アワー」の時間には、同リゾートのスタッフがプレゼンテーションを通して、環境保全や地域コミュニティのためにしていることや、今後の計画を知ることができる。さらに、ゲスト自身にも質問や発言の時間が与えられる。つまり、ハマナシ・リゾートは自分たちの意見や主張を伝えるだけでなく、ゲストからの斬新なアイデアや疑問点を取り入れ、さらなる進化を遂げたいと考えているわけだ。
ハマナシのスタッフは97%がベリーズ人で、そのほとんどが周辺コミュニティの出身者で構成されている。それ自体は特段に珍しいことではないかもしれない。
「責任ある観光」を宿泊者に呼びかける
重要な点は、彼らが日々の業務をこなすだけでなく、継続的なトレーニングを受けられることにある。サービスレベルを上げるためのものはもちろん、それ以外にもサステナビリティや人身売買といった社会問題に対する知識の向上を実現させる時間も設けているという。
全室にエアコンのかわりとなる天井ファンと大きな窓が施され、家具はそのほとんどが地域の素材と地域の大工の手によって作られている。日々の消耗品についても、あらゆるベンダー(販売会社)に対して環境ポリシーの周知を徹底させ、ビニールは生分解性のものしか使用していない。もちろん余った食べ物(フードロス)はコンポストで堆肥化させている。
出典:https://www.facebook.com/HamanasiResort/
施設側の取り組みだけにとどまらず、ゲストに対する「責任ある観光」への呼びかけも忘れない。
一部を紹介する。
「水筒を用意してください」
「タオルは再利用してください」
「地域の文化や習慣を尊重し、迷ったときは勝手に自分で判断せず、聞いてみてください」
「自然や遺跡からお土産を持ち帰らないでください」
「歯磨きや髭剃り、ブラッシングのときは水を止めてください」
「リーフフレンドリーではない日焼け止めを使わないでください」
「ここで学んだ環境問題への取り組み方を、周りの人に伝えてください」
なお、トリップアドバイザーには、同リゾートの口コミは約2500件あるが、そのうち2400件以上が「とても良い」という最高評価を得ている。
リジェネラティブ・トラベルの実践者3:フィジー共和国「ココモ・プライベート・アイランド・フィジー」
最後に紹介するのは、太平洋上に浮かぶ国、フィジー共和国の首都スバのあるビティレブ島から南へ約70キロにある小さな島にあるココモ・プライベート・アイランド・フィジー(Kokomo Private Island Fiji)である。この最高級のオールインクルーシブリゾートは、海洋生物学者を擁している点でその他のリゾートホテルとは一線を画しているといえる。
同リゾートに所属する3人の海洋生物の専門家は、マンタを保護するための活動や、荒らされてしまったサンゴ礁を復活させるプロジェクト、1996年にレッドリストに載ったシャコガイの保護活動、マングローブ林の植林プログラムなどを行っており、宿泊者は希望に応じてこれらの活動を専門家とマンツーマンで体験することも可能だ。
出典:https://www.kokomoislandfiji.com/sustainability/
その体験は、純粋に遊びとしてダイビングやシュノーケリング、フィッシングをすること以上に、忘れがたいものになる。
他の団体と連携して取り組むことも重要
食事に関しても極力、外部のサプライヤーに頼らないことを目指している。島内の有機の農場で栽培した農産物(野菜や果物)はもちろん、デザートに用いるバニラや蜂蜜も自家栽培によって得ている。宿泊者は、5.5エーカー(2.2ヘクタール)の広さをほこる農場でガイド付きの“ファームツアー”を楽しむこともできる。
出典:https://www.facebook.com/kokomoislandfiji/
リゾート施設ではたくさんの水が必要になるが、これも自分たちでまかなうシステムを構築してきた。海水の淡水化プロジェクトと呼ばれるそれは、高濃度の塩水が出るが、これも塩づくりに転用している。もちろん島内のレストランで使用するためだ。
上記にあげたさまざまな取り組みは、他の団体との連携によって実現している部分も少なくない。
たとえば、持続可能な漁に貢献する「Dock to Dish」、マンタ保護活動を行う「Manta TRUST」、ダイバーによる海洋保護のための非営利団体「PROJECT AWARE」、海洋プラスチックゴミ回収のための「SEABIN PROJECT」などだ。さらには、シャコガイの保護プロジェクト「Clam Hatchery Conservation Program」ではフィジー共和国の水産省と協力している。
透明性のある経営スタイルが求められる
繰り返しになるが、リジェネラティブとは再生という意味。つまり「環境や地域に優しい」ではなく、「環境や地域を良くする」という踏み込んだ取り組みが必要になるが、本気で効果を出していくには、お金がかかる。そのお金を負担するのは、ほかでもない宿泊者である。
すなわち、そうしたリジェネラティブな活動に共感・賛同してくれるゲストにリーチする必要がある。
もちろん情報を届けるだけでなく、どうしたら彼らが高い料金に妥当性を感じてくれるかも考えなくてはいけない。すなわち、これまで以上に透明性のある経営スタイルが求められるわけだ。当然ながら、そこでは経営者の並々ならぬ「覚悟」が欠かせないだろう。
(執筆:村山慶輔)
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