インバウンド特集レポート
東日本大震災から10年という節目の年を迎えた。津波により壊滅的な被害を受けた東北地方沿岸部の都市では復興が進み、街の姿を取り戻しつつある。震災が発生した2011年の東北6県の外国人宿泊者数は前年の約3分の1の18万人泊まで減少したが、一歩ずつ着実に歩みを進めた結果、2015年には震災前の水準を超えた。その後、2019年には150万人泊という目標を1年前倒しで達成するなど、災害からの復興という形が見えてきていた。そんななか、2020年は新型コロナウイルス感染症が日本全体を襲った。東北地方は復興の道半ばで、新たな災害に苦労する1年だった。
ここでは、長年日本の魅力を世界中に発信してきた、japan-guide.com創設者のステファン・シャウエッカー氏の視点を踏まえながら、10年にわたる東北インバウンドの概況を振り返り、東北地方が歩んできた自然災害と原発災害という2つの復興から学べること、それをどのように新型コロナウイルス感染症からの復興に活かせるかを考えていく。
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復興の歩みを進める被災地の様子を発信し続ける理由
「東日本大震災から10年が経った今でも、日本をよく知らない外国人は、福島で起こった原発事故のニュースの情報をもとに漠然と不安視している人もいます」japan-guide.comの創設者であり同メディアの編集長を務めるステファン・シャウエッカー氏はそう語る。
同氏は、東日本大震災が発生した翌月の2011年4月に被災地に足を運び、壊滅的な被害を受けた沿岸部を中心に取材して回った。そしてその様子をjapan-guide.comのWebサイト上に立ち上げた「RECOVERY FROM THE MARCH 11 DISASTER(3.11 RECOVERY)」というブログで発信を始めた。以降も定期的に被災地を訪れ、シャウエッカー氏が現地を訪れた数は18回に及び、そのたびに、復興する様子を中立的な視点で綴ってきた。
▲震災から1カ月後、シャウエッカー氏は南三陸町を訪れ、荒廃した町の様子を目の当たりにした(japan-guide.com提供)
同氏が継続的に被災地の様子を発信し続ける理由は、地域が復興していく姿を発信することが、観光メディアを運営する立場として、被災地の役に立てるのではと感じたからだ。
「三陸海岸沿いにも魅力的な観光スポットはたくさんある。定期的に訪れて変化する様子を届けることが、長い目で見たときに観光地としての魅力発信に繋がる。人々が訪れれば、地域にとっての経済的なメリットにも繋がる」
また、メディアを通して住民の方の声を聞くうちに、また別の想いが芽生えてきた。 「地域のこと、ここで災害があったことを忘れ去られることが一番怖いと、皆さん言うのです。忘れられないためにも、しっかり伝え続けていこうと思いました」
海外メディアが報じない被災地の現状
東日本大震災の被害のすさまじさは、当時世界中でも大きく報道されたが、なかでも大きく取り上げられたのが福島の原発事故だ。10年が経った今もなお放射性物質の処理方法や、帰還困難区域に指定された地域の復興の在り方など、解決されていない問題や直面している課題も多々あるが、復興に向けた取り組みも進んでいる。
このような最新の情報に触れる機会は、日本に住んでいても限られるが、日本から遠く離れた場所にいる人たちはさらに機会が少ない。海外メディアがこの様子を大々的に報道したのも震災直後から数週間程度の期間が中心で、その後の変化や最近の状況に関する報道はかなり限られる。そのため、大多数の日本への強い関心がない人は、その後の日本や福島の様子を知らない。
その結果、当時メディアが報道した印象が、そのまま福島、あるいは日本のイメージとなってしまっている。そうした情報をもとに漠然と日本が危険なのではと思いこみ、悪いイメージを持ったままの人もいる。
科学的根拠に基づいた情報の発信をし続けてきた10年
一方で、東日本大震災をきっかけに、“東北地方”や“福島”の知名度あがったのも事実だ。「日本好きの人や、自身で東北地方や福島について詳しく調べる人の中には、東北や福島に良いイメージを持っている人もいる」
そんな状況下でシャウエッカー氏が取り組んでいるのは、正しい情報を伝えることだ。
japan-guide.comのwebサイト上の「Fukushima」のページには、福島全体の地図を表示し、放射線の濃度が高いエリアを図示している。これを見れば会津や郡山、いわき、大内宿などの福島で有名な観光スポットは、放射線の影響がないことが分かる。
(japan-guide.com提供)
こうした科学的根拠に基づいた情報発信に加えて、特に震災発生後からの数年間は、東北地方や福島県内の名所や観光地の情報発信に力を注いだ。紅葉や桜が綺麗なシーズンは実際に編集部メンバーが現地に足を運び、おすすめの観光スポットや観光ルートなども紹介してきた。
欧米豪から観光客の心をつかむ東北の魅力
震災以降、東北地方の観光スポットやその魅力を重点的に発信する中で見えてきた欧米豪圏からの観光客に刺さるコンテンツはどのようなものか。
「東北地方が持つ伝統や田舎での日常の体験は大きなポテンシャルがあります。例えば、お祭りに関心がある人にとっては、青森のねぶた祭りや秋田の竿灯(かんとう)祭。またスピリチュアルへの興味がある人には、青森の恐山や山形・出羽三山での修行体験に対する満足度が非常に高い」
