インバウンド特集レポート
訪日観光旅行が再開されて以来、訪日客数が大きく増えている市場の1つがシンガポールで、2023年3月の訪日外国人旅行者数は2019年同月比20.6%増の5万2700人、4月も同14.4%増の4万2000人と、順調に伸びています。日本人の平均収入の倍を稼ぎ、海外旅行が大好きなシンガポールの人々は、日本の食事やおもてなしをはじめ、自国にはない魅力に惹かれて何度も足を運んでいます。そうしたリピーターを誘致するために観光事業者は何ができるでしょうか。Vivid Creationsの宮川氏に、シンガポールからの訪日客誘致に有効な施策や取り組みについて紹介してもらいます。
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2019年比15%増、なぜシンガポールからの訪日客数が急増しているのか?
シンガポールでは2021年10月以降海外旅行が徐々に回復しており、訪日旅行についても、2022年10月に日本が個人観光客の受け入れを開始して以降、シンガポールからの訪日客数が増えています。
11月中旬〜12月はシンガポールで最長のスクールホリデイがあり、シンガポールから最も訪日旅行が多いシーズンです。そのタイミングも追い風となり、11〜12月の旅行者が急増しました。さらに2023年1〜4月のシンガポールからの旅行者数は2019年同期と比較して約15%増加しています。アジアで2019年と比較して増加した国は、シンガポールとベトナムのみです。
(JNTO訪日外客統計をもとにVivid Creationsが作成)
これほどまでにシンガポール人の訪日客数が増えている一番の理由は、「リバウンド消費」によるものです。
海外旅行好きのシンガポール人たちは、2020年に海外旅行がストップしてからずっと訪日旅行を楽しみに待ち続けていました。シンガポールの面積は東京23区と同じくらいの大きさしかないので国内旅行という概念がなく、旅行といえば海外旅行を指します。2019年に実施された調査によると、年に2回以上海外旅行をする人は全体の39%を占めるほど、海外旅行が身近な国民性があります。
その中で日本が選ばれている背景には、さまざまな理由が挙げられます。
・シンガポールの人たちにとって日本は最も人気の旅行先の1つとして、コロナ前から根強い人気があります。2022年5月に実施された調査によると「次の旅行先はどこに行きたいか」という設問に対して、日本が49%で1位を獲得しています。2位の台湾は39%でした。
・シンガポールの近隣国であるマレーシアやタイ、ドラマやKPOPで人気の韓国、そして欧米豪など、2021年10月以降から徐々に海外旅行が再開しました。一方、待望の日本と台湾はようやく2022年10月に旅行が再開しました。なかなか日本へ旅行ができなかったからこそ、次の旅行先として日本が根強い人気があります。
・シンガポールドルと比べて、円安が今もなお続いています。2020年は1ドル80円程度でしたが、現在1ドル100円で円安状況が続いています。
日本への旅行者が増えているのは何よりもシンガポール人が日本好きだからです。
訪日リピーター7割、なぜそんなにシンガポール人は日本が好きなのか?
シンガポールからの訪日旅行者はリピーターやFITが多いのも特徴で、7割が訪日リピーター、9割がFITです。10回以上日本に旅行に行ったことがあるという人もたくさんいます。2022年10月に、弊社である自治体の観光セミナーを開催した際には、272名の申し込みがあり、そのうち10回以上訪日旅行をしたことがある人は17%、6回以上を含めると35%を占めました。JNTOの調査でも訪日回数10回以上の割合は10.4%を占めます。
弊社では、シンガポール人の訪日旅行10回以上を経験したリピーターに、訪日理由に関してインタビューを実施しました。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、何度も日本を訪れる理由として以下の3つが共通して挙げられました。
【1】おもてなしやサービスがすばらしいから
【2】日本食が大好きで、現地で食べたいから
【3】シンガポールにはない美しさや新しい発見を感じられるから
シンガポールでも日本食を食べられますが、やはり日本で食べる方が特別で格別に美味しいと感じられます。そして、常夏のシンガポールにはない、季節の変化や食事、歴史や文化があります。日本に行くたびに新しい発見があると感じているリピーターが多いようです。
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観光客向けのコンテンツより、地域にある日常の体験が価値になる
シンガポール市場は、訪日リピーターやFITの割合が高いため、旅行会社も最近ではSIT( Special Interest Tour)を目的にした客層向けのユニークで新しい旅行商品を増やしています。弊社では高知県のシンガポール市場向け観光レップを担当しており、最近では、「高知県の酒蔵を巡るツアー」や「8月のよさこい祭りに参加する限定ツアー」など(価格はどちらも6泊で約40万円程度)を販売しています。地元の人との交流や、よりリアルな日本の体験ができるコンテンツが求められるようになっています。
シンガポールの人たちが求めているものは、その地域の日常にある体験、つまり観光客向けに作られた体験ではなくありのままの「本物」であることです。特に、このような趣味趣向は、シンガポールの富裕層にも当てはまります。
2022年、1回の旅行で着地消費額が1人100万円以上の顧客を持つシンガポールの旅行会社のファムトリップに弊社も参加しました。
旅行会社から「本物感があって素晴らしい」とフィードバックがあったコンテンツの1つに、能登半島輪島市で開催されている「輪島朝市」があります。
