インバウンド特集レポート

【サステナブル・ツーリズム】コロナ禍でも稼働率7割 徳島山間のゴミステーションに隣接するHOTEL WHYが宿泊者に歯ブラシ持参を求めるわけ

2021.01.19

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自然に囲まれ、関西からの気軽なレジャー先でもある徳島県。しかしコロナ禍で他県同様観光客は激減し、ホテルや飲食店の状況は苦しい。特に2020年は観光の目玉である阿波踊りが中止となり、県内全体の8月の客室稼働率は前年同月比24.9%マイナスの33.8%に止まるなど大打撃を受けている(宿泊旅行統計調査/観光庁)。それとは裏腹に、同県内で、2020年5月末に開業し8月以降は稼働率7割を維持するホテルがある。山間部の上勝町にあるHOTEL WHY(ワイ)だ。

徳島県上勝町は四国で最も人口の少ない町の1つ。人口約1500人、その半数以上が65歳以上という過疎地域。市内から車では1時間、バスでは2つを乗り継いで1時間半かかり、アクセスも決して良くはない。では、激動の時代にも左右されない同館の強さは一体どこにあるのか。立ち上げから参加し、現在はChief Environmental Officer(最高環境責任者)として企画・運営・広報に携わるBIG EYE COMPANY*の大塚桃奈氏に話を聞いた。
(*2017年に徳島を拠点に活躍する経営コンサルタントの小林篤司氏がHOTEL WHYの運営を目的として立ち上げた株式会社)

▲HOTEL WHYの運営に携わる大塚氏(左)© Transit General Office Inc. SATOSHI MATSUO 

 

隣はゴミ処理場! ゼロ・ウェイストアクションを広めるホテル

山々に囲まれた町を実際に訪れると、まず驚くのはその立地。ホテルがあるのは「上勝ゼロ・ウェイストセンター」と呼ばれるゴミステーションの敷地内。当然、町民が毎日ゴミ出しに来る。ホテルとゴミとは意外な組み合わせだが、ここは敷地全体が公共施設で“ゼロ・ウェイストアクションを考えるプラットフォーム”なのだと大塚氏は話す。

「上勝町でも過疎化は進み、移住・定住の推進が最大の課題でした。そこで町に人が集まる仕掛けとして着目したのが、町が長年独自に取り組んできた『ゼロ・ウェイスト』でした。ここは従来のゴミステーションが環境型複合施設として生まれ変わった場所で、町民が45分別を行うゴミステーションにリユースショップ、企業や研究機関が利用できるラボラトリーやコミュニティーホールがあります。それらを宿泊して体験できるのがHOTEL WHYです」

運営形態については、町から指定管理を受けているものの、一般的なそれとは異なり指定管理料は発生せず。資金から日々の業務まで、独立した運営が行われている。

ゴミのイメージからはかけ離れた、そのスタイリッシュなデザインも目を引く。これまで数々のホテルや飲食店を手がけてきた株式会社トランジットジェネラルオフィスが総合プロデュースに入り、建築や空間設計は中村拓志&NAP建築設計事務所が手がけ、事業スキームアドバイザーとしてTONE & MATTERが参画している。

公共施設ということで、官民の連携には多くの難所がつきものだが、BIG EYE COMPANY代表の小林篤司氏が彼らと町役場との繋ぎ役になっている。実はこのチーム、クラフトビールの量り売りや繰り返し使うボトルなどを通してゼロ・ウェイストを呼びかける小さなブルワリー(ビール醸造所)、RIZE&WIN Brewing Co.を5年前に同町に開業したのと同じ顔ぶれ。HOTEL WHYはその基盤の上に成り立った事業なのだ。

ゴミに疑問を抱こうというメッセージを込め、空から見ると施設全体が「?」の形になっているだけでなく、ホテル自体もこだわりが随所に。上勝町産の杉材を使う地産地消のアプローチに始まり、窓はすべて町民から集めた建具をアップサイクル(加工を施し価値を高めて再利用)し、また某有名ホテルで不要になった家具のリユース(そのまま再利用)も。地域の中で使われてきたもの、もう捨てられるはずだったものに、デザインの力で新たな命が吹き込まれている。


▲2020年5月にオープンした環境型複合施設「上勝町ゼロ・ウェイストセンター(WHY)」© Transit General Office Inc. SATOSHI MATSUO

「個人、学生、法人、自治体、ご家族などお客様の層は多岐に渡ります。ゼロ・ウェイストやサステナブル、建築、環境教育、地方創生など、惹かれて来られるキーワードはさまざま。今後は、町内の古民家や空き家などを、ゼロ・ウェイストをコンセプトに改修するプロジェクトを構想しており、上勝で働いて暮らすイメージを提案していきます」

 

歯ブラシは持参、滞在中の飲み物は必要な分だけを測って渡す

部屋は全4室で、金額は1人11,000円〜(1泊朝食付)。徳島市内の平均的なビジネスホテルの価格と比べると、やや高め。稼働率も4割で採算がとれる設計というから、6〜7割といわれる一般的なビジネスホテルの損益分岐点と比較しても、その低さが際立つ。さらに、社員3人のうち、現場でオペレーションに携わっているのは2人という。

