インバウンド特集レポート

ダイナミック・プライシング(変動価格制)を導入した理由と効果をユニバーサル・スタジオ・ジャパンの担当者に聞いてみた│平準化・分散化特集

2021.07.21

遠藤 由次郎

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(提供:合同会社ユー・エス・ジェイ)

「2019年1月に、我々が変動価格制を導入した理由は、大きく分けてパークとしての価値の追求と、繁閑差の平準化の2つです」

そう話すのは、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJ)を運営する合同会社ユー・エス・ジェイの金澤亮氏。複数あるUSJの販売チャネルを統括するセールス&アライアンスマーケティング部で部長を務める金澤氏は、「コロナ禍という予想外の出来事が起きてしまったので評価するのは簡単ではない」と前置きしたうえで、次のように語る。

「我々は1年間つまり365日、常にゲスト満足度調査を行っており、その結果を見ると基本的には良い方向に変化してきています。ですから変動価格制は、入場者数の平準化によるゲスト満足度の向上に有効な手段であると考えています」

日本の観光業が抱える課題として、長年にわたって挙げられてきた「平準化・分散化」。本稿では、これらに寄与すると目され、観光に関連する様々な業種で導入が検討されているダイナミック・プライシングについて、ユー・エス・ジェイの金澤氏に話を聞いた。

 

理想的なのはフレキシブルかつタイムリーに価格が変わっていく仕組み

──USJでは2019年にダイナミック・プライシングを導入したと聞いています。日本のテーマパークとしては画期的な取り組みですよね。まずはその仕組みを簡単に教えてください。

「まずお伝えしたいのは、弊社では社内的にダイナミック・プライシングとは呼んでいないことです。我々は、〝変動価格制〟と言っています。具体的にいうと、現状はチケットを販売している2カ月先までの価格を事前に決定させています。つまり、2カ月間の営業カレンダーがあって、曜日ごとの来場予測、予約の消化率などのデータに基づきながら、あらかじめ変動させた価格を提示しているかたちになります」

──つまり、航空業界やホテル業界などが導入しているような、そのときの需給バランスに応じて変動させるところまでは至っていないということでしょうか。

「究極的には、AIやITの技術を用いることで、予約サイトにアクセスしたときどきでフレキシブルかつタイムリーに価格が変わっていく仕組みを入れたいと思っています。航空業界もそうですが、プロ野球のソフトバンクホークスや日本ハムファイターズが行っているダイナミック・プライシングは、非常に参考になると考えています」

 

変動価格制を導入した2つの理由とは?

──そもそも変動価格制を導入した理由や背景は何だったのでしょうか?

「2019年1月に、我々が変動価格制を導入した理由は、大きく分けてパークとしての価値の追求と、繁閑差の平準化の2つです。もちろんローンチする前、つまり2017年後半から2018年にかけてはさまざまな議論を重ねてきました」

──具体的に教えて下さい。まずはパークとしての価値の追求とはどういうことでしょうか?

「先ほどお伝えした議論のなかで課題としてあがったのが、我々が提供している体験価値やサービスの投資額に対して、チケット料金が妥当なのかどうかということでした。その結果、1日フルで楽しむことができ、さまざまなタイプのエンターテインメントを堪能でき、アトラクションも乗り放題というパークとしての価値と、チケット料金が見合っていないと考えたわけです」

──世界と比べて日本のテーマパークは押しなべて入場料が安い、というのは近年よく指摘されていることですよね。

「はい。とはいえ、料金を一気に上げるのは現実的ではありません。良い悪いは別として、日本人にはそれが〝相場〟として定着しているからです」

──良い面といいますと?

「日本人には〝配りもの需要〟なんて言葉もある通り、お土産文化があります。ですから、入場料を抑えることでゲスト数を確保し、パーク内の消費によって収益化を図る考え方もあるということです。ただ、それではゲストが一部の日に集中したり、混雑が発生するという別の問題も発生します」

──混雑を減らすことも大きな課題だったということですね。

「シーズンや曜日による需要の偏りを是正することも、我々の大きな問題意識の1つとしてありました。日本独自の問題ともいえるのですが、とにかく人が動く日が偏っています。日本は大型連休や週末などで一気に人が動きます。低需要の日に価格面でバリューを上げることにもなりますから、変動価格制には入場者数の平準化という狙いもありました」

▲今回お話を伺った合同会社ユー・エス・ジェイ金澤亮氏

 

ゲスト満足度の向上に有効な手段であることがわかった

──2020年に入り、日本でもコロナ禍が発生したことによって状況は変わった部分も大きいと思います。それ以前はどのような混雑状況だったのでしょうか?

「来場が特に集中する日は1つのアトラクションにかなり長い時間お並びいただく状況もありました。ゲスト満足の観点からアトラクションの待ち時間の短縮に取り組まなければと考えていました。そして変動価格制を含めたさまざまな対策によって、コントロールできつつあったのが、コロナ禍前のことになります」

──変動価格制には、単価を上げる狙いがあるということですよね。かねて日本人は物価の上昇に非常に敏感だという指摘もあります。USJのゲストの反応はいかがでしょうか?