朝市が開催される通り沿いに張られているテントや、かにやフグなど土地ならではの海産物、果物、野菜などが並ぶ風景など、日本人、特に地方出身者からみると比較的ありふれた風景や体験でしたが、地元の人の日常生活の一部に溶け込むような体験はとても新鮮に映ったそうで、この朝市訪問をファムトリップの中のベストコンテンツに挙げた参加者もいました。
Photo by Cindy Chan on Unsplash
高付加価値な旅行を求めている旅行者は必ずしも、高級・ラグジュアリーなものばかりを求めているわけではありません。シンガポール人の旅行者は日本旅行に慣れているので、地方のコンテンツが一般的に定義されるラグジュアリーなものでないことはよく知っています。それを前提に「特別感」を提供することがポイントです。
例えば、地域の伝統工芸品の制作体験をする場合、
・他のグループ複数人と一緒に、お店のスタッフの方に手解きをしてもらいながら行う体験
・歴史ある工房を今率いている5代目の職人さん自らの熱い想いを聞きつつ、マンツーマンで解説してもらいながら行う体験
全く同じものを制作するにしても、後者はかなり特別感がありませんか?少人数でプライベートな体験と、きめ細やかなサービスとおもてなしが特別感を創ります。
日本好きが多いシンガポール市場を攻略する方法
上述した通り、日本に何度も来ているシンガポール人は、地元の人が普段の生活で体験しているようなリアルな体験をしたいと思っています。つまり、“地元の人たちにとっての日常や当たり前”が価値になると言えるでしょう。そして、それらの素晴らしい観光情報を発信し、認知をはかっていくことで集客ができます。
情報発信は、BotB(旅行会社など)とBtoC(一般旅行者)の両方が対象です。シンガポール人は日本語がわからず日本語の情報は入手できないため、主言語である英語で情報を提供しましょう。
日本に慣れたシンガポールの人たちは、新しい観光コンテンツを常に探しています。他の東南アジア同様に、シンガポールでもソーシャルメディアでの情報収集は主流です。FacebookやInstagram、そして最近はTiktokが人気の媒体です。SNSでの情報発信や地元メディアのファムトリップなど、SNS上で情報がシェアされるような情報発信を活用すべきです。
また一方で、SNSやオンラインでの情報が氾濫している中、日常生活の中でタッチポイントを作ることも有効な手段です。台湾観光局や韓国観光公社など、駅内やショッピングモールでの広告も目立っています。
同様に、シンガポールでは旅行博などの現地イベントに出展して、認知を図っていくことも効果的です。旅行博は旅行好きが集まる場であり、PRの場として活用できます(2019年8月開催の旅行博には3日間で約10万名が来場)。JNTOシンガポール事務所はFIT向けにショッピングモールで開催されるJapan Travel Fairという訪日観光イベントの開催もしています。
▲2023年2月に開催されたNATAS Holidaysにて、Vivid Creationsが撮影
そして最後に、旅行会社との連携も有効です。特に富裕層や家族旅行は旅行会社にプラニングを委ねている人もいます。シンガポールの訪日旅行で最も多い形態は家族旅行であり、普段個人手配する人でも家族で旅行するときは旅行会社に任せる、というケースもあります。
富裕層を顧客に抱える旅行会社は、顧客の趣味嗜好にあわせてカスタマイズの旅行を提案しています。これらの旅行会社は少人数の会社であることが多く、日本だけでなく全世界を取り扱うため、日本の地方について詳しいスタッフがいないケースもあります。彼らは、常に新しい情報や地方の興味深いコンテンツを探しているため、自治体や観光事業者から積極的に情報提供をしていくことで送客につなげられます。
アジアトップクラスの豊かな国シンガポール、重要性も高まる
シンガポールは、長年政府の経済政策のもと、グローバル企業などを誘致してきました。そのことによって優秀な人材も海外から流入し、アジアの中でもトップクラスの豊かな国になっています。
例えば、隣国のマレーシアと比較すると、同じ仕事の給与はシンガポールでは3倍とも言われており、教育水準・生活水準が高く、ビジネスが集結するシンガポールには、アジア諸国からも優秀な人材が集まっています。
最近は、物価が高くなり生活費も高騰しているのが現状ですが、給与水準も高いシンガポールでは、比較的豊かな暮らしができます。所得が高く優秀な人材が増えており、彼らは海外旅行にも意欲的です。
さらに今後、富裕層が増えていくことが期待されており、旅行客誘致にあたってシンガポール市場は魅力的な市場であることは間違いありません。例えば、シンガポールのミリオネアは、2026年には2021年と比較すると151.4%増加するとCredit Suisseが発表しています。Henley & Partnersによると、UAE、オーストラリアに次いで、世界3位の富裕層の移住増加が予想される地域にシンガポールがランクインしています。
2023年はシンガポール市場からの訪日旅行者数の増加が期待されています。そして、何度も日本を訪れているシンガポールの人たちは地方に目を向けており、地方こそシンガポール市場から誘客するチャンスです。これまで東アジアや欧米豪市場を中心とした施策を実施しているのであれば、シンガポール市場も取り組んでみてはいかがでしょうか。
Vivid Creations Pte Ltd, Cheif Marketing Officer
宮川 元希
Vivid Creationsは2009年シンガポールで設立したマーケティング会社。日系企業や政府機関のシンガポール現地のマーケティング活動を支援。CMO兼訪日インバウンド事業責任者。自治体を対象にシンガポール市場のレップ業務を担当。旅行会社・メディアのファムトリップや訪日プロモーションの実績多数。JNTOシンガポール事務所や自治体・民間企業の訪日プロモーションも請負っており、シンガポール現地の観光事情に精通する。
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