インバウンド特集レポート
「今日、何か面白いこと、できませんか?」
そんな一言に応じて、その場でツアーが始まる。事前に申し込みをしていなくても参加可能。ふと立ち寄った地下街のカウンターから、気がつけば地元の居酒屋で旅行者が常連客と乾杯している。それが、Osaka JOINERが描く“旅ナカ”の姿だ。
いま、旅行者の旅のスタイルは大きく変化している。計画を立てずに現地で過ごし方を決める“ノープラン型”が主流となりつつあり、「何をするか」は目的ではなく、その場の出会いや空気によって決まっていく。
こうした旅の変化に応えるように、単なる情報提供にとどまらず、出会いから体験までを一気通貫で設計するツアーサービスとして注目を集めるのが、Osaka JOINERだ。
ガイド未経験者を“旅行者と地域の『つなぎ役』”として育て、ローカルな個人店や地域の人々と協働しながら新しい観光体験を生み出すOsaka JOINERの現場を追い、その運営モデルを掘り下げていく。大阪で始まったこの仕組みには、観光案内所や商工会、駅前拠点などでも応用できるヒントがある。

直前申込が約7割のローカル体験。Osaka JOINERとは?
Osaka JOINERは、Osaka Metroグループが2024年3月に始めた、欧米豪を中心とした訪日旅行者へ「当日申し込めるローカルイマーシブ(生活没入感)」を謳うガイドツアーサービスである。最大の特徴は、事前予約がなくてもその場で参加できる即時対応型の仕組みと、旅行者の興味に応じて柔軟にカスタマイズされる“ローカルイマーシブ”な体験を両立している点にある。
拠点は、大阪・なんば駅の地下街にある専用カウンター。ここに常駐するのが“JOINER(ジョイナー)”と呼ばれるローカル案内人だ。ただ観光地をガイドするのではなくて「地域と旅行者をつなぐ存在」として位置づけられている。彼らは、拠点を訪れる外国人や、SNSなどを通じて寄せられる「今から参加できるアクティビティはない?」などの問い合わせに対応しながら、その場で行き先やプランを組み立てる。

