インバウンド特集レポート

【対談】被災した和倉温泉の旅館「加賀屋」が、400人の宿泊客を避難させるために取った行動とは

2024.03.14

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令和6年能登半島地震により、年間約80万人が訪れる石川県七尾市「和倉温泉」も甚大な被害を受け、22軒の宿泊施設すべてが休業を余儀なくされています。
そのひとつ、「おもてなし日本一」として知られる老舗旅館・加賀屋は、震災発生時、館内にいた400人ものお客様を迅速に避難所へ誘導し、負傷者もなく翌日には全員の帰宅支援を完了させました。災害危機管理において、この優れた初動対応事例から学ぶべき点は多いでしょう。

具体的にどのような行動をとったのか、また日頃からどのように備えてきたのか、加賀屋支配人の道下範人氏にお話を伺いました。聞き手は、観光レジリエンス研究所代表の高松正人氏です。


▲震災発生直後より現場で指揮を取った道下範人氏

 

過去の教訓をいかし、地震発生直後に行った館内放送

高松:石川県能登地方は2007年にも大きな地震が発生し、加賀屋は約1か月休業されましたね。その間も社員を守り、研修の期間に充てるなど、サービス力の向上に力を注ぎながら危機を乗り越えられたと伺っています。

しかし今回のマグニチュード7.6の地震による被害はその時よりはるかに深刻でした。それほどの規模の災害でありながら、地震発生の翌日には宿泊のお客様すべてを無事に送り出されたこと、本当に優れた対応だったと思います。具体的には、どのような被災状況の中でどのような行動を取られたのか教えていただけますか。

道下:2024年1月1日、16時6分に最初の強い揺れを感じました。最大震度5強だったと聞いています。私はお客様のお出迎えのために玄関にいたのですが、すぐにフロントの裏にある防災センターへ走り、館内放送を流しました。「ただいま大きな地震を感じました。まだ詳細は分かりませんが、安全が確認できるまではその場に控えて待機ください。エレベーターの使用もお控えください」というものです。

高松:発生直後にすぐ館内放送をされたのですね。突発的な事態の中での適切な判断だと思います。

道下:実は、2023年5月5日にも震度4レベルの地震があったのですが、その際に学んだ教訓がありました。その時は揺れを感じたものの特に被害もなかったので安堵していたのですが、数日後に、その時宿泊していたお客様からご意見をいただいたのです。危険がなかったとは言え、「大丈夫です」という館内放送ひとつでもあれば客としては安心できますと。その方は長年警備保障会社にお勤めで、プロとしての見解からアドバイスをくださったのです。全くその通りだと思い、お詫びして、以降常に心に留めておりました。

高松:確かにまったく情報がない中では、お客様も不安に感じられるかもしれません。その学びを反映され、今回は道下さん自らマイクを取ってすぐにアナウンスをされた。混乱を回避するためにも、初動対応のひとつとして大切なことですね。

 

実践的な防災訓練が功を奏した、従業員の速やかな避難誘導

高松:しかしその4分後、16時10分に最大震度7の本震が発生しましたね。

道下:何度も繰り返し放送を続けていたところ、今度は物に掴まらなければ立てないほどの大きな揺れが起こりました。ガラスが割れる音や悲鳴も聞こえてきたため宿泊施設内にある防災センターから飛び出したのですが、物が落ちテーブルが割れるなど、ひどい状況を目の当たりにしたのです。

これはもう只事ではないと、非常放送に切り替えて避難指示を行いました。「従業員がお客様を安全な場所に誘導いたしますので、従業員の指示に従って避難してください。避難が困難な方は、内線191番の防災センターにご連絡ください」という、災害対応マニュアルに沿ったものです。「貴重品は持たず、エレベーターは使用しないでください」ということもお伝えしました。

高松:地震発生当時、館内には何名ほどの方がいらっしゃったのですか?

