インバウンド特集レポート
2024年の旅行動向見通しで、JTBが訪日客数3310万人という史上最多の予測を出すなど、インバウンドの勢いは2024年も続きそうだ。堅調なアジア勢、中国の復調、景気が追い風の米国に加え、その米国のお隣り、メキシコの伸びは目を引く。2023年の訪日メキシコ人旅行者数は4月以降2019年同月比増を記録し続けており、1〜11月総計では8万5700人、対2019年比で31.3%増とトップの伸びを示している。
ここでは、中南米の要ともいえるメキシコの旅行需要と日本との親和性、需要取り込みのために必要なことなどを、日本政府観光局(JNTO)メキシコ事務所所長山田麻須美氏へのインタビューを交えて考察する。
1.メキシコ市場の概況
平均年齢29歳、人口増加により経済成長が続くメキシコ市場
まずはメキシコのプロフィールを見ていこう。メキシコの首都メキシコシティと成田空港を結ぶ直行便は、デイリーで1日2便運航しており、飛行時間は12時間~15時半程度。米国東海岸に位置するニューヨークと東京を結ぶ便と往復ほぼ同程度である。国土面積は日本の約5.2倍あり、人口は1億2601万人と日本と同規模だが、大きく異なるのが年齢層だ。
メキシコの人口分布を見ると、最も多いのは10〜14歳で、ボリュームゾーンは20歳未満だ。平均年齢は日本の48.4歳に対し、メキシコは29歳と非常に若く、現在も人口増加が続いている。
国民の大多数を15〜64歳の生産年齢人口が占め、実質GDP成長率は、2023年第2四半期(4~6月)で前年同期比3.6%と成長を続けている。一方で、一人あたりの名目GDPは1万ドル程度で、日本の3分の1以下であり、貧富の差も大きい国である。
メキシコが重点市場に定められた理由とは?
JNTOが、メキシコをビジット・ジャパン(訪日旅行促進事業)重点市場として定めたのは、2020年4月。きっかけは、2017年に全日空とアエロメヒコ航空が相次いで成田とメキシコシティを結ぶ直行便をデイリーで運航開始し、2019年にメキシコからの訪日旅行者数が前年比4.8%増の7万1745人と、過去最高の数字を出したことだ。
メキシコが重点市場に定められた理由としては、市場のポテンシャルの大きさがあげられる。山田氏によると、「メキシコで中距離以上の海外旅行が可能な可処分所得の高い層は推計200〜300万人と言われている」とのこと。2019年時点での訪日客数が年7万人ほどの規模であることから、訪日旅行の大きな伸びが見込めたからだ。
▲平均年齢が若いだけあって、活気があるメキシコ
2.メキシコ人の海外旅行の動向と日本への関心
家族を大切にするメキシコ人、海外旅行は米大陸や欧州が人気
メキシコでは学校が夏休みの7月に旅行する人が多いが、もう一つセマナサンタといわれる3~4月のイースター(復活祭)にも2週間ほど学校が休みとなり、旅行の好機となっている。
また、メキシコ人は、家族を大切にするという。「外食には家族全員で出かけ、旅行も同様に家族と一緒。ときには友人家族同士と旅行するなど大人数になることもあります」(山田氏)。
海外旅行先としては、距離が近い米国が圧倒的に多いが、それ以外ではカナダ、次いでロングホールになるヨーロッパ、そして中南米諸国などが挙げられる。16世紀から約300年にわたりスペインの植民地であったことが影響し、最も多く話されている共通言語はスペイン語だ。スペインにルーツを持つ人も多いので、ヨーロッパの中ではスペインや隣国のフランスに旅行する人が多い。アジア方面では、コロナ禍前の2019年時点で最も多かったのは中国だ。昨今メキシコへの人口流入が多いほか、ビジネストリップも盛んで、9万4312人だった。日本は、中国に続く2番目の市場で、7万人超だった。
食やアニメなどを通じて、日本との心理的距離が近い
地理的にも大きく離れているアジアへの渡航数は大きくはなく、総じてこれからだが、メキシコ人は日本のどんなところに関心や親しみを持っているのだろうか。
メキシコ人の国民性について、山田氏は「親日国で非常にフレンドリー、日本や日本人に対するリスペクトを持っているのを感じる」という。また、食や伝統文化、アニメなどのサブカルチャーなど日本に興味のある人も多いそうだ。
