インバウンド特集レポート

京都でワーケーションプロジェクト続々と始動、観光再生を見据えたサステナブルな内容がカギとなる?|平準化・分散化特集

2021.06.18

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日本を代表する観光都市・京都にも依然としてインバウンド客は戻ってきていない。京都市観光協会の統計によると、京都の外国人観光客数は前々年同月比99.8%減(2021年4月)。「外国人延べ宿泊数はほぼゼロの状態が13カ月以上続いている」と同協会は厳しく判断する。そんななか、国内からの集客を増やすべく、各自治体や観光事業者が関心を寄せているキーワードがワーケーションだ。現状を踏まえながら、京都×ワーケーションのより良い在り方を探る。

(提供:京都ワーケーション協議会)

 

各地で加速するワーケーション企画

観光地やリゾート地で働きながら休暇をとる過ごし方を指す「ワーケーション」。近年よく耳にするようになってはいたが、2020年にコロナ禍で推進される新しい生活様式の一貫として一気に広まった。インバウンド低迷の大打撃を受けている京都でも、ワーケーションで新たなニーズを掘り起こそうと、各地で様々な動きが加速している。

京都府北部、日本海に面した舞鶴市に2019年4月に誕生し、既にワーケーションのランドマークのような存在になっているのが「Coworkation Village MAIZURU」。旧日本海軍による100年前の面影を残す赤れんが倉庫群で、現在は舞鶴の観光拠点にもなっている舞鶴赤れんがパーク3号棟の2階にあり、観光と仕事を両立させるワーケーションに適した好立地だ。

オフタイムだけでなく、オンタイムも充実するようにこだわりの家具を設置、また安定したWi-Fi環境の整備やWEBカメラ等の無料貸し出しサービスがある等、快適な作業空間を提供している。加えて、舞鶴市は2019年にSDGs未来都市のモデル事業として内閣府から選定されており、らっきょう栽培を通じた一次産業の社会課題の体験や、海洋プラスチックが地域住民に与える影響などを体験できる、地域の社会課題と繋がるワーケーションのプログラムも用意されている。

このように、バケーションの側面だけでなく、「学び」を軸とした、利用者や地域住民との関わりも作ることが出来るのがCoworkation Village MAIZURUの強みだ。

▲倉庫の素材やスケール感を生かしつつ、デザイン性の高い家具にもこだわったCoworkation Village MAIZURU。(写真提供:Coworkation Village MAIZURU)

同じく北部の京丹後市では、商工・観光関係団体や民間企業、外部有識者等により、テレワーク・ワーケーションの環境作りへ向けた話し合いが2020年よりスタート。同市が音頭を取り、テレワーク企業を誘致したり、2021年5月にはテレワーク環境整備をサポートする補助金制度を設けるなど積極的で、今後どのように具現化されていくのかに期待が高まる。

最も新しいところでは、これまで京都移住促進のトップランナーとして、居職住にまつわる情報を発信してきたサイト「京都移住計画(株式会社ツナグム)」が2021年5月より始動させた、地域ごとのワーケーションの可能性を探るツアー、「はんぶん旅、半分仕事。」だ。このツアーでは、京都移住計画のメンバーと共に現地を訪れ、その土地土地の文化や人との出会いから新しいプロジェクトや関わりの種を見つけていくことを目指す。

例えば、第一回目の行き先に選ばれた亀岡市は、SDGs未来都市に選定され、「かめおか霧の芸術祭」をはじめ環境×アートのまちづくりを進めている。京都市内や首都圏で働く5名が参加し、その可能性を探った様子が、同サイト上でもレポートされている。同企画の運営とコーディネートを担当する並河氏によると、期間やプログラムについてはまだまだ試行錯誤ではあるものの、行き先を変え今後も継続していくという。