満足度の高さは、japan-guide.comに会員登録した読者に対して行っている、観光アトラクションへの評価システムの結果からも見えてくる。5段階評価中、ねぶた祭りは4.75、竿灯祭りは4.70、修行体験ができる恐山は4.65、出羽三山は4.46という。全国平均が3.3であることからも、東北のアトラクションへの満足度が高いことが見て取れる。
他にも、秋田の乳頭温泉や青森青荷温泉など、タイムスリップしたかのような気分を味わえる場所も高い評価を得ているという。乳頭温泉は4.75、青荷温泉は最高評価の5となっている。こうした場所は、ニッチな領域ではあるが、実際に訪れて体験した人の満足度は群を抜いており、口コミによる影響力が大きいのも特徴だ。
そんななか、被災地に興味を持ち、足を運ぶ観光客も少しずつ増えている。 「津波の被害にあった沿岸部の町も、海岸沿いから見える景色はとても美しい。この景色を楽しみつつも、被災地がその後どうなったのか、自分の目で見てみたい。そういう人もいます」
三陸海岸に対する会員読者からの評価は4.13というから、上述の観光スポットほどではないものの、全国平均と比べると評価は高い。
ただし、「こういったニーズは限定的」でもある。もともと東北地方に対する外国人観光客の知名度は低い。さらに、多くの人が人生に一度日本を訪れるかどうかという欧米圏の旅行者にとっては東京や京都、それらを結ぶゴールデンルートが主な観光地となる。もちろん、訪日2回目、3回目という日本好きのリピーターも増えているが、彼らの興味関心は多様化が進んでいるため、その中で東北地方や震災復興に興味を持つ人は一部であることも忘れてはいけない。
“ここにしかない”特別な場所をストーリーで見せる
そんななか、被災地の中で他と少し違った形で盛り上がりを見せていたのが宮城県石巻市だ。石巻市中心部から船で1時間弱の場所に田代島という離島がある。田代島も津波の被害を受けた場所だが、人と猫が共存する「猫島」としても知られている。その理由は、養蚕が盛んだったこの島では、ネズミを捕るために猫が重宝したという背景に加え、かつて島の漁師が岩の下敷きになって亡くなった猫を祭る「猫神社」を建てたことをきっかけに、猫が漁の守護神として大切にされてきたという伝説もある。 「田代島は、こうした背景から英語圏のメディアに取り上げられ話題になり、欧米圏からのインバウンド客も訪れる場所でしたが、彼らの立ち寄りスポットとして、石巻市に外国人の姿も見られました」
▲田代島内では至るところに猫がいる(japan-guide.com提供)
猫と触れあえるという魅力だけでなく“ここにしかない”特別な場所として背景にあるストーリーと共に訴求しているのが田代島だ。田代島に行く中継地として、市の中心部にも観光客が立ち寄れば、宿泊や飲食に繋がるし、そこから地域の観光に繋げることもできる。
震災からの復興をコロナ禍からの回復にどう活かすか
10年にわたって被災地に通い続けたシャウエッカー氏の視点をもとに、自然災害からの復興から何を学び、コロナ禍からの復興にどのように活かすことができるのか。
石巻市の田代島のように、東日本大震災をきっかけに知名度を上げたケースもある。田代島は、震災前は香港や台湾などアジア圏からの観光客が訪れる場所だったが、震災後に注目を集め、人口以上の猫がいることや、猫島と呼ばれるようになった背景に着目した欧米圏のメディアに取り上げられるようになったことで、欧米圏からの観光客が増加した。欧米圏の観光客を誘客しようと戦略的に取り組んだ事例とは言えないが、活用の仕方次第では、観光にも繋げられることを田代島の事例は教えてくれる。
また、Webサイト内の「Fukushima」紹介ページに載せている放射線レベルを明示する地図は、客観的根拠やデータに基づいた情報発信の大切さを改めて思い起こさせてくれる。海外渡航規制が緩和、あるいは解除され、人々の往来が始まったときに、一見するとわざわざ言うほどでもないと思えるような情報を、数値やデータなど科学的根拠と共に正確に届けることは、コロナ禍からの早急な回復を促すにあたってヒントとなるだろう。
東日本大震災以降、シャウエッカー氏が定期的に被災地を訪れ、復興が進む様子を綴っているが、津波や原発がもたらした被害から地域が復興していくプロセスそのものもまた、観光コンテンツとなりうる。正確な情報の発信と、復興のプロセスそのものが、コロナ禍からの回復に活かせるのではないだろうか。
東日本大震災は、家や仕事、お店や観光資源、生活、家族や大切な人など多くを奪った。様々な理由で事業再開を断念する人もいるなか、何もないゼロの状態から再出発した人たちは、横の繋がりを深めながら、復興に向けて進んできた。その10年という節目に再び襲ったウイルスという災害は、これまで積み上げてきたものを崩し倒す大きなインパクトをもたらしている。
しかしながら、何度倒れても起き上がる起き上がりこぼしのように、一歩ずつ前に進む人たちが、必ずや将来の日本や観光においても重要な役割を担っていくだろう。
(取材/執筆:堀内祐香)
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