「メキシコシティでは、日本風というものから本格的な日本料理や高級鮨店まで相当数のレストランがあり、日本食への馴染みが深いです」
「アニメについては、昔からメキシコでも放映されており、親世代も日本のアニメを見て育ったという人も多い。最近のアニメでいうと、全世界で有名になった『鬼滅の刃』をはじめ、多くの有名なアニメは字幕で放映されています。漫画も翻訳版が出版されていて読んでいる人も多いと思います」
実はメキシコは、ユネスコによる世界遺産の登録件数が35件(23年7月時点、日本と米国は25件の同数で11位)であり、伝統・文化を大切にし守っていこうという気風もある。伝統料理は、日本の和食に一歩先んじて2010年にユネスコの無形文化遺産に登録されており、刺繍や木工芸品などの伝統工芸品も多い点など日本と似通っている点もある。
▲メキシコのテキスタイル
3. 日本への旅行スタイルや訴求ポイント
ゴールデンルート+富裕層には直島、スペイン語ガイドがポイント
メキシコ人の訪日旅行だが、山田氏によると「ロングホールの海外旅行に出かける高所得者層に対しては、日本が旅行先として認知されている」という。
訪日旅行の一般的なスタイルとしては、滞在日数は10日から2週間程度で、デスティネーションはゴールデンルートが中心だ。リピート率もまだ低く、初訪日という人が多い。
「日本のイメージといえば、東京と京都で、そこに大阪が加わる程度です。広島は旅行会社の商品には入っているがメジャーな観光地ではありません」(山田氏)
JNTOの22市場基礎調査結果によると、パートナーやカップルでの旅行が多い。ただし、山田氏は「旅行会社の話からは、家族旅行も多いようです。家族旅行は人数が増えるので、旅行会社に手配を依頼するケースが多いのかもしれません」と話す。また、ボリュームは多くないものの、年齢層が高めの方は、スペイン語でのガイドがいないと不安ということで、団体ツアーを利用するケースもあるという。
人気の体験については、簡単に取り組める浴衣体験やお茶など、日本ならではの体験が好まれているそうだ。
北米市場の経験もある山田氏は「富裕層は、メキシコもアメリカも求めているものは変わらない。ただ、食文化を重んじるなどに共通点が多いからか、日本に対する心理的距離が近く、メキシコの方が日本への関心が強いように感じることもある」という。
また、富裕層を顧客に持つ旅行会社と話をしていると必ずといってよいほど出てくるのは、直島だそうだ。
富裕層であれば英語が話せる人も多いものの、上記のようにシニア世代や家族旅行の場合はスペイン語のガイドをと要求されることも多いという。
4. 2023年メキシコ市場急成長の理由とJNTOとしての取り組み
直行便の回復と円安が追い風、インセンティブ旅行も活況
2023年に急成長したメキシコ市場だが、その理由として最も大きいのはコロナ禍が明けての全日空の便数回復や、2023年のアエロメヒコ航空の直行便復活だ。そして、円安なだけでなく、ドルもメキシコペソに対して1年で1割ほど下落しており、こうした為替の有利さも大きな原因である。くわえて山田氏は、日本の水際対策の撤廃もあげる。
「先に水際対策が撤廃されたヨーロッパなどに行っていた人が、『ようやく日本へ行きやすくなった』ということで、訪れた人が増えたのではないか」と話す。
また、インセンティブ旅行も、追い風だという。日系企業だけではなく、メキシコの企業も日本に行くようになったことなどが重なり、2023年11月時点で8万5千人超と2019年の7万人を超える訪日客数となっている。
「2019年と比較して、メキシコからの出国者数が大幅に増えたわけではないので、それだけ日本に行っている人が多いとみている」という。
旅行会社やメディアとのネットワーク強化、富裕層施策も展開
JNTOはメキシコ市場向けに、BtoBとBtoCそれぞれマーケティングを展開しているが、メキシコ現地市場の開所が2021年11月とまだ新しいこともあり、基本はBtoBに重点をおいて事業展開をしている。