「コロナ禍でオープンが1カ月遅れるという厳しいスタートで、今も海外からのゲストはほぼゼロですが、8月以降は稼働率7割を維持しており、手応えを感じています」

滞在のハイライトは、上勝町が取り組むゼロ・ウェイストアクションを学び、体験すること。ゲストはゴミステーションやラボラトリーなどの見学はもちろん、自分が滞在中に出したゴミを45分別する体験を通して、ゴミについての気づきを得たり、後述する30年以上におよぶ町の歴史を知ることができる。

また、客室には使い捨てのアメニティを置かないのもポリシーだ。歯ブラシなどは宿泊者自身に持参してもらい、石けん、コーヒー豆、茶葉はチェックイン時にフロントで必要な分だけを測って渡す。通常、これらはゲストにとって手間のかかること。しかし、ここではホテルのウリになっているのだ。

▲HOTEL WHYの外観© Transit General Office Inc. SATOSHI MATSUO

「これまでは、ホテル=ラグジュアリーを享受する場所でした。それがコロナによって、今後の自分の生き方を模索するような旅の在り方へと移行しているように感じます。そんな中、ここでは上勝のありのままの暮らしを通して、自らの生活やゴミとの向き合い方をみんなで考えられる。そんな場でありたいという思いがコロナによって一層強くなりました」

当然、ゴミステーションの利用は町民のみだが、実際に45分別されたゴミの姿は新鮮だし、町民が不用品を持ち込むリユースショップ「くるくるショップ」(持ち帰りは誰でも無料で可)では、物を通じて土地の暮らしが垣間見える。これら施設と町民との関わりそのものが、滞在中のアクティビティとして機能しているのだ。

なるべく人手をかけず、経営上の目標設定も無理をしない。ゲストが主体的に関わるコンテンツが、結果的に費用や手間のかからない運営に繋がる。過疎が進む小さな町ならではの、持続可能な仕組みといえる。

 

上勝から世界へ、ゼロ・ウェイストを発信する

ゼロ・ウェイストアクションというホテルのコンセプトについては、上勝町とゴミの歴史を遡る必要がある。

同町では長年、現在のホテルの場所で、ゴミを野焼きで処理してきた。それが1997年の「容器包装リサイクル法」の制定を機に9つの分別を開始し、1998年に2基の小型焼却炉を導入することで事実上の野焼きは無くなった。

しかし、これが基準値以上のダイオキシンを発生させていたことが判明し、焼却炉は閉鎖。以降、焼却ゴミは多大なコストをかけて町外に運んで燃やすことになった。そのコスト対策として、リサイクル業者と連携してのゴミの分別が2001年に始まった。

環境系NGOのグリーンピースや、世界的にゼロ・ウェイストムーブメントを率いていたアメリカ人科学博士ポール・コネット氏らと繋がったことで同町の取り組みは加速。2003年には、分別とリサイクルによってゴミの焼却・埋め立てをゼロにする「ゼロ・ウェイスト宣言」を発表した。海外メディアの取材や移住・インターンシップを希望する外国人が、今も同町に絶えないのには、そんな背景がある。


▲HOTEL WHYで提供される朝食© Transit General Office Inc. SATOSHI MATSUO

「2016年からは45分別を行いリサイクルしてきましたが、2割のゴミだけはそれができず焼却・埋め立てゴミになっていました。具体的には、リサイクルに費用がかかりすぎるものや、リサイクルする技術のない使い捨てカイロやオムツ、アパレルのスニーカーなどです。そこで、ゼロ・ウェイストには社会全体で取り組む必要があると気づいたんです。これらのゴミを解決していくうえで、生産者や消費者が出会うプラットフォームとしてホテルやラボラトリーの機能が加わっていきました」

リサイクル率80%というのは国内水準(20%)に比べれば極めて高いが、残りの2割を紐解くことが今後のキーになると大塚氏は話す。

「今後、世界のゴミは2050年までに70%増加すると見込まれています。SDGsの17の目標のひとつに『つくる責任・つかう責任』があるように、社会全体でゴミや無駄と向き合い、使い捨てを前提とした消費社会から脱却しなければならない時代です。たとえば、生産者はゴミのでない製品やサービスを構築し、消費者は分別に協力するなどゴミを出さない暮らし方に。また自治体も廃棄物の資源化を促進するなど、それぞれの協力が不可欠です。今後は世界の情報を取り入れつつ、上勝町から持続可能な社会の在り方を世界に発信していきたいです」

地球環境や資源というキーワードから、いよいよ目を背けられない時代の今。単なる宿泊場所ではなく、その土地ならではの知的体験を得られるホテルの在り方は、今後ますます主流になっていくだろう。

(取材/執筆:池尾優

 

プロフィール:

株式会社BIG EYE COMPANY Chief Environmental Officer(CEO)大塚桃奈

1997年生まれ。「トビタテ!留学JAPAN」高校生コース1期生・大学生コース8期生。2020年国際基督教大学卒業後、徳島県・上勝町に移住し「上勝町ゼロ・ウェイストセンター」の立ち上げから施設運営に携わる。

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