道下:この日は533名の予約が入っていたのですが、未到着の方もいらっしゃいましたので、その時点ではお客様が約400名、従業員が約300名おりました。

高松:加賀屋は地上20階建て、客室は233室もあります。各フロアから400名もの方を誘導するのはかなり大変なことかと思います。

道下:避難誘導中に津波警報が発令されたため、高台など安全な場所へ誘導することにしたのですが、一度に避難が集中して混乱が大きくなることは避けたいと考え、二手に分けることにしました。玄関周辺にいらっしゃった方は建物の外の駐車場に集まっていただき、そこから高台へ誘導することに、館内にいらっしゃった方はひとまず4階のコンベンションホールへ誘導することにしました。これは、建物の構造を把握できており、すぐに倒壊する危険性は低いと判断したうえでのことです。


▲通常はセレモニーやパーティに使用されている、4階のコンベンションホール「飛鳥」

高松:おそらくご高齢の方もいらっしゃったと思いますが、従業員の方は誘導に際しどのようなお手伝いをされたのでしょうか。

道下:各フロアにいた待機番のスタッフがお客様を非常階段からご案内していきました。なかにはお客様をおぶって階段を下りるスタッフもいたようです。同時に従業員が各フロアを見回って安否確認を行い、都度完了の報告をしてもらいました。

最初の激しい揺れが起こった時、入社1年も経たない客室係が、自分よりはるかに体の大きいお客様の背中に覆いかぶさって守る姿もあり、従業員全員がとにかくお客様の安全を確保するため自発的に行動していたように思います。

高松:突発的な事態の中、各々が状況を的確に判断して動くことができたのは、普段からそのような訓練をされていたからでしょうか。

道下:2023年の11月27日にも火災を想定した防災訓練を実施していたことが功を奏しました。この時は新しい試みとして、火災の発生場所を事前に伝えない実践さながらの訓練を取り入れました。予期せぬ事態に対して、どのように行動すべきかを自分で考えてもらうためです。特に避難誘導に力を置き、「火を消すのはプロの消防士だが、お客様を誘導するのは旅館を知り尽くした我々がプロとしてやるべきこと」と改めて伝えたばかりでした。

高松:実践的な訓練によって、予期せぬ事態での対応力の向上を図る。いかに日頃からの備えが大切かを実感できますね。


▲屋外へは正面玄関から誘導した

 

冬ならではの災害リスク対策も必要

高松:いったん屋外へ避難したお客様は寒空の下での待機となりますが、なにか対策をされたのでしょうか。

道下:見回すと当然ながら浴衣姿の方も多く、入浴やスプリンクラーの誤作動などで髪が濡れている方もいらっしゃいます。気温は6度前後で屋外はかなり冷え込んでおり、暖の確保が急務だと考えました。

バスを活用しようと思ったのですが、あいにく大型バスは送迎に出ており、道路の分断や渋滞などですぐには戻って来られない状況でした。そこでまずは4台の中型車にお子様、女性、年配の方を優先して乗車いただき、暖房をつけて待機いただくことにしました。

高松:2007年の震災時も、バスで暖を取る方法を取られていましたね。この手段は非常に有効ですし、もし団体客の貸し切りバスがある場合はお願いして使わせてもらうのもいいでしょう。

道下:先輩方からの教えから学んだ対応です。加えて、社用車はガソリンメーターが半分切った頃を目処に必ず満タンにするようにとも言われてきました。この日も年始のガソリンスタンドの休業に備えてすべて満タンにしていたので、ガス欠の不安もなかったです。その他のお客様には、スタッフジャンバーやブランケット、バスタオルやカイロなどをかき集め、手分けしてお渡ししました。

高松:冬に災害が発生すると、低体温症などの冬ならではのリスクがあり、寒さに対する備えも重要になります。避難・滞留されるお客様の命にかかわる「不快」を解消する策として、とても参考になる事例だと思います。

 

避難所に身を寄せる2000人の支援に奔走

道下:ひとまず屋外に集まっていただいたお客様を高台へ誘導しようと準備を行っていたところ、巡回のパトカーからも「大津波警報が出たので速やかに指定の避難所へ移動してください」とのアナウンスがありました。まずは駐車場へ避難されていた方から、歩いて15分ほどの小学校へ担当の客室係が付き添ってご案内することにしたのです。激しい揺れでアスファルトが割れた箇所もあり、歩けない方は車椅子を使ったりおぶったりするなどしてお連れしたと聞いています。

その後、津波の危険性がなくなったことを確認した上で、4階に待機されていたお客様をご案内し、なんとかみなさんの避難所への移動が完了しました。

高松:避難所には地域住民の方やほかの宿泊施設のお客様も身を寄せていらっしゃいますよね。幸い七尾市は停電を免れ、電気はどうにか確保できていたそうですが、日も暮れる中、みなさんの暖を含めさまざまな支援も必要になったのではないでしょうか。

