インバウンド特集レポート
「復興」とは、もとの姿に戻すことではない。
2024年元日の地震と9月の豪雨で甚大な被害を受けた石川県輪島市門前町は、700年以上の歴史を持つ大本山總持寺祖院の門前町として栄えてきたが、かねてから「観光の通過点」にとどまってきた。
そんな町でいま、住民・寺・事業者が手を組み合い、“通過型”から“滞在型”の観光地へと転換するべく、新たな挑戦に取り組んでいる。
商店街の再建、宿泊・飲食店の新たな取り組み、そして住民と訪問者をつなぐ仕掛け。被災を乗り越え、「暮らしが息づく町」として再生を目指す門前町の今を追う。

通過点としての門前町に、震災が再び突きつけた現実
曹洞宗大本山總持寺祖院の門前町として発展してきた石川県輪島市門前町。参道沿いには商店が軒を連ねるほか、沿岸部には北前船の寄港地として栄え、重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている黒島地区など、風土や文化の異なる小さな地区が点在している。
しかし観光の面では、長らく大本山總持寺祖院参拝を目的に立ち寄り、短時間で通り過ぎていく「通過型」の来訪が中心で、町全体で滞在を受け止める仕組みは十分に育ってこなかった。そうした脆さを抱えた状態で、地域を襲ったのが2024年元旦の能登地震だった。
門前町の中心地である總持寺通り商店街は、元旦の地震の影響で34店舗中20以上が半壊・全壊。59歳以下の店主は10店舗のみで、多くが再建を断念せざるを得ない厳しい状況にあるという。
▲商店街に加盟する陶器店や菓子店、飲食店など11店舗が仮設店舗で営業している
通過型観光からの脱却へ、ばらばらだった町をつなぐ枠組み
震災を経て徐々に門前町で共有されるようになったのは、復興とは単に観光客を増やすことではない、という認識だった。人口4000人ほどのこの町で、住民が幸せに暮らし続けられる環境を守りながら、暮らしの中に観光客との接点を設けていく必要がある。
その受け皿として、震災後に新たに動き出したのが「門前町観光復興プラットフォーム会議」だ。バラバラに活動していた町の人たちを一つにまとめようと、まちづくりや観光に関わるキーパーソンを中心に、外部のコンサルタントや専門家を含む約20人が参加し、2〜3カ月に1回、対話を重ねてきた。
会議では、先進的なまちづくりで知られる徳島県神山町や長野県小布施町、富山県富山市岩瀬地区などへの視察の報告や、モニターツアーの実施、ファンクラブの構築など、門前町の未来を見据えた話し合いが行われている。
中核メンバーの一人で、町を大きく転換させようと取り組む門前町観光協会会長の下口十吾氏は、会議の意義についてこう語る。
「門前町はこれまで“通過型”の観光地でした。今後は、黒島地区や七浦(しつら)地区など、離れていたプレイヤーと連携し資源をつなぎ合わせることで、新たな価値を生み出したいと思っています」
▲門前町観光復興プラットフォーム会議の様子。中央右側が下口十吾氏
こうした地区の垣根を超えた連携は、単なる観光振興にとどまらず、地域全体の絆を取り戻し、強化する。バラバラだった「点」が「線」となり、「面」となる土台作りが進められている。
「寺だけが直っても意味がない」大本山總持寺祖院が担う、地域再生の役割
門前町における滞在型観光を支えるのが、この地域の精神的支柱でもある大本山總持寺祖院だ。鎌倉時代から700年の歴史を持つこの寺院もまた、甚大な被害を受けた。境内の石灯籠は今も倒れたままで、倒壊を免れた建物にもひびや歪みが残る。
副監院の髙島弘成師は、震災直後の心境を「絶望」という言葉で表現する。
「2007年の地震から14年かけ、40億円を投じて復興したのにこの有様です。これが夢であってほしいと何度も思いました」
▲大本山總持寺祖院副監院の髙島弘成師
しかし、2024年12月に16棟の建物が国の重要文化財に指定されたことで、国の支援による修復の道筋が見えてきた。師完全な修復には12~15年ほどが見込まれているが、髙島副監院はこの復興期間を観光資源として捉え、今しか見られない姿を見せることに価値を見出そうとしている。
観光資源化に向けた具体的な試みの一つが、現在進められているコンテンツ開発だ。厳格な修行の場にとどまらず、現代人の心のケアに寄り添う開かれた寺院を目指し、20〜30代の女性をメインターゲットに、坐禅体験や精進料理、宿坊を活用したプログラム開発を進めている。