富裕層向け施策はVirtuosoなどのコンソーシアムが主催している商談会に参加、航空会社と一緒に現地旅行会社向けのセミナーを開催し、2023年にはメディアの招聘事業も開催。旅行会社向け勉強会の内容は、日本についての基礎情報から、地方のエリア紹介まで入れるなど、相手が日本をどれくらい知っているかに合わせて行っているという。
「ゴールデンルート以外の日本の地方について、これまではスペイン語でプレゼンテーションする機会が多くありませんでした。またコロナの影響で、オンラインが主流になっていたので、対面でセミナーを行い、直接日本に関する情報を入手できたことで、とても反響が高かったです」
メキシコでは『直接会って話す』ことがとても重要視されている。山田氏によると「2023年に実施したメディア招聘では、富裕層に直島以外の瀬戸内エリアを知ってもらうということで、瀬戸内・広島を1週間程度かけて回りました。しまなみ海道のサイクリングなど好評でした」という。
▲メディア招請で訪れたしまなみ海道のサイクリング(JNTOメキシコ事務所提供)
BtoC向けには、インスタグラムとフェイスブックで情報発信を行っており、2024年はYoutubeとインスタグラムのインフルエンサーの招聘を予定している。3~4日程度と期間は限られているが、瀬戸内エリアに加えて、岐阜・金沢エリアなどゴールデンルートから少し足を伸ばした地域を回って露出をしてもらう予定だ。「メキシコは、全人口も訪日層も40代までの若い層が多く、一番多いのが20代でもあるので、情報収集手段としてSNSを重視しています」
地方の知名度については、山田氏が「北海道は、スキーで行ったという人がたまにいる程度、沖縄のことを知っている人もいるが、実際に行っている人は少ない。九州もまだまだ、屋久島も知られていない」というように、まずは、ゴールデンルートから少し範囲を広げた地方の魅力を知ってもらうところからのようだ。
5.2024年メキシコ市場拡大のカギと需要取り込みのポイントは?
2024年前半まで好調の波続く見込み、北米と合わせて商談訪問を
円安にドル安、コロナが明けて次は日本へ、というニーズも重なり、2019年を大幅に超えて絶好調だった2023年。山田氏は「2023年はインセンティブが多かったのも好調の理由の一つ。インセンティブで訪日した人が、次は家族を連れて来るという声を聞く」と話す。
例年であれば1年の中で7月の訪日旅行者数が最も多くなるが、2023年は現段階で10月が過去最高の数字となっている。2024年の訪日について「航空会社によると、夏までは順調に予約が入っているとのこと。2023年が秋まで好調が続いているだけに、2024年後半までこの勢いが続くかどうかはまだ予測がつかない」と話す。
この好調さを保つにはメキシコ市場に対してどういった取り組みを行い、何を訴求することが必要なのか。観光事業者の多くは、まだ欧米豪だけを見ているところが多い。ただし、富裕層の旅行スタイルやニーズを見ていると、米国市場の富裕層とそんなに差はないようだ。
「メキシコだけをターゲットにするのも難しいので、米国・カナダと合わせて、メキシコも取り込んでもらうところからスタートしてもらいたいですね。ただ、商談も含めて、やはり英語ではなくスペイン語でできる方が好ましいです」(山田氏)
▲ILTM North Americaでメディア向けにプレゼンをするJNTOメキシコ事務所原田次長、積極的な情報提供が欠かせない(JNTOメキシコ事務所提供)
可処分所得が高く訪日旅行のターゲットとなるのが300万人というポテンシャルは魅力だ。また、家族旅行の需要が大きいため、一定のボリュームが取れる可能性も高い。
最初に述べたように、日本からメキシコシティまでの飛行時間は、ニューヨークと変わらない。そして、まずは直接会って関係性を構築することが重要なポイントとなる。現在は、ゴールデンルートが中心ではあるが、インセンティブ旅行のニーズも高まっているメキシコ市場へアプローチをしてみてはどうだろうか。
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