インバウンド特集レポート
昨年、訪日旅行者数は1000万人を超えたばかりだが、早くも日本のインバウンドは構造問題に直面している。観光バスとホテルの客室不足だ。これではいくら訪日旅行をPRしても、これ以上外客を受け入れられないことになる。背景には何があるのか。また改善に向けて何が必要なのか。冷静に現状を検討してみたい。
今年3月下旬から4月にかけての春休みシーズンは、海外からの訪日客で全国各地がにぎわった。日本政府観光局(JNTO)によると、3月と4月の訪日外客数は連続で単月過去最高の105万1千人と123万2千人。特に4月は、44年ぶりに出国日本人数を訪日外国人数が上回った。背景には、桜シーズンに向けた訪日プロモーションが奏功したことに加え、東南アジアでの査証緩和の効果、中国等からのクルーズ船の寄港があったとJNTOは分析している。
消費税増税後の景気動向が取りざたされるなか、この夏さらなる活況ぶりが期待される訪日旅行市場だが、好調の陰で構造問題が露呈し始めたことの意味を知る人は、一部の関係者以外はまだ少ないかもしれない。
台湾客がバス不足で訪日ツアーを断念
発端は、昨年夏に起きた北海道での台湾ツアー客の観光バス不足だった。現地メディアの報道によると、台湾の旅行業界団体である中華民国旅行公会全国聯合会は、昨年6月末、北海道ツアーのうち、400ツアー、1万2000人分の観光バスの手配ができない恐れがあると公表。日台間の窓口である亜東関係協会から日本交流協会を通じて観光バスの供給輸送力増強と手配の円滑化・正常化について善処を求めるよう働きかけたことから、国土交通省は7月10日「北海道における貸切バスの著しい供給逼迫状況を踏まえた臨時営業区域の設定について」を通達し、迅速に対応した。
訪日ツアー客が主に利用する観光バスは道路運送法で「貸切バス」に分類されるが、出発地・到着地いずれかに都道府県単位の「営業区域」を有する事業者しか運行できないと定められている。「営業区域」には必ず営業所と車庫がなければならない。ところが、訪日客急増で夏季シーズンに北海道内の観光バス需給が逼迫。台湾からの一部のツアーが催行できなくなった。そこで、国土交通省は台湾側の要請に応じて、時限的に9月末まで北海道以外からの貸切バスの営業を解禁し、事態の収拾を図ったのだ。
2013年の訪日台湾客は過去最高の221万人で、訪日客の5人に1人は台湾客という勢いだ。円安が最大の要因だが、日台間の航空自由化(オープンスカイ)協定による発着数や就航地の拡大、LCCの乗り入れにより訪日ツアー価格が大幅に下がってきたことが後押ししている。台湾側では、今年は300万人の大台に乗るとも報じられていた。
ところが、過去最高の訪日客で沸いた今春、再び台湾ツアー客のバス不足が発生した。今回の発端は、「雪の壁」が台湾でも大人気の立山アルペンルート行きのツアーだったが、その後事態は全国に広がった。
台湾のツアー予約者の一部が観光バス不足のため、訪日旅行を断念せざるを得なかったことは現地で波紋を呼んだ。台湾メディアは「日本旅行5月に500団体のバス不足」(自由時報2014年4月13日)http://news.ltn.com.tw/news/life/paper/770151 と報じ、今回の事態は昨年に続き「再度」発生したことを強調している。
国内ランドオペレーターはてんてこ舞い
観光バス不足のあおりを受けたのは、台湾客だけではない。訪日ツアーの手配を扱う国内のランドオペレーターやバス会社も、この春対応に追われ、てんてこ舞いだったという。
中国本土客をメインに扱う株式会社ジェイテックの石井一夫取締役営業部長は、今春の状況を率直にこう話す。
「アジア客を扱うランドオペレーターは切迫した事態を迎えた。明日のバスの手配ができていないと、夜も眠れない日々が続いた。こんなに苦労したことは初めてだった」
「VIPライナー」のブランドで高速乗合バスを運行する株式会社平成エンタープライズの葛蓓紅取締役副社長も、当時のバス手配の現状を赤裸々にこう語る。
「大変だったのは3月20日頃から4月いっぱい。まさにてんてこ舞いだった。毎日のように複数の会社からバスの手配依頼の電話が鳴ったが、とてもすべてに対応できなかった。大型バスが足りず、ひとつの団体をやむなくマイクロバス2台で運んだり、マイクロバスでは荷物がすべて載らないというので、いったん客だけホテルに運び、あとで荷物を取りにいくこともあった。普段ならこんなことはないが、お客様に迷惑をかけたことを申し訳ないと思う。でも、この時期、需要が集中しすぎたのは問題だった」