道下:4階建ての校舎および体育館もすべて埋め尽くされている状態で、最終的には2000人ほどがいらっしゃったと聞いております。入口ドアのガラスが割れていたので段ボールとガムテープで応急処置をしました。旅館から掛け布団を運ぶよう指示し、従業員たちが布団を抱えて何度も往復し、避難所までお届けしました。

高松:避難所にいらっしゃったみなさんへの物資支援に尽力されたわけですね。

道下:非常時なので、私たちができることを行うことがすべてでした。どうにか暖を確保できる状況には辿りついたのですが、時間も時間なので次は食べものが必要になります。そこで旅館の調理場に連絡しておにぎりを握ってもらうことにしました。本来なら「お腹いっぱいになってほしい」と大きなおにぎりを作りたいところですが、この時はとにかく1人でも多くの方にお配りしたいので、数を重視することに。それでも1度に握れるのは400個が限界だったので、売店からもお菓子などを運び、また乳児用の粉ミルクに必要なお湯を沸かすため電気ポットも10数台持参しました。

高松:運搬作業も大変だったでしょうし、従業員のみなさんはずっと休まずに動かれていたのですね。なかにはご自宅が被災された方もいらっしゃったのではと思いますが、何より目の前のお客様や避難所の方々を優先して対応された。その姿勢は加賀屋での仕事を通じて、自ずと身についたものなのでしょう。現場の状況を見ながら適切な指示を出された、道下さんの対応にも見習うべき点が多々あります。

道下:これも「有事の際、トップは冷静さを保ち決してうろたえてはいけない」という加賀屋の先人からの教えでした。私もそのように努めましたし、従業員も本当によく頑張ってくれたと思います。


▲売店からはせんべいや饅頭など腹持ちのするものを優先して持参した

 

次々と浮上する課題に向き合い、帰宅支援の術を模索

道下:お客様へお薬や携帯電話などをお届けし、避難所での作業がひとまず終了したのは23時過ぎだったと思います。複数名の従業員を避難所に残して私は旅館に戻り、次のステップについて話し合いました。今お客様が一番望まれているのは、この場所からできるだけ早く離れることに違いないと考えまして。

高松:スムーズにお帰りいただけるよう、手筈を整えていくことにしたのですね。しかしみなさんが一度にチェックアウトされると、手続きが集中することも予想されます。優先順位はどのようにつけたのでしょう。

道下:その点も悩みどころでしたが、ちょうどJRの運行状況のニュースが入り、和倉温泉~金沢間は終日運休、金沢駅から各方面については早くても午後以降の再開予定になることが分かりました。つまり電車では午前中の間は金沢から出発できないということになります。そこで、まずは車でお越しの方からチェックアウトを優先することにしました。

高松:部屋にある荷物の受け渡しはどうされたのですか。

道下:荷物は従業員が運び出し、宿泊者情報を参照しながらお客様に渡しました。セーフティボックスをご利用の方に限っては、代表者にお部屋までご同行いただくようお願いしなければなりませんでしたが。

また浴衣姿で避難された方も多くいますので、1階の茶室を屏風で仕切って男女別の簡易着替えスペースを作り、フロント前には充電器を用意してご家族などへ電話しやすい環境も整えました。そうして早い方は朝5時には発たれ、9時頃には車の方のお見送りが完了したと思います。


▲着替えスペースとして活用した1階茶室「慈孝庵」

高松:続いては午後の運行再開に向けて電車利用のお客様ですが、和倉温泉~金沢間は終日運休ですし、宿から金沢駅までの移動手段が必要になるかと。

道下:いろんなバス会社に連絡を取ってみたのですが、どこもバスを出せる状況ではありませんでした。もはや社用車しか手段がないと考えたのですが、いかんせん道路の状況が分かりません。そこで事前に従業員を下見に走らせることにしました。2つあるルートのうち、ひとつは通行止めでしたが、もうひとつは通常の約3倍、3時間半ほどかかるもののどうにか辿り着けると分かり、社用車で金沢駅まで送り届ける決断をしました。

