インバウンド特集レポート

【特集】JNTOが開拓を狙う2024年の訪日市場、北欧には「チャンスしかない」の真意

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2023年4月、日本政府観光局(JNTO)は「北欧地域(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド)」を重点市場に追加した。この地域は、人口が最も多いスウェーデンで約1000万人、ほかの3カ国はそれぞれ500~600万人と、各国の人口は決して多くはない。しかし、1人あたりの名目GDP(2022年)は日本の3万3800ドルに対して、4カ国で最も低いフィンランドで5万ドル超と日本の1.5倍。最も高いノルウェーは10万ドルと日本の3倍に上る。ダブルインカムが基本で世帯収入は高く、さらに、1人当たりの訪日旅行消費額も高い。4カ国合わせた訪日客数は2019年で14万人。16万人のスペインや13万人のイタリアに匹敵するとあって注目が高まる地域だ。

現地で本格的なプロモーションを開始するにあたって、北欧市場には「チャンスしかない」。自信をもってこう語るのは、現在、北欧拠点の開所に向けて、スウェーデンで準備を進めるJNTOストックホルム事務所設置準備室の室長、若林香名氏だ。そのチャンスという言葉の意味を紐解くため、北欧地域からの訪日旅行の現状とニーズ、人々のライフスタイルを紹介し、今後の可能性を探っていく。


▲JNTOが準備室を構えるスウェーデンのストックホルム

 

1.北欧市場の概況

北欧4カ国の訪日客数14万人、イタリア16万人、スペイン13万人に匹敵

北欧地域(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド)は、2020年4月に準重点市場化したのを経て、2023年4月、重点市場となった。

北欧地域はこれまでロンドン事務所が管轄を担ってきたが、ストックホルム事務所が開所すれば、重点市場となったスウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランドを中心に同所がプロモーションを展開する予定となっている。

北欧地域が重要マーケットと位置付けられるに至った背景は主に、フィンランド・ヘルシンキを中心に、日本と北欧を結ぶ直行便が就航していることや、訪日客数、旅行消費額の高さなどが挙げられる。JNTOが発行した「訪日旅行データハンドブック2023」によれば、コロナ禍前の2019年の北欧4カ国合わせた訪日客数は約14万人。これと近い数をもつ欧州の国は、イタリア(約16万人)やスペイン(約13万人)だ。北欧4カ国の人口の合計約2700万人に対し、イタリアは約6000万人、スペインは約4700万人。人口比で考えれば、訪日客の割合は北欧のほうが大きい。

訪日目的については、同じく2019年のデータでは、観光目的が80%、ビジネス目的が15%、その他が5%となっている。属性は、男女比の割合がおおよそ6:4。性・年齢別構成比のうち最も多いのが20代男性の13.9%、続いて30代男性の12.7%、40代男性の12.3%。女性では20代女性の11.0%が最も多い。

▲北欧4カ国からの訪日客の性・年齢別構成(2013年~2022年)出典:「JNTO 訪日旅行データハンドブック 2023年」

 

平均年に1.6回海外旅行へ、訪日旅行消費は38万円、高い消費額も見込める

JNTOでは2021年1月~3月、過去5年間の間に北欧4カ国から訪日経験のある人へ独自にオンライン調査を実施している。その報告では、訪日旅行の同行者について、ファミリーが30%、ひとり旅が29%、カップル・パートナーが25%だった。平均予算は、1人当たりの旅行消費額が50.9万円で、1人当たりの日本での消費金額は38.9万円となっている。観光庁から発表される「訪日外国人消費動向調査」の2019年の結果では、ヨーロッパの中で最も高いイギリスが24.1万円、フランスが23.7万円。調査方法や時期などが異なるため、単純に比較することはできないとは言え、平均38.9万円はかなり高い数字だ。

▲北欧4カ国の訪日旅行における、旅行同行者、平均予算、滞在期間、予約方法(出典:第26回JNTOインバウンド振興フォーラム)

北欧4カ国は、有給休暇の年間付与日数が25~35日で、10~20日の日本と比べて休暇制度が充実し、長期休暇を取りやすい。1人当たりの海外旅行回数は1.6回と、海外旅行需要は活発だ。ロングホールに限ると、現在の主な旅行先はアメリカで、アジアではタイへの需要が最も高い。

 

2.北欧市場の人々のライフスタイルや特徴

キャッシュレス社会の根底にあるのは「効率」

「北欧」と聞くと、どのようなイメージをもつだろうか。世界経済フォーラムが発表するジェンダーギャップ指数では、北欧は上位をほぼ独占し、男女平等を実現。充実した社会福祉制度を整え、環境、デジタル分野で世界をリードする存在としても知られる。また、世界幸福度ランキングでは4カ国ともトップ10にランクインしている。日本の一歩も二歩も先をいく存在に、羨望のまなざしを向ける日本人も多いかもしれない。