▲難波駅の地下街にあるJOINERのカウンター、ツアーのスタート地点にもなっている
主力プランは、2時間のバーホッピング、3時間のフードツアー、4時間のハーフデイツアーの3種類。いずれも少人数制で、JOINERとの対話を通じてルートが柔軟に決まっていく。
参加者の多くはアメリカ・オーストラリア・イギリス・ドイツなど欧米豪からの旅行者で、そのうち約7〜8割が初訪日客である。なかにはノープランで大阪に到着し、JOINERとの街歩きや会話を通じて大阪の魅力を知り、その後の旅程を現地で組み立てるケースも少なくない。
予約チャネルは多岐にわたる。旅ナカに強いOTAをはじめ、自社サイトやInstagram、WhatsAppといったオンラインのほか、大阪市内の観光案内所やホテルからの紹介、さらには拠点を訪れる旅行者とのコミュニケーションなどオフラインに至るまで幅広い。実際、予約の7割以上が前日〜当日の“直前予約”であり、旅行者の「明日、何をしよう?」というニーズにも応える仕組みとなっている。
▲Osaka JOINERが運営するインスタグラムのアカウント
現在はBtoCが中心で、月間約500人の旅行者を受け入れている。さらにMICE開催時のオプショナルツアーや旅行エージェントの団体対応など、BtoB経由の展開も広がりを見せている。
なぜ始めたのか? 背景にあった“見落とされたニーズ”
Osaka JOINERの立ち上げは、Osaka Metroグループの一員として「大阪経済をどう盛り上げるか」を模索する中で、インバウンドへの着目から生まれた。大阪・関西万博やIRの開発、ラグジュアリーホテル増加など大阪の観光を取り巻く環境が変化する中で「旅行者がもっと大阪ローカルを楽しみ、お金を使いたくなる街にするには何が必要か」という問いが出発点だった。
新規事業立ち上げに伴うマーケティング調査の結果、大阪のインバウンド施策の多くが韓国や台湾など訪日旅行者数が多いアジア圏に偏り、欧米豪向けの取り組みが遅れているという実態が明らかになった。
欧米豪旅行者の多くは「何をするか」を旅先で決め、自由に旅するタイプの旅行者だが、そのニーズやウォントに即応できるツアーやパーソナライズできる仕組みは存在していなかった。
「欧米豪の旅行者が満足できる体験が圧倒的に足りない」「ガイド人材不足や訪日受入環境に関わる課題がある中で、属人だけでなく仕組みで解決することが必要」こう語るのは、Osaka JOINER事業を統括する株式会社大阪メトロアドエラ インバウンド事業部 部長の吉田瑛仁氏である。
加えて、地域の飲食店や事業者へのヒアリングからは、インバウンド受け入れへの不安や抵抗感も浮かび上がった。「外国語対応に自信がない」「常連客の空気を壊したくない」などの理由から、魅力あるローカル店舗ほど消極的であることも分かった。
つまり、大阪には体験を求める旅行者と、眠っている地域資源はあるのに、それらをつなぐ仕組みがなかった。Osaka JOINERは、欧米豪の個人旅行者をターゲットに据え、「直前申込・柔軟・ローカル」という3拍子揃ったインバウンド事業を立ち上げ、地域事業者を巻き込みながら、その空白地帯を埋めることを目指したのである。現在は訪日旅行者向けに『Osaka JOINER』を核とするローカルガイド・体験のサービスと、その知見・ナレッジを活かした自治体・事業者向けのインバウンドコンサルティングサービスの2つのサービスを展開している。
旅行者とともにつくる、即興で作り出されるツアー
Osaka JOINERのツアーには、あらかじめ決まったルートは存在しない。参考用のモデルプランはあるものの、実際の行程は旅行者の関心や当日の状況を踏まえて、その場で組み立てられる。
代表的なのが「ハーフデイツアー」。約4時間の街歩きだが、目的地は固定されていない。「大阪城に行きたい」「ローカルな酒場に入りたい」などの要望をもとに、天候や混雑状況、体力やその日の気分なども加味してオリジナルルートが即興的に構成される。
案内先は、大阪城や新世界といった定番観光地から、現金のみ、日本語メニューのみといったガイドブックに載っていないローカルな個人店まで幅広い。Osaka JOINERが事前に店舗と信頼関係を築き、受け入れ条件を確認しているからこそ、旅行者は安心して“地元の日常”に入り込める。
さらにツアー中のリクエストにも柔軟に対応する。「歩くのは短めにしたい」「クラフトビールを飲みたい」「地元の人が多いお店に行きたい」「お土産を一緒に買いたい」こうした声を即座に反映し、その場でしか味わえない体験をつくり出していく。

未経験ガイドを旅行者と地域を繋ぐ案内人へ、JOINERの育成と役割
Osaka JOINERのツアーの核を担うのは、“JOINER(ジョイナー)”と呼ばれる旅行者と地域を繋ぐ案内人だ。観光のプロや通訳案内士だけではなく、大学生や主婦、会社員、留学生など、多様なバックグラウンドを持つ人たち約40名ほどが在籍する。
採用基準について、吉田氏は「特別な経験や資格、高い語学力ではなく”相手のニーズを理解し、正しくコミュニケーションできる力”と”旅行者との一期一会に向き合い、楽しみ、楽しんでもらう姿勢”」という。コミュニケーション能力や人間性、マインドが重視されている。
体系的な育成の仕組みも確立されている。まずは座学で、JOINERのマインドセットを共有することから始まる。旅行者と地域をつなぐ存在として、ベクトルを地域と旅行者に向け、双方をつなぎ、盛り上げること。相手を楽しませ、自分自身も楽しむ姿勢を学んだのち、フード、バーホッピング、ハーフデイツアー編など、ツアーを運営するために必要な基本知識を学ぶ。その後、ロールプレイングや先輩JOINERのツアー同行を経て、早ければ2週間から1カ月ほどで現場デビューをする。

