インバウンド特集レポート

訪日富裕層はどんな宿に泊まるのか?DMCが語る“選ばれる施設”の特徴と対応の工夫

2025.05.29

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訪日旅行市場で注目される富裕層旅行者。彼らがどのような体験を求め、宿泊先をどう選んでいるかは、宿泊施設にとっても重要な示唆となる。

今回は、欧米豪の富裕層に向けたテーラーメイド旅行の企画や手配を手がけ、日々最前線で、お客様のニーズと向き合っているDMC(デスティネーション・マネジメント・カンパニー)であるBOJ株式会社の野口貴裕氏に話を伺った。

野口氏の実践を通じて、富裕層に選ばれる宿の条件や、宿泊施設に求められる対応とは何かを探る。

 

訪日富裕層旅行者の中心はシニア夫婦と家族連れ、ニーズに応じて行程も多様化

約12年の北米滞在歴、45カ国以上の旅行経験を経て2014年、「日本の美を世界へ」をミッションにBOJ株式会社を設立したのが代表取締役の野口貴裕氏。同社では、海外の富裕層を顧客とする旅行会社からの依頼を受けて、欧米豪の富裕層旅行者に対してテーラーメイドで行程を作成、手配している。最近は、メキシコやブラジルから訪日する富裕層の旅の手配も増えているという。

同社が取り扱うお客様の属性は、主に2人から4人の少人数のグループ。2人の場合は、年齢層や興味関心はさまざまであるものの、子育てを終えた60~70代の夫婦やカップルが多く、家族連れの場合は、40、50代の親が小学生ぐらいの子どもと訪れるケースが多いという。「アフターコロナは、特に家族旅行の問い合わせが増えています」と野口氏。

こうした家族連れは、子供が楽しめるマンガやアニメ、ゲームをテーマにした施設や東京の秋葉原、東京ディズニーシーやユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)などのアミューズメント施設、動物カフェなどを行程に組み込むことが多い。プライベートで忍者や侍体験ができる施設も人気だ。

秋葉原
▲秋葉原の様子

一方、60~70代の夫婦やカップルは、東京と京都をメインにして、合間に金沢や直島などを回るゴールデンルートを巡るケースが多いという。

旅行の期間は大体2週間。日本への往復航空券代を除いて、1人当たり平均で約250万円を消費する。

 

宿の選び方は2種類、特定宿の指名かDMC提案。“顧客理解”が最も重要に

こうした高付加価値旅行者の旅や宿泊施設に対するニーズは何だろうか。野口氏によると、予算に応じてゲストに合った5スターの宿泊施設を提案してほしいというパターンと、特定の旅館やホテルを希望するパターンがあるという。「お任せの場合は、お客様の年齢や子どもの有無、趣味、行程などを考慮して宿泊施設を選びます。例えば、高齢のご夫婦の場合は、繁華街に近いところよりも落ち着いた雰囲気の場所、皇居が見えるホテルの一室を用意したり、銀座に近くてショッピングがしやすい日本橋近辺で探したりします。一方で若めのカップルの場合は六本木や新宿エリアを提案することがあります」(野口氏)

皇居周辺の風景
▲皇居を望める場所は落ち着いた雰囲気を求める方に人気の場所

 

富裕層が好む宿の条件とは?“小規模・個性・快適性”

ホテルの形態としては、客室15室未満の小規模宿泊施設「ブティックホテル」が人気だ。また多くはないが、旅館が好きで旅館ばかりに泊まりたがる旅行者もいる。旅館でも、高齢者の場合は体が痛くならないようにベッドの部屋がある旅館を準備するようにしている。

都市部以外のエリアで特定の旅館やホテルでリクエストが多いのは、アートとホテルが一体化した「ベネッセハウス」(香川県直島町)だという。閉館時間後でも作品を鑑賞できるなどの宿泊者特典がある。ラグジュアリーホテルブランド「アマン」系列の「アマネム」(三重県志摩市)や瀬戸内海のクルーズ客船「guntû(ガンツウ)」も人気だ。「強羅花壇」(神奈川県箱根町)や、米アップルの共同創業者、故スティーブ・ジョブズが愛したという「俵屋旅館」(京都市)を希望する客もいる。

アートが好きな旅行者に人気の直島
▲アートが好きなお客様に人気の直島

 

お客様のニーズに合わせた“宿・体験”のセット提案が価値を生む

野口氏はどのような点を重視して富裕層の旅の行程に組み込む宿泊施設を決めているのだろうか。「お客様が何に興味があるのか、どのような人たちなのかを考慮しています。例えば家族全員がアクティブで体を動かすことが好きなのか、現代アートが好きなのか、伝統的なものが好きなのかなどを聞いてから、体験と宿泊施設、両方の観点からどこの地域にお連れしようかと考えます」

例えば子どもがある程度大きく、アクティブな家族なら、季節が良ければ元オリンピアンの案内でカヌーやシャワークライミングなどができる1日1組貸し切りの「Zenagi」(長野県南木曽町)を組み込むことがある。旅館でゆっくりしたいという希望があれば、厳選な審査を経た世界のホテルやレストランが加盟できるルレ・エ・シャトーの一員で、食事などのサービスも安心な「扉温泉明神館」(同県松本市)や「光風湯圃べにや」(福井県あわら市)を案内する。

馬籠宿
▲馬籠宿の様子

伝統工芸を好む旅行者なら、地元の木彫りや漆芸、陶芸作家らが手がけた建物に貸し切りで宿泊できる「Bed and Craft」(富山県南砺市)や民藝をテーマにしたアートホテル「楽土庵」(同県砺波市)、食にこだわりがあるのなら「酒造りの神様」の異名をもつ醸造家、農口尚彦氏が設立した酒造企業「農口尚彦研究所」に隣接し、廃校になった小学校を改装した「オーベルージュ オーフ」(石川県小松市)を勧める、といった感じだ。

