インバウンド特集レポート
地方銀行・信用機構などの地域金融機関の新たな挑戦として、観光分野への参入が広がっている。従来の融資やファンドによる支援にとどまらず、旅行業へ参入したり、地域の事業者とのネットワークをいかして支援を行ったり、金融の枠を超えた取り組みが各地で生まれている。背景には、地域経済の縮小や人口減少といった構造的課題があり、観光を地域振興の柱とする動きが強まっている。
その中でも先進的な事例として注目されるのが福井銀行だ。同行では、観光事業への投融資やまちづくりを積極的に推進するほか、全額出資の子会社、ふくいヒトモノデザイン株式会社を設立してインバウンド向けの商品造成や販売に取り組んでいる。さらに金融機関としての強みを生かし、地域や行政、事業者をつなぐ観光地域づくりの事務局役も担っている。
金融機関でありながら観光の現場に深く入り込み、商品開発から官民連携まで幅広く挑む福井銀行。その意思決定や背景にはどのような戦略があるのか。今回は、地域創生を担う同行の担当者と、事業を具体的に進めるふくいヒトモノデザイン株式会社のメンバーに話を聞いた。「金融×観光」という新たな挑戦のリアルを探る。
▲ふくいヒトモノデザインのツアーで、地域住民とのふれあいを楽しむ訪日客(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
観光は地域支援の延長、福井銀行の原点と理念
福井銀行は1899(明治32)年に設立。福井県内を中心とした支店網は、グループの福邦銀行を合わせると約100カ所に上る。「地域産業の育成・発展と地域に暮らす人々の豊かな生活の実現」を企業理念として、県内の事業者の経営を支援してきた。同行がグループ全体で進めている観光への取り組みもこの延長線上にある。
経営企画チームの石田孝典氏が「多くの職員が、会社の理念にあるように”地域を良くしたい”という思いで業務に取り組んでいる。地域の発展のために観光分野で事業者を支えていくことは自然な流れだった」と語るように、宿泊・飲食・交通など地域の観光事業者の成長を支えることが銀行の役割にもつながると考えたという。
▲豊かな地域の暮らしを支えるため、観光分野へ挑む福井銀行(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
北陸新幹線延伸が後押し、地域商社の設立と観光業への本格参入
北陸新幹線の福井への延伸が計画されていた2015年4月、行内に地域創生チームを発足し、官民連携による地域課題の解決を本格化させた。新幹線の停車予定地を中心にまちづくりへも積極的に取り組み、福井駅前の再開発事業では、行員をプロジェクトの事務局に派遣。関係者の合意形成に向け地権者らとの調整を行うなど、事業の旗振り役を担った。地域創生チームの井上宗城氏は「まちづくりを通じて官民連携の取組を積み重ねる中で、行政や事業者等との対話が深まり、地域とのネットワークが更に強まった」と話す。
その後、本格的に観光業に参入することになったのが2022年7月。同行が全額出資して設立したのが地域商社、ふくいヒトモノデザイン株式会社だ。2024年3月の北陸新幹線の金沢―敦賀間の延伸開業を見据え、同行がこれまで培ってきた地域のネットワークを活用して、県内の地域資源の魅力や価値を高める観光・物販事業に取り組み、地域経済の活性化を目指すこととした。代表取締役社長の小畑善敬氏をはじめ10名ほどの従業員らは主にグループからの派遣者で構成。物販事業には福井市からの派遣を1人受け入れている。
▲ふくいヒトモノデザインが企画するツアーで、地元職人との対話や技に触れる訪日客(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
加えて、2021年以降、銀行法の改正によって銀行の業務範囲が拡大されたことも追い風となった。2022年4月にスタートした同行の中期経営計画では、グループシナジーを最大化するため、グループとして新分野への事業展開にチャレンジすることを掲げている。これらのタイミングが重なったことも、観光業への参入を後押しした。
“通過地”を“滞在地”へ 欧米富裕層向けに立ち上げたDMC事業
同社は設立以降、ポテンシャルが高い欧米の富裕層をターゲットとし、インバウンド向けの観光商品やツアーの造成を進めてきた。観光庁発表の2024年の宿泊旅行統計調査によると、福井県内の外国人延べ宿泊者数は9万2190人。前年より42%増加したが、都道府県別では46番目だ。訪日客に人気の京都と石川県金沢の間に位置するが、通過されたり、滞在時間が短かったりすることが課題となっている。
そんな中で開発したのが、旅行商品「縁(えにし)の旅」だ。禅の道場として有名な曹洞宗大本山永平寺(永平寺町)での座禅体験や開祖・道元禅師ゆかりの吉峰寺での僧侶との対話や食事、地域住民らとの農業体験などをオーダーメイドで提案する。観光庁主催の「第2回サステナブルな旅アワード」では、地域グループの地域商社で初めて特別賞を受賞した。
永平寺は県内屈指の観光資源で、外国人観光客にも人気だが、滞在時間が短く、地域の周遊や経済効果につながりづらいことが課題だった。単に寺に参拝するだけでなく、より深く禅の精神性やそれを取り巻く地域の文化に触れてもらおうと商品を開発。地域住民らとの交渉を重ねて、野菜の種まきや収穫といった季節ごとの農業体験や、地域の繊維会社で廃棄される布や糸を活用した座禅クッション作り体験などさまざまなオプションを用意した。