「我々は1年間つまり365日、常にゲスト満足度調査を行っており、その結果を見ると基本的には良い方向に変化してきています。ですから変動価格制は、入場者数の平準化によるゲスト満足度の向上に有効な手段であると考えています」

 

変動価格制を導入するにあたってのハードルとは?

──変動価格制やダイナミック・プライシングを導入していくにあたっては、どのようなハードルがありましたでしょうか?

「我々の販売チャネルは大きく3つあります。これらが同じプールにある在庫を取り合うかたちならば話が早いのですが、それぞれが持っている発券のための仕組みやシステムが異なるため、調整に時間と労力がかかってしまっています。それでも、今回の変動価格制の導入にあたっては、すべての販売チャネルを私が部長を務めているセールス&アライアンスマーケティング部という1つの部署で管理できる体制に変えたことで、世の中の外部環境の変化をいちはやく捉え、対応できるようになったと考えています」

 

変動価格制を導入していたからこそ、コロナ禍に対する耐性もできていた

──その3つの販売チャネルについて詳しく教えてください。

「ウェブチケットストア、コンビニのローソン、それから旅行会社です。このうち最も販売数が多いのはウェブチケットストアですが、ゲストとオンライン上で、密にコミュニケーションを取るデジタルチームの管轄になっていました。これらをIT化や変動価格制に応じる形で集約させました。このことで、一元化してチケットの管理をしやすい状況になっているといえます。実際、コロナ禍でのゲストの受入が限定された運営体制においても、チケット管理やセールスを1つの部署に一本化させておいたおかげで、臨機応援に対応することが可能になっていると感じています」

▲USJチケット販売ページ(提供:合同会社ユー・エス・ジェイ)

──コロナ禍という想定外のことに対しても、レジリエンス(復元力)があったということですね。結果論かもしれませんが。

「セールスに関する縦割りをなくしたことで、耐性というか免疫みたいなものができていたと思います。もちろんセールスを1つの部署で担うことが万能であるわけではないので、近未来的にどうなっていくかはわかりませんけどね。いまのところ、2019年に変動価格制を導入した我々は、セールスを1つの部署で担うことの重要性と意義を痛感しているところではあります」

 

インバウンドの位置づけとチケット販売のための仕組み

──チケット販売という意味では、見過ごせないのが、コロナ禍前まで日本全体で存在感を増してきていたインバウンドの存在です。

「2010年代は、私たちのパーク独自のインバウンド集客が成功したことで、訪日客数の伸び率をはるかに上回って、パークのインバウンドの来場者数が何倍にも拡大しました。海外からのゲストが大きく増えたことは、変動価格制によって平準化させる機運の1つになったと考えています」

──対海外となると変動価格制に対応させるのは、容易ではないと想像するのですが、いかがでしょうか?

「海外のゲストのうち大部分はアジアの方で、我々が手を組んでいる海外エージェントはアジア全域で300社ほどになります。一方で、我々のインバウンドのセールス担当は4人しかいません」

──4人で300社をコントロールするのは不可能ですよね。

「もちろんできません。どうしているのかというと、1つのチケッティング会社さんと手を組んでいて、そこが300以上あるすべての海外エージェントとシステム上のAPIで結合していて、そこからオンラインを通じてチケットを流通させる仕組みを取っています。ある意味、国内と同じように、セールス管理の一本化ができていました。ですからインバウンドを対象にすると格段にハードルが上がる変動価格制は、彼らのおかげで国内の環境とほぼ同じように変動価格制ができています。香港でも韓国でも日本でも、同じ日ならば、同じ価格にできるような体制になっているということです」

 

ウェブチケットストアで英語にも対応したページを公開

──インバウンドに対して、日本と同じようにウェブを通じてダイレクトに売っていくことも考えているのでしょうか。

「先ほどお話しした海外エージェントの場合、単純にチケットの販売をお願いしているだけではなく、プロモーションも包括してお願いしていますので、彼らを抜きにして直販に注力することは考えていません。とはいえ、実はこれまで日本語だけで対応していたウェブチケットストアで、5月から英語にも対応したページを公開しています。英語のページから英語でチケットを買えるようになりました」

──それは、東京オリンピック・パラリンピックや日本発の世界的なコンテンツである任天堂とコラボした「スーパー・ニンテンドー・ワールド」の開業とも関係しているのでしょうか?

「東京オリンピック・パラリンピックという意味では、インバウンド(観光客)は来日できなくなってしまったので、ゴールのイメージとして持っていた成果は修正しないといけません。一方、『スーパー・ニンテンドー・ワールド』に関しては、ご指摘の通りインバウンドを引きつけるものとして期待しています。インバウンドの集客力を強化するためにも、インフラとして英語の販売サイトを持つようにしたということです」

──2025年には大阪万博もあります。

「夢洲という近接地域で開催されますので、もちろん期待しています。大阪のベイエリアに大きな革新的な変化が起こることを期待していますし、我々もそれに協力していければと思っています」

──本日は貴重なお話をありがとうございました。

(取材・文/遠藤由次郎)

 

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