しかし、日本滞在中の体験を重視するお客様の場合は、ソフト・ハード両面で富裕層受け入れの体制が必ずしも整っていなくても、富裕層を迎えるチャンスがある。「山奥の修験道を歩きたい、サイクリングがしたいというお客様の場合は、周辺に高級宿泊施設があるとは限りません。しかしお客様にとっては、体験の方が重要ですので、地元にある一般的な宿泊施設でも了承していただけます」

アクティビティを楽しむ旅行者の様子
▲お客様のニーズは千差万別、アクティビティを楽しみたいという人も

「お客様によって気に入る、気に入らないはあります。有名な高級旅館でも『全然良くなかった』と言われる人もいます。こればっかりは人それぞれですので、どれだけ事前にお客様の情報を得て、そのニーズにマッチさせられるかです」(野口氏)

とはいえ、一棟貸しで全てセルフサービスという宿泊施設は、お客様の細かいニーズに応えられない可能性があるためお勧めしないという。

 

柔軟性が満足度を左右、珈琲や洋食準備など習慣への理解が差をつける

富裕層のニーズは千差万別とはいえ、野口氏が求められる宿泊施設の基本的な条件として挙げるのが、英語力と柔軟性だ。柔軟性については、例えば、遅めの夕食時間を希望するケースや、和朝食が苦手な客のために、簡単でいいから洋朝食を準備するということが挙げられる。また、欧米のお客様は、朝は基本的にコーヒーを飲むため、客室にコーヒーのセットを置いておくことも重要だ。公共の風呂で入浴する経験がない外国人にとっては、客室に風呂があるかないかも宿泊施設を選ぶポイントになる。

宿泊施設での朝食
▲朝ご飯に洋食のオプションがある方が選ばれやすい

「宿泊客のリクエストに対応するという柔軟性だけでなく、ニーズをくみ取り、臨機応変に対応してくれるホスピタリティも大切です。例えば、夕食の際にお客様が『この器はとてもきれいですね』と言ったのを聞いていて、翌日にその器を制作した職人の工房を案内してくれるということがあれば大変喜ばれます。大げさなことではなくて、お子さんのデザートプレートに絵を描いてくれるというような、小さなことでもいいんです」(野口氏)

野口氏は、人気の宿泊施設を目標にするのは良いが、無理してまねる必要はないという。「これはできないけど、うちならこれはできる、でいいと思います。自然の中にある施設だったら一緒に散歩して、景色の素晴らしいスポットへご案内する、街なかの施設なら、地元で有名なコーヒー店をお勧めするなど、柔軟性を持って臨機応変に対応していくことが大切です」

宿泊施設のスタッフが、柔軟な対応を身に付けるためにはどうすればよいのだろうか。野口氏は、視察を兼ねて他の施設に泊まりに行くことをアドバイスする。あえてチェックイン時間の前に訪れる、部屋にないアメニティを希望してみる、夕食の食材の変更をお願いするといった行動を取ることで、対応方法の参考になる部分もあるという。

 

宿泊施設の努力だけでは限界、“地域の魅力”との連動がカギに

ただ、宿泊施設だけが努力をして、高付加価値旅行者を呼び込むにも限界がある。その施設の周辺でできる体験も重要だ。「お客様の趣味、趣向に合わせた体験ができる地域を選び、そこから宿泊施設を選ぶパターンもあれば、宿泊施設ありきでデイトリップや体験を提案するパターンもあります。地域における体験商品や有能なガイドも必要になってきます」(野口氏)

ただし、必ずしも作り込まれた体験である必要はない。例えば、地域住民とのちょっとした交流が満足度の高さにつながるケースもある。地域で作品制作に取り組む職人の工房を訪ねて話をする、住民らと一緒に料理体験をするなどだ。この場合は簡単な意思疎通ができ、きちんとトラブル対応ができれば、地域の人たちの語学力はそこまで問われないという。

富山県にあるBed and craftの彫刻をテーマにした宿とデザインを担当した職人さんの工房1 富山県にあるBed and craftの彫刻をテーマにした宿とデザインを担当した職人さんの工房2

▲富山県にあるBed and craftの彫刻をテーマにした宿とデザインを担当した職人さんの工房(提供:野口貴裕氏)

つまり、地域の総合力が重要になってくるが、長期間にわたる疲れがたまったなどで、のんびりしたいと感じる場合は、施設にこもってしまうケースもある。「お客様のニーズは十人十色で、万人受けする場所や施設はありません。自分の地域の魅力は何か、そこに合うお客さんはどういうタイプかを見極め、対応していくのが大切です」

福井県あわら温泉「光風湯圃べにや」のラウンジ

▲ゆったりと過ごしたい人に提案するという福井県あわら温泉「光風湯圃べにや」のラウンジ(提供:野口貴裕氏)

野口氏によると、初めて日本に来たお客様だとしても、平均的な約2週間の旅行のうち、必ず訪れる東京と京都で各3泊ずつを除くと、半分の5~6泊は地方へ滞在するチャンスがあるという。全国各地でオーバーツーリズムが問題となる中、BOJを含めたDMCは、海外の富裕層に満足してもらえる宿泊施設や体験がある地域が増えることにも期待している。地方の宿泊施設にとって近道はないかもしれないが、自分たちの施設や地域の強みをしっかりと分析してコンテンツを作り、客のニーズに柔軟に対応できる力をつけることが、将来的な高付加価値旅行者の誘致につながりそうだ。

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