実際のライフスタイルや生活に対する価値観はどうだろう。2023年8月にストックホルムに赴任した若林氏は、日本との大きな差を感じているという。これまでアジア、欧米豪市場を担当し、ソウル、シドニーでの駐在経験ももつ若林氏だが、今まで経験した欧米豪と日本との違いをさらに超越するギャップが存在すると言う。「スウェーデンでは、国民1人ひとりに割り振られる、日本のマイナンバーに相当するパーソナルナンバーと呼ばれる番号を見れば、年齢はもちろん、居住地から検索によっては年収までもネットでわかってしまいます。さらに、決済については『完全キャッシュレス』で、現金の使用がまったくと言っていいほど存在しない社会です」

支払いはカード、もしくは、Swish(スウィッシュ)と呼ばれるスマホ決済アプリで行われる。数多くの決済アプリが乱立する日本とは違い、Swishは、2012年に国と北欧の6つの銀行が主導で開発した決済アプリだ。送金先の携帯電話番号と金額を入力し、BankID(銀行等が個人に発行する電子IDで日本の実印にあたるようなもの)で承認を行い支払い完了する。

▲完全キャッシュレス社会のスウェーデンで利用される決済アプリ、Swish(提供:JNTOストックホルム事務所設置準備室)

パーソナルナンバーにせよ、Swishにせよ、合理性を追求した賜物で「効率重視」は、スウェーデンの人々や社会の特性を語るうえでのキーワードだ。「仕事への姿勢はまじめでレスポンスも速く、前に進む社会です。余計なことは対応してくれず戸惑うこともありますが、効率的で生産性の高い働き方に学ぶところが多いと感じます」(若林氏)

その他スウェーデンの人々の傾向として、季節に対して非常に敏感で、天候がよく話題にのぼることだと若林氏は言う。「冬になると午後2時頃に暗くなり始め、3時には真っ暗になるだけに、暖かな土地に行きたいという思いは特に強く、季節によって行き先を決めるという感覚は北欧ならでは」。逆に、太陽を楽しめる夏の間はスウェーデンをあまり離れたがらない、といった話も耳にするそうだ。それでも、まとまった休暇がとれるのは6月、7月の夏休みの時期。この時期に海外旅行に出かける人々も一定数はいる。

 

3.訪日旅行のニーズと誘致に向けた戦略、取り組み

主要訪問地はゴールデンルート、現地旅行会社へも基礎的な情報から

現在のところ、北欧地域からの訪日旅行は、平均滞在日数が10.2日。下のグラフが示すように、旅行のハイシーズンは、3、4月の春の時期。次いで10月の秋、そして7月の夏の時期となっている。春、夏、秋に比べると、1月、2月に日本を訪れる北欧の人々は少ない一方、北欧4カ国の人々が最も多く海外旅行に出かけるのは1月と2月だ。前述した通り、暗い冬の時期は暖かい地へ行きたがるのが北欧の人々。アジアには気候が温暖な旅行先も多いが、例えば沖縄など、冬の時期でも選択肢になりうるエリアもアクティビティも日本にはある。ただし、その認知が届いていないのが現状だ。

▲北欧4カ国からの月別訪日客数/折れ線グラフと、北欧4カ国での月別海外旅行人数/棒グラフ(出典:第26回JNTOインバウンド振興フォーラム)

インバウンドにおいて、ヨーロッパに属しながらも、イギリスやフランス、ドイツといった国々との違いと言えば、北欧での「日本に関する情報の少なさ」だと若林氏は言う。赴任後、現地の旅行会社を訪問したり、商談を行ってきたが、日本を扱っている旅行会社は片手で数えられる程度。日本についての知識と言えばゴールデンルートにとどまる。現在のところ、北欧は初訪日が多い市場で、訪問先は東京から富士山を見て、京都、大阪、広島を巡るゴールデンルートが中心だ。旅行会社への説明会では「日本はどんな国か」という基礎的な説明から始めることも多い。

一方、日本に特化した商品を複数扱い、ニッチな内容のツアーで送客を行っている会社もあるが、そういったケースはまれだ。日本を訪問したことがないエージェントが多く、「JNTOとしては、まず一般的な旅行会社に日本のベーシックな情報を届け、ファムトリップを多数実施してもっと日本を扱ってもらえるような取り組みが必要」と若林氏は言う。

 