「これまで移住促進とコミュニティ・ベースド・ツーリズムの振興を同時に進めてきましたが、さらなる関係人口を増やすきっかけになれば、との思いでこのツアーを始めました。京都は南北120kmに広がり、地域ごとに特色があります。観光以外にも、暮らしの知恵や地域文化の継承、地場産業やまちづくりにおける課題といった様々な『関わりしろ』が各地にある。地元側は地域の未来を次世代にどう繋いでいくかを考え、参加者側は敬意をもってそれらを紐解いていくことで、双方向性のあるより良いワーケーションの形を見つけていきたいです」(並河氏)

亀岡ツアーでは、市の基幹事業である「かめおか霧の芸術祭」「開かれたアトリエ」について担当者に話を聞いたり、環境×アートの取り組みの見学などを行った(写真提供2点:宮本雅就氏)

また、京都でのワーケーションを啓蒙するために2020年11月に設立された「京都ワーケーション協議会」でも、様々な企画を月1ベースで行っている。例えば2020年12月には、京都府内のDMO数社と京都に興味のある人々を集め、DMOが抱える地域の課題に対して参加者がアイデア出しをするセッションを開催。集まったアイデアのなかから、実際に動き出した事業計画もあると、同協議会共同代表の細川氏は話す。

「京都府綾部市の名産品に丹波大納言小豆があるのですが、そこから小豆茶を作る工程で多くの部分を廃棄するフードロス問題を抱えていました。そこで、京都で約120年続く京菓子原材料の専門店株式会社美濃与で、小豆茶の商品開発をしようとなり、『茶作り副業ワーケーション』プロジェクトが2021年2月に始まりました」

▲綾部の「茶作り副業ワーケーション」で行われた生産者交流会の様子。お茶作りに関わる方々に話を聞いた

▲同プロジェクトでの視察。綾部には昔ながらの里山風景が多く残る。(写真提供:京都ワーケーション協議会)

具体的には、まずは地域の方々と参加者ともに幅広い年代・職業の方に集まってもらい、自己・他者理解を通し、多様な価値観を認め、生産的な人間関係を構築するエニアグラム研修を元にグループ分けを実施。現場視察や生産者との意見交換等を経て、最終的にはチームごとに新商品の構想をまとめて発表してもらったという。実際にそこから新商品の新しいアイデアが誕生した。現在は、小豆茶の販売拠点として古民家を改修したお茶カフェ「あずきスタンド」を作る企画も進行中という。

▲同プロジェクトでのプレゼンテーションで発表されたスライドの1枚。構想が進むお茶カフェ「あずきスタンド」のイメージ(写真提供:京都ワーケーション協議会)

こうした京都市外での動きについて、細川氏は「ワーケーションが国内各地でトレンドになりつつある今、観光や働き方の新しいスタイルを作っていくという形で、チャレンジングにやっていこうという気概を感じます」と言う。

 

参加者と地域の“共創”が京都市内のワーケーションのカギ

一方で、京都市内ではこうした動きがまだ小さいように思える。その理由について、土地の背景にあると細川氏は指摘する。

「私たちが協議会を立ち上げた時、長野や和歌山、北海道などでは街をあげたワーケーションリゾートの開発が既に進んでいました。京都らしいスタイルでワーケーションを取り入れるにはどのようにすれば良いか、地域の方々と話すうちに『京都は歴史も長いので地域の皆さんとしっかり連携をとっていくことが大事ですよ』と指摘いただくなど、学ばせてもらうことが多くありました。京都では1000年の歴史が観光価値になっていて、これはどれだけお金を積んでも新たに作れないものなのだと。ですので、京都では1つの企業がいかに急速に売上を上げていくかよりも、文化や歴史を守りながら、細く長く、いかに事業を継続していくかということの方が大事にされているように思います。特に京都市内の中心部の方ほどその傾向が強いと感じます」

つまり、歴史価値やリゾートが既に存在する京都市内では、新たなワーケーションリゾートを作るのではなく、既存のものをワーケーションの文脈に生かす必要がある。さらに、市内には土地自体の問題もある。傾斜の高い山に囲まれた盆地はリミテッドスペースとも呼ばれ、都市の拡大が難しい。地価が高止まりし続ける理由もそこにある。そこで京都ワーケーション協議会では、地域と参加者の関係性の、京都ならではの在り方を見出していく必要があると言う。