▲JOINERの研修もしっかりと丁寧に行われている
知識の詰め込みを目的とせず”旅行者を楽しませるためにはどうすればよいか”をベースとした、実践重視のトレーニングだ。頻出テーマの共有や、トレンド、雑談のヒント、さらにはコミュニケーションを盛り上げるためのユーモアまで旅行者満足度を獲得するための学びに比重を置き、動画なども活用しながら仕組み化した研修を行う。
育成後も継続的なブラッシュアップや各種フィードバック等を通じて、運営チームと継続的なやりとりが行われ、JOINERチームが学び続ける体制が築かれている。
あえて「人気ガイド」を作らない、属人化しない運営の仕組み
JOINERのガイドは一人ひとりの個性やホスピタリティが反映できる余地もあるものの、サービスのクオリティは常に一定に保たれている。その理由は、属人化を防ぎながら、現場の柔軟な運営を支える仕組み化にある。
まずは、地域一体となったコンテンツづくりだ。ガイドが一人だけで旅行者と向き合うのではなく、受け入れる地域の人たちもできる限り巻き込んでインバウンドの満足度に寄与するための仕掛けをつくる。いわばインバウンドとのローカルコミュニケーションの準備だ。そのうえで、JOINER専用の情報データベース等の仕組みを活用する。例えば、Googleマップと連動し、提携店舗や観光施設の営業時間、お店の雰囲気、店主の人柄や名物料理、混雑状況の目安、さらにはベジタリアン・グルテンフリー対応の有無まで、現場で即座に役立つ情報が集約されているものも。このようなツアー運営をバックアップする仕組みによって、JOINERはゲストの希望や状況に合わせた提案をリアルタイムで行える。

▲Osaka JOINERで使用されているオリジナルのデータベース
また、トラブル発生時にはJOINERがSNSで本部と即時連携できる体制が整っており、「現場で一人にしない」運営が徹底されている。
また、ツアー終了後には、詳細なレポートの提出も重要な業務の1つとなっている。ゲストの属性や興味関心、実際の行程、反応、盛り上がった会話の内容まで記録する。こうして得られた知見はチーム全体で共有され、新人育成にも反映される。「経験が個人にとどまらず、組織のノウハウとして蓄積されていく仕組みにしています」(吉田氏)
さらに、JOINERには等級制度が設けられており、実績やゲスト満足度、チームへの貢献度によって昇格・昇給も決まる。「知識や情報だけを伝えるガイド」ではなく「つなぐガイド」としての役割が明確にされている。
JOINERは、ローカルの魅力を旅行者に伝える存在でありながらも「誰が案内しても一定の価値が提供される」。そのための仕組みが、Osaka JOINERを持続可能な運営モデルへと支えている。
Osaka JOINERに学ぶ、持続可能な観光拠点運営のヒント
こうしたOsaka JOINERの取り組みには、観光案内所や地域拠点の運営に応用できる点が数多く含まれている。これまでの案内所は質問への回答や情報提供とどまるケースが多かったが、JOINERの事例は「情報」から「価値ある体験の提供」、さらには地域への経済効果を実現するモデルと言える。
まずは、旅行者の「旅ナカ意思決定」に即応する仕組みである。案内所でも、観光情報の提示にとどまらず、「このあとすぐに行ける体験」をプラン化し、手配を依頼する、ないしはスタッフ自らが案内できる体制を整えることで、滞在時間や消費の拡大に繋げられる。Osaka JOINERのようにデータベースを整備し、地域の店舗や体験事業者の最新情報を集約しておけば、スタッフは旅行者の希望に合わせて柔軟に案内できる。
もう1つは、地域の飲食店や商店が旅行者を受け入れることで新たな収益や交流を得たり、スタッフが案内役として関わることで「地域を紹介する誇り」を持てるようになる点である。観光が外からのお客様を迎えるものではなく、地域の日常に根ざした営みとして根付いていく。

▲バーホッピングやローカル店舗では店主や地元客とも交流できる
この視点は、持続可能な観光拠点づくりにおいても極めて重要である。案内所を「情報発信の場」から「出会いと体験を生み出す場」へと変えていくこと。その際に必要なのは、大規模な投資やプロモーションだけでなく、地域にある資源をどうつなぎ、誰がどうインバウンド旅行者と向き合い、何を提供するかという地に足をつけた工夫である。OsakaJOINERの仕組みは、その具体的なヒントを示しているのではないだろうか。
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