▲「縁の旅」、座禅クッション作り体験の様子(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
価格は1グループ10万円程度からで、旅行者のニーズに応じたオーダーメイドで対応。国内のDMCや海外のエージェントなどBtoBを中心に提案している。2025年春に初めてツアーを実施して以降、徐々に問い合わせが入り始めている状況だ。
「縁の旅」を企画した同社の観光事業部部長加藤太一氏によると、インバウンドでは夫婦や子ども連れの参加が多いという。「参加者の感想からは、学びの気持ちや自己変革を求めている方は、僧侶との対話の時間を貴重に感じています。いろいろな質問をして、禅の教えになぞらえた答えが返ってくることで満足度が高まるようです。また、農業体験などで地域の方と触れ合うことで、『コミュニティの一員になれた気がする』と喜ぶ方もいました」と手ごたえを語る。
▲「縁の旅」では、禅の体験に加え、地域の自然を満喫できるプログラムも用意されている(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
金融機関だからできる観光の“ハブ”行政・民間をつなぐ調整役に
福井銀行は、長年培ってきた地域のネットワークを生かし、行政と民間をつなぐ“ハブ”として観光分野でも機能している。福井県内や北陸3県の事業者との広域連携を推進し、域内の観光振興を後押ししている。
その一例が観光DXの取り組みだ。2022年度に県観光連盟などと「福井県観光DX推進コンソーシアム」を立ち上げ(現名称は「福井県観光DXコンソーシアム」)、ふくいヒトモノデザインが事務局を担っている。県観光データ分析システム「FTAS(エフタス)」上で観光地の人流や宿泊状況データを可視化し公開。事業者がサービス改善や商品開発に活用できる仕組みを整えている。
また北國銀行(本店・金沢市)、北陸銀行(同・富山市)など北陸3県の地銀グループ6社で北陸観光コンソーシアムを発足し、広域連携を強化した。さらに、観光庁の「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりモデル観光地」事業では、2025年度の北陸エリア事務局業務を担い、関係者間の調整や事業推進・進捗管理などを行っている。
▲金融機関ならではのネットワークを生かし、地域住民との交流を盛り込んだ体験プランを実現(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
ふくいヒトモノデザイン株式会社の小畑氏は「行政だけ、あるいは、民間だけでは難しいこともある。銀行という立場だからこそ、地域間の課題に入り込み解決の糸口をつくれる」と語る。実際に、福井県内の17市町がそれぞれ観光客を呼び込もうとする中で、自治体間の連携が進まない場面も少なくない。そうしたときに福井銀行が仲立ちし、広域周遊プランを提案したり、関係者の打ち合わせを設けたりしてきた。
同社観光事業部長の加藤氏は「行政と民間の思いがバラバラでは前に進みません。私たちは橋渡し役として、立場の異なる関係者の目線を合わせ、物事を前に進めることが期待されていると考えています」と強調する。さらに、「観光の専門家ではないからこそ、先入観のないフラットな目線で市場を見極め、必要なことに真っすぐアプローチできるのも強み。状況に応じて、知見やノウハウを持つ企業との個別での連携を行うことで事業全体の推進を行ってきた」と語った。
観光で地域を未来へつなぐ「チーム福井」が描く10年後のビジョン
福井銀行グループとして、「観光×金融」の将来像をどのように描いているのか。ふくいヒトモノデザイン株式会社代表取締役社長の小畑氏は「自治体や事業者を横断する『チーム福井』として、観光機運を盛り上げていきたい」と意気込む。また、「ライバルを作ったり、競争したりではない。福井県内の事業者も自治体も、皆さん大切なお客様。旅館やホテル、飲食店、交通事業者など、多くの事業者の発展と、事業承継につなげるためにも、観光で地域全体を盛り上げていくということが、グループの総意」と続ける。
一方で、観光業への参入には収益面の課題も大きい。小畑氏は「適正な収益を得るには、地道な活動が不可欠で、奇策はない。10年後の観光を取り巻く環境はどうなるかわからないが、課題に真摯に向き合い、対応し続ける」と話す。
福井銀行グループには現在、観光業への参入を検討する全国の地域金融機関から問い合わせが寄せられており、視察に来るケースも多い。人口減少や高齢化など地方が抱える課題はどこも同じであるなか、全国の地域金融機関で連携して解決するという壮大な目標を持っているという。「地銀グループとしての観光を通じた活性化のモデルケースになれたらいいと考えています」と小畑氏。
福井銀行グループの挑戦は、金融機関が観光に参入する意義を端的に映し出している。地域の幸せを軸に、長年培ってきたネットワークで行政と民間をつなぎ、観光に新しく挑む立場だからこそ、先入観にとらわれず、市場の声に真っすぐ向き合うことができる。その姿勢は、他の金融機関や事業者にとって、観光と金融を結びつけながら地域の未来を描くヒントになるだろう。
▲今回お話を伺った、ふくいヒトモノデザイン代表取締役社長の小畑善敬氏と観光事業部部長 加藤太一氏(提供:ふくいヒトモノデザイン株式会社)
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