高松:情報が限られる中、解決策を模索され判断を重ねていかれた。そうして準備が整い、ようやくすべてのお客様の送り出しをできることになったというわけですね。

道下:11時15分、各車両から出発準備完了の合図が送られ、出勤した従業員250名が玄関から道路脇に並んでお見送りしました。寒い中、たくさんのお客様が窓を開けて「頑張れ」「昨日はありがとう」と声をかけてくださり、お辞儀をし涙する従業員たちの姿を覚えています。お客様を怪我なく送り出すことができ、加賀屋としてなすべきことができたと思えた瞬間でした。


▲大型バス含め全11台を稼働して、220名のお客様を金沢駅まで送り届けた

 

早期の復興を願う声と、営業再開までの苦慮

高松:無事に帰宅された方からも数多くの感謝と励ましの声が届いたと伺っています。営業再開を望む声も多いと思いますが、建物自体の被害に加えて水道やガス、道路などの周辺インフラにおいても甚大な被害が出ていることから、復旧作業の着手にも時間がかかるのではないでしょうか。

道下:現状はまだ営業再開の目途が立たず、苦渋の決断として和倉4施設「加賀屋」「あえの風」「松乃碧」「虹と海」は当面の間、休館させていただく事となりました。しかし輪島市や珠洲市などさらに被害が大きい地域もありますので、復旧・復興工事もそちらを優先していただくべきかと思っています。

高松:長期休業にあたって、従業員の方々はどうされているのですか。

道下:お客様の帰宅支援が完了した時点で、この後は自身や家族のことを優先してほしいと伝えました。それぞれ帰省や自宅待機などを選択してもらい、今後については順次ヒアリングも進めています。従業員のご家族の中には、もう能登地域で働いてほしくないと思われる方も当然いるでしょうし、退職希望があればそれも仕方ないと思います。しかし「再開の折はまた働きたい」と言ってくれる従業員も多いので、今後の方針が決まり次第、復帰してもらう予定にしています。

高松:休業がかなり長引く場合には、別の施設に出向などの可能性もあるのでしょうか。

道下:それもひとつの手だと思っています。他館に行くことによって新たに学べることもあると思いますし、そういう面ではいい機会になるかもしれません。

 

マニュアルがすべてではない。想定外の事態にも対応できる備えを

高松:最後に今回の被災経験を通じて学んだことや、全国の観光事業者、宿泊事業者の方々に伝えたいことはありますか。

道下:緊急時のマニュアル作成や訓練の大切さは改めて実感しています。ただ、布団や食事のご提供、金沢までのルートの下見などは緊急マニュアルには載っていないことでした。防災訓練も建物から出るところまでは行っていましたが、避難所までの誘導は実施していなかったのです。

私たちは常日頃、お客様にご満足いただくには、マニュアルに沿った業務ができて50%、残り50%は、目の前のお客様それぞれがどうしたら喜んでいただけるかを考えて、先回りした心づくしを行うことだと考えています。今回の震災対応において足りなかった部分は多々あるかと思いますが、マニュアルにない対応ができたのは、状況に応じて先手を打つという教えがあったからかもしれません。

高松:加賀屋ではおもてなしを「相手の意を読み取り、先回りして意を現実のものとして差し上げる策を持つこと」と定義し、「笑顔で気働き」をモットーとされていますね。一人ひとりの機転が大切で、このような緊急時にもそれが発揮されたのでしょう。

道下:いざという時に求められる対応には、終わりがありません。マニュアルも訓練もこれで十分とは考えずに、経験をもとに常に見直してブラッシュアップしていくことが必要だと学びました。

高松:こうした対策や備えは、全国の事業者の方にとっても決して他人事ではありません。日本では、南海トラフ地震と首都直下地震が今後30年以内に発生する確率が70%と予想されており、いつ何が起こってもおかしくない状況です。加賀屋さんの事例を参考に、今一度、災害時対応を改めて見直していただけたらと思います。


▲本記事の取材はオンラインで行われた

 

観光レジリエンス研究所 代表 高松 正人 氏

株式会社日本交通公社(現JTB)、株式会社ツーリズム・マーケティング研究所、株式会社JTB総合研究所を経て、観光レジリエンス研究所代表(現職)。WTCF(世界観光都市連合会)、JICA(国際協力機構)等国際機関の専門委員として活躍する一方、日本における観光危機管理の草分け、第一人者として、国内外の観光危機管理や観光復興関係の業務に数多く関わる。UNDRR(国連防災機関)傘下の民間ネットワークARISEの日本代表。

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