「僕たちが今提案しているのは、地域の人と参加者が共に働いて遊ぶ“コ・ワーケーション”というものです。従来型のワーケーションとは違って、参加者が観光で滞在するなかで、現地で事業をやったり、副業で関わったり、プロジェクトを作ったりする座組みです。そのために、参加者と地域の関係性の構築から実際の事業に繋がるまでのスタートアップ支援までをするのが、私たちの役目です」

▲中央でプレゼンテーションを行う人物が細川氏(写真提供:京都ワーケーション協議会)

参加者は、京都に移住せずとも地域の事業に関わることができ、地域側にとっては、自分たちの地域に貢献してくれる心強いパートナーを見つけることができる。こうした共創の考えには、細川氏が前職で立ち上げた地域体験マッチングサービス「TABICA」での経験や、京都が近年悩まされていたオーバーツーリズムの教訓が生きているという。

「TABICAでは、1つの体験の定員を増やしすぎると、ホストとゲストが良い関係性を築けず、双方にとっての体験価値が下がることがデータから分かりました。また、京都はインバウンドが増加した2018年頃から観光公害が各地で起こり、単純に入れ込み数を増やすということに疑問を感じていました。それらを経て、地域と観光客が細く長く続く関係の重要性に気づきました」

 

持続可能なワーケーションが観光再生のタイミングで生きる

一般的にワーケーションの推進事業としては、例えば行政ではテレワーク企業・施設の誘致や、旅行会社では研修や合宿でのワーケーションの提案、またホテル事業者では長期滞在割引の実施などが挙げられる。

対して、京都ワーケーション協議会では、観光事業者や自治体向けのワーケーションセミナーといった啓蒙活動に加えて、個人の参加者と地域とを掛け合わせる月一の企画を主な活動としている。例えば、最近では2021年3月に親子を集め開催した「親子でワーケーション」企画は好評だった。京都市下京区の宿泊施設、ゲストハウスFUJITAUYA BnBを拠点に、親がノートパソコンで仕事をしている間に、子供は音楽講師によるワークショップを受けたり、久御山町でのイチゴ狩りを楽しむなどした。

▲「親子でワーケーション」の様子。参加者全員で銭湯へ行ったり、九条ネギ畑に囲まれたテラス席で仕事をするなど、京都ならではの仕掛けを盛り込んだ。(提供:京都ワーケーション協議会)

「今後も様々な企画を予定しています。歴史的に日本酒の酒蔵が多い京都市伏見区では、ワーケーションを通じて日本酒文化をつなぐプロジェクトが立ち上がったばかりです。長い歴史があるなかで、新しい一歩として何をやるべきか、というのは、地域の方と慎重にジャッジする必要がある。とにかく送客すれば新しい観光のスタイルは作れます、という話ではなく、京都の価値をうまく繋いでいけるようなサステナブルな取り組みを目指して議論を重ねていく。なので、伏見に関しても、まずは関係者や地域の方で日本酒の歴史や伝統を紐解くところから始めています」

そのような議論の積み重ねによって、京都らしい良い流れがでてきている、と細川氏は指摘する。

「京都市内でも、ソーシャルイノベーションやアントレプレナーシップが根付いていきており、街づくりに関わる方々から、イノベーティブな動きに前向きな人たちが多数出ているように感じます。京都にとってワーケーションをどう取り込むべきか、ワーケーションに来られた方々が素通りするのではなくそれぞれのスキルをどう京都に生かしていただくか、その中間支援を京都ワーケーション協議会では行っていきたいと思います。国内外の観光客が完全に戻るのは3、4年後ぐらいだと思っていて、観光客が戻ってきたタイミングでも、ワーケーションという文脈は役割を変えながらも非常に生きてくると思います」

持続可能な観光への意識が高まる今、こうして独自に発展する京都のワーケーションの在り方には学ぶ部分が多い。

(取材/執筆:池尾優)

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