インバウンド特集レポート
「帰国前に、もう一度あのラーメンを食べたい」。目を輝かせながら話してくれたのは、ある訪日ツアーに参加したアメリカからの旅行者だ。
主催したのは、カナダに拠点を持つ旅行会社「ワールド・ヴィーガン・トラベル」だ。旅程中の食事はもちろん、人気のカフェで楽しむスイーツもすべて植物性由来のものばかり。これまでにヨーロッパやアフリカでヴィーガンをコンセプトとしたツアーを開催してきた同社が、10日間で150万円(航空券無し)という日本ツアーを3月に初めて催行した。32人という募集枠に対して、わずか28時間で完売したという今回のツアー。参加者の目に、日本はどのように映ったのだろうか。
▲日本の伝統的な和食をベースとした現代創作和食レストランCoil
募集開始から28時間で完売、日本でほぼ前例のないプレミアムなヴィーガンツアー
ワールド・ヴィーガン・トラベルは、ブライディ・リードさん、セバスチャン・レンジャーさんのヴィーガンのカップルによって設立されたカナダの旅行会社だ。その名の通りターゲットをヴィーガンに絞り、ガイド付きでオールインクルーシブのラグジュアリーなツアーを手掛けている。同社では2017年から、ヴィーガンのインフルエンサーで作家でもあるコリーン・パトリック・グードローさんをホストに据えたツアーを「ジョイフル ヴィーガン トリップ」のタイトルで販売しており、これまでタイ、イタリア、フランス、ルワンダ、ボツワナ、ベトナムなどのツアーを催行してきた。
ブライディさんは今回のツアーが実施された経緯をこう語る。「日本ツアーの販売予定を問い合わせる顧客が多かったことまた、ホストのコリーンが日本文化に関心を持っていて、以前から日本に来たがっていたこともあり、日本は5年前からツアーの候補地になっていた」。
だがコロナ禍の影響で旅行の企画や手配が進まず、今回ようやく実現することができた。顧客の日本ツアーへの期待はかなり大きく、旅程の詳細や価格が決まる前から、ウェイティングリストに350人が名を連ねたほどだという。
桜のシーズンに合わせて催行された日本ツアーは、東京、京都、金沢、白川郷、広島を巡る10日間の行程。同社の商品は航空運賃を含まない現地発着ツアーのため、1本目(3月22日から3月31日)は東京集合、京都解散、2本目(3月31日から4月9日)は京都集合、東京解散の逆ルートとした。旅行代金は約1万ドル(約150万円)と高額だったが、発表後28時間で完売する人気ぶりだった。
▲今回の訪日旅行に参加したメンバー© Alina Saiki
精進料理からお好み焼き、ラーメンまで、多様な日本食をヴィ―ガンでアレンジ
プレミアムなサービスをうたっているだけに、レストラン選びは慎重に行われた。まずはランドオペレーターが過去の手配実績から各都市のヴィーガン対応可能なレストランを洗い出し、日本在住のヴィーガンの人たちの協力を得ながら、質の高い食事を提供するレストランを絞り込んでいった。さらにブライディさんと日本在住歴のあるセバスチャンさんが下見に訪れ、各レストランの食事を試食して、内容を詰めていった。
例えば、ヴィーガン食と相性の良い精進料理は、京都では世界遺産に登録されている天龍寺直営の「篩月(しげつ)」で伝統的な精進料理、金沢ではレストラン「バリア」でモダンなスタイルの精進料理を提供し、バリエーションをもたせた。また京都では京町家でおばんざい料理を楽しめる「百足屋」、広島の宮島では真言宗御室派の大本山「大聖院」の中にある人気のカフェ「六角茶房」のカレーなど、店の雰囲気やロケーションも重視している。
さらに東京では渋谷の「ヴィーガン居酒屋真さか」で日本の居酒屋を体験してもらい「真武咲弥(しんぶさきや)」で日本のラーメン文化についてレクチャーを受ける時間も設けた。さらに永田町のレストラン「KIGI」では、アクロバティックな忍者ショーと食事のフルコースで参加者を喜ばせている。また基本的にレストランを貸し切りにするのも、同ツアーの特徴だ。
▲食事の前のショーでは、皆がスマホをかまえて写真や動画を撮影した
コリーンさんは「伝統料理からバーフードなどのカジュアルな料理、その地域のローカルフードや季節限定の料理が楽しめたことも日本の食文化の魅力だった。ラーメンはアメリカでもメジャーな日本食だが、ラーメンツアーでラーメンの歴史や文化を学べたのもよかった。東京には約1万店のラーメン屋があるが、ヴィーガン対応をしているのは約10店舗らしいので、今後もっと増えていくと嬉しい」と話す。