メディアを東京と九州に招請、自然体験やヘルシーな日本食が高評価

北欧における訪日認知度向上事業のひとつとして、2023年1月、JNTOは航空会社との共同事業でメディア招請を行った。北欧4カ国から2名ずつ、計8名を東京と九州に招いた。行程は1週間で、東京に2日間滞在した後九州に行き、温泉旅館に泊まり、精進料理を味わったり、熊本でサイクリングを行ったりし、再び東京に戻った後は、各自の興味関心のある内容で自由に行動してもらった。

▲体験アクティビティとして好評だった熊本でのサイクリング(提供:JNTOストックホルム事務所設置準備室)

若林氏と同じく2023年8月から、JNTOのストックホルム事務所設置準備室に勤務する石井悠氏がこのツアーに同行した。石井氏は「九州では温泉旅館に泊まりましたが、旅館ならではの丁寧なおもてなしや、日本を感じる畳敷きの和室に満足していました。昔ながらの日本らしさを好む人が北欧には多いと感じます。体験については、九州での自然体験をとても楽しんでいたのが印象的で、サイクリングのほか、砂の中で、お互いに砂をかけ合って温まるというユニークな砂湯も好評でした。また、温泉噴気を利用して野菜を食す地獄蒸し料理体験では、ヘルシーな野菜を自身で蒸して食べるという体験と、素材そのものの味が味わえるという理由からも非常に高い評価がつきました」と、ツアーを振り返る。

北欧市場での興味の対象について若林氏は、「全体的に知的興味は高く、ニーズとしては、ほかの欧米豪と大きくは変わらない」と話す。今注目を集めるアドベンチャートラベルについても、サステナブルをテーマにした旅についても、「欧米を意識してもともと始まった事業は、すべて間違いなく北欧にもフィットすると確信しています」。

▲別府市の地獄蒸し工房で、野菜蒸し体験を楽しんだ(提供:JNTOストックホルム事務所設置準備室)

 

「健康志向」も将来の自分を見据えた合理的な考えから

食事に関して、北欧の人々はもともとヘルシー志向だ。あまりジャンクなものは食べず、栄養素にも気を遣ったり、赤身肉の取りすぎは健康によくないから控えたりと、自分の身体や健康の管理が徹底されていると、若林氏は言う。石井氏も、「野菜が好きというよりも、野菜を食べることによって病気にもなりにくく病院に行かずに済み、自分の時間がより多くもてるという発想です。回り回って将来の自分のためという、北欧の人々の合理的な考えからきているとも思います」と話す。

▲メディア招請事業で訪れた由布院の旅館で提供された料理。健康志向が強く、こうした日本のヘルシーな食文化への興味関心が高い(提供:JNTOストックホルム事務所設置準備室)

 

4.北欧市場の今後の展開、取り組み

北欧市場での日本の情報はまだ白紙、あらゆる地域にチャンスあり

今後開所するストックホルム事務所としての第一の目標は、日本の認知度を上げることだ。現在はOTAへのオンライン広告を中心に行っている。先ほど紹介したメディア招請など、ファムトリップも引き続き実施していくほか、旅行会社向けのセミナーも行う予定とのことだ。まずは日本の一般的な紹介や、ジャパン・レール・パスでの旅といったベーシックな情報の展開からスタートとなる。

▲ストックホルム市内で展開する屋外広告(提供:JNTOストックホルム事務所設置準備室)

若林氏が北欧市場で一番の課題と感じているのは、JNTOとして日本の関係者をまだ巻き込めていないことである。北欧市場における日本の情報はまだ白紙と言ってもいい。そこへ、地方自治体や宿泊施設など観光業界の関係者に来てもらって一緒にPRを行うことは、大きなチャンスにつながる。

「ほかのメジャーなヨーロッパの地に来ている方々に、同じ域内にある北欧までほんの少し足を伸ばしてもらい、ぜひ目を向けていただけたらと思っています」

「北欧の人々は英語を話しますので、あらたな言語対応は特に必要ではありませんし、ベジタリアンやアレルギーなどの食事対応、温泉でのタトゥー対応についても、ほかの欧米豪への対応と同じに考えてもらって問題ありません」とのことで、日本のあらゆる地域に、誘客のチャンスはある。

日本人が北欧に対してある種の憧れを抱くのと同様に、北欧の人々にとっても日本は、遠く離れた面白そうで、いつか一度は行ってみたい憧れの国だと言う。「日本と北欧地域はもともと関係も良好な国ですので、こうしたポジティブなイメージをイメージだけで終わらせないためにも、潜在的なチャンスをぜひ、日本の観光事業に携わる多くの自治体や各地域の関係者と一緒に形にしていきたい」と、若林氏は、これからの本格的な北欧市場開拓に向けた意気込みを語った。

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