今春、観光バスの需給が全国的に逼迫したのは、春休みに入った国内レジャー客の利用と桜シーズンに合わせたアジア客の訪日がかち合い、供給の限界を超えたためとされる。この時期、香港はイースター、中国は清明節、タイは旧正月のソンクラーン、フィリピンは夏休みとアジア各国の旅行シーズンが重なってしまったことも大きい。4月下旬、岐阜県の高校の修学旅行のバス手配不備から起きたJTB社員による不祥事も、国内の観光バス不足と無縁ではないと関係者の多くは語っている。
ホテルの客室も足りない
「足りないのは観光バスだけではない」。訪日アジア客の手配を扱う業界団体の一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の王一仁会長は指摘する。
「4月上旬、台湾に視察に行くと、多くの旅行会社の知人から悲鳴を聞いた。バス手配ができないため、訪日ツアーの出発直前の停止が多発したからだ。だが、バス以上に問題なのがホテルの客室不足だ。特に都内は土曜日が取れない。国内客の利用が増え、ホテルは軒並み稼働率がアップしている。この一年で買い手市場から売り手市場に変わり、ホテル側はインバウンドに対しても強気の料金を提示してくるようになった」。
ある関係者によると「都内にホテルの客室がないため、やむなくアジア客の一部をラブホテルに宿泊させることにしたが、部屋は空いていても、2泊すると昼間の休憩料金まで請求されるため割高になった」という悲喜劇もあったという。
2013年上半期以降、国内のホテル稼働率は軒並み好調に推移している。とりわけ東京都は平均90%代半ばと空前の高稼働率を持続している。そのため、かつては客室単価を抑えてでも集客を働きかけていたアジア客より国内客を優先する動きが強まっている。円安が日本人の旅行先を海外から国内にシフトさせたことも影響しているのだ。
このままでは日本路線の減便も
AISOでは4月下旬、対策を練るべく総会を開いたが、「結論としては、バスの絶対数が足りない。だが、必要なところにバスがないという問題が大きい」(AISO王一仁会長)ことから、前述した貸切バスの「営業区域」の規制がより緩和されるよう関係官庁に要望を伝えたという。この春最も深刻だったのは、訪日旅行コースの超定番である東京・大阪ゴールデンルートのバス不足だったからだ。このコースを通しでツアー客を乗せるには、「営業区域」をまたがって運行しなければならず、全国に複数の営業所を持つようなバス会社でないと対応できないのだ。
こうした日本の状況は台湾側にも伝わっており、「今後、訪日旅行を躊躇する雰囲気が生まれかねない」(AISO王一仁会長)との懸念も出始めている。台湾メディアも「日本ツアーは6月以降少なくとも2000台湾ドル値上げ」(自由時報2014年4月16日)http://news.ltn.com.tw/news/life/paper/770968 と、日本の観光バス不足はすぐには解決できない問題と見すかしたうえで、ツアー代金の高騰が起こることを報じている。さらに、台湾ではこの夏の日本路線の減便やむなしとの声も聞かれるという。
これは残念な事態というほかない。せっかく日本に旅行に来たいと思っている台湾客が大勢いるのに、日本では十分な受け入れ態勢ができないとみなされてしまっているからだ。
幸いなことに、観光バス不足問題はいまのところ、台湾でしか顕在化していないようだ。台湾でこの問題が取りざたされるのは、後発のアセアン各国に比べ市場規模が大きいこともあるが、1980年代から訪日旅行者を送り出してきた市場の成熟度、日本社会への関心・理解の高さなどが影響しているといわれる。だが、今後は急増するアセアンや中国の市場でも同じことが起こる可能性がある。実際、6月上旬に横浜で開催されたインバウンド商談会「アセアン・インドトラベルマート」の会場では、この4月ベトナムをはじめアセアン各国でもバス不足によるツアー催行不能という事態が起きていたという現地関係者の声が聞かれた。
もちろん、観光庁やインバウンド事業者の多くは、この状況に手をこまぬいているわけではない。だが、観光バス不足の背景には、さらに込み入った事情もありそうだ。次回は、日本のインバウンドの構造問題の背景をさらに深く見渡し、改善に向けた取り組みについて考えてみたい。
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