ツアー参加者の大半は、初めて日本を訪れた人だったこともあり、精進料理やカレー、お好み焼きなどは非常に新鮮に映ったようだ。個々に話を聞くと「どの食事も素晴らしかった!ベストだったのは精進料理」「やっぱりラーメンがおいしかった」「料理だけでなく日本人の丁寧や親切な態度に感動した」など喜びの声が多く集まった。
▲レストラン「KIGI」で供された前菜とメインディッシュの有機大豆ミートのカツカレー。前菜では黒豆みぞれ和え、よもぎ麩田楽、塩トマト昆布土佐酢ゼリー掛けなど色鮮やかな7品が。サクサクとした衣や大豆ミートのジューシーな食感がカレーとよく合う
食事だけでなく観光コンテンツにも配慮したツアー
ブライディさんは、ヴィーガンに特化した旅行会社を始めた理由をこう語る。
「私も共同代表のセバスチャンもともに旅行業界歴が長く、世界各国を旅してきたし、東南アジアの国々や日本には数年単位で住んでいた経験もある。だが、いざ自分たちがヴィーガンとして旅行をすると、非常に不便な思いをすることに気づいた。ラグジュアリーホテルに泊まっても食事の選択肢は非常に限られているし、ディナーのメニューもありきたりで刺激にかけるものばかり。常に自分から食べたいもの、食べたくないものを主張しなくてはならない。ヴィーガンの人が旅行で感じる不満を解消したかった」。
そうした想いもあり、同社のツアーでは、旅行先の伝統料理やローカルの料理、スイーツなど、旅行者がその土地で食べたいと思えるものが、高いクオリティでヴィーガン・オプションとして用意されていること、ツアーには同じ価値観の人たちが集まるため、非ヴィーガンの人から日頃の食事について質問攻めに合うこともなく、旅行を純粋に楽しめることなどがうたわれている。裏を返せば、彼らが一般のツアーに参加した場合、食べたいものを食べられず、旅行以外でストレスを感じることが多いということでもある。
またコリーンさんは「一般の旅行会社がヴィーガン向けのツアーを企画する場合は、ぜひ食事以外の観光コンテンツも配慮してもらいたい。私たちが動物関連の施設で訪ねたいと思うのは、野生動物の保護区や、傷ついた野生動物の保護施設などだ。動物愛護の観点から動物園や水族館、猫カフェ、野生動物に餌をやるような場所は楽しめないことを理解してほしい」と話す。
▲京都では、本格的な会席料理を楽しみながらお座敷遊びを楽しんだ
ヴィーガン専門の旅行会社は、そうした価値観を理解しているため、ヴィーガンからの信頼を得られやすい。ちなみにコリーンさんの一連のツアーは顧客のリピート率が50%を誇っており、少々高額でも自分に合った価値観の旅行を選ぶ人が多いことを示している。ブライディさんによると「当社の顧客はハイレベルな商品を期待する人が多いため、価格帯も参加者の平均年齢も少し高め。2022年の顧客データを例に挙げると、参加者は92%がアメリカ人で、そのうちヴィーガンでない人は9%。顧客の平均年齢は53歳。ツアーは現地発着のオールインクルーシブツアーで、8~10日程度で1万ドル前後の価格帯が中心だった」とのこと。
求められるのは、「野菜たっぷり」をウリに、誰でも楽しめるメニューつくり
世界で拡大を続けるヴィーガン市場をより多く受け入れるため、日本に求められることは何だろうか。世界各国を旅してきたコリーン氏はこう語る。
「和食は多くの料理に(魚を使った)出汁が使われているため、レストランにとって通常メニューをヴィーガン食に変更するハードルは高いかもしれないが、伝統的な和食にはそのまま提供できるものもたくさんある。レストランがヴィーガン・オプションを加える場合は、ぜひ、誰でも楽しめる料理として取り入れてもらいたい」。
具体的には、メニューに加える際に料理名に『ヴィーガン』とは入れず、『野菜たっぷり』など皆が興味を惹く表現にすることが挙げられる。「メニュー名にヴィーガンの文字が入ると、ヴィーガンの人しか注文しないためメニューの存続が難しくなり、結果としてメニュー取りやめることになりかねない。あくまで誰でも楽しめる料理として取り入れ、料理名のそばに『v』や葉っぱのマークを添えて、当事者にわかる形にしてもらえればありがたい」(コリーンさん)。
▲今回のツアーのホストを務めた、インフルエンサーで作家のコリーン・パトリック・グードローさん。インスタグラムのフォロワー数は7万3000人を誇る
ワールド・ヴィーガン・トラベルでは、今回の日本ツアー販売に対する反響の大きさを受け、2025年春にも日本ツアーを実施予定だ。今回、高価格帯のヴィーガンツアーが日本で実施されたことで、ヴィーガン市場の捉え方が変わっていくことも予想される。
取材/文:吉田千春
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