▲坐禅体験の様子、時期や人数によって場所を変えて行う
これまでも坐禅体験等は行っていたが、石川県観光連盟の支援事業を活用しながら2026年9月までにより付加価値の高い体験として形にしていく。
たとえば、禅宗の正式な食事作法「行鉢(ぎょうはつ)」の体験では、料理の一部を寺の監修の元 、町の飲食店と協力して作るなど、地域との連携を深めているという。
すでに、震災前から地元企業による企業研修、新入社員研修も行われており、今後は企業や団体の受け入れ強化や、インバウンド向けの体制づくりも見据える。
「お寺だけが修復されればいいのではない。門前町全体が良くならなければ意味がない」と、髙島副監院は言い切る。お寺が地域と観光のハブとして、新たな役割を担い始めている。
滞在を町へとひらく ―禅の里交流館がつくる導線
大本山總持寺祖院から徒歩数分の場所にある「禅の里交流館」は、観光案内にとどまらず、門前町全体の滞在型観光を支えるハブとしての機能強化に取り組んでいる。
管理部長を務めるのは、総持寺通り協同組合のコミュニティマネージャーでもある宮下杏里氏。震災後、地域と訪問者をつなぐ新たな接点づくりに力を注いできた。
「門前町を訪れる方々に、ただ大本山總持寺祖院を見て終わりにしてほしくないんです。この地域にある多様な文化や人々の営みに触れてもらうことで、もう一歩深く知ってもらいたい」
交流館では、總持寺や門前町の歴史を伝える展示のほか、ガイド付きの町歩きツアーを始めた。ツアーは、1時間半~2時間ほど。宮下氏や地元ガイドが地域の歴史を案内し、總持寺を訪れた後、商店街での買い物へ同行する。仮設店舗が中心の商店街は観光客が気軽に入りにくいため、参加者のニーズもヒアリングしながら、お土産購入につなげ、地域経済の循環を促す狙いがある。
▲「禅の里交流館」の展示を解説する宮下氏
なかでも今、宮下氏が全力で取り組んでいるのが2026年春のオープンを見据えるランドリーとカフェを併設させた「ランドリーカフェ・くるくる」の整備だ。
「仮設住宅では洗濯物を干す場所がないという声が上がり、コインランドリーに、住民や観光客など多様な方が交流できる場としてカフェを併設することにしました」
名前の「くるくる」には、多様な人が訪れ、交流が循環するイメージと、洗濯機が回る様子が重ねられている。
▲ランドリーカフェのイメージ図
「観光客と住民が“ごちゃまぜ”に交わる場所をつくることで、商店街の新しい活気につながると信じています」と宮下氏は語る。
ランドリーカフェには、地元農家の野菜や、能登の特産品などを扱うアンテナショップ的な機能を持たせることも検討されており、地域資源の発信拠点としての役割も期待されている。
食で人を支え、泊まる場をつくる、料理人が選んだ門前町での挑戦
滞在型観光を現実のものにするうえで欠かせないのが、「食べる場所」と「泊まる場所」だ。どれほど魅力的なコンテンツがあっても、それを受け止める拠点がなければ、人は町にとどまれない。その両方を一手に引き受けようとしているのが、門前町で食事処「縁(えにし)」を営む安田俊英・真奈美夫妻である。
能登地震で自身も被災する中、炊き出しボランティアを経て、2024年9月に仮設店舗での営業を再開。地元の魚や名産の輪島ふぐを使った定食が復興関係者やボランティアの胃袋を支えている。

▲輪島ふぐを使った「ふぐ炙り漬け丼」(左)と、和洋折衷の料理が楽しめる予約制の夜のコースの一例(右)
「人が来てくれるだけでワクワクするんです。復興途中のこの風土や景色を見てほしい。それだけでも少しずつ前に進めていると感じられるから励みになります」
そう話す安田氏の想いは、今、宿泊施設の新設に広がっている。2026年春には、1階が飲食スペース、2階に3室の宿泊スペースを持つ新店舗をオープン予定だ。復興工事の影響で建設費の高騰が続いているが、安田氏の目に迷いはない。
▲食事処「縁(えにし)」の安田真奈美氏(左)、安田俊英氏
これまでこの周辺には宿泊施設がほとんどなく、観光客が滞在するのは難しかった。しかし今、安田夫妻の宿のほか、大生(おはい)地区の「まんだら村」に2軒、七浦地区に1軒と、新たな宿泊拠点が計画されており、通過型だった門前町に、「泊まる」という選択肢が、少しずつ加わり始めている。
“何もない”が価値に、黒島地区が示す、もう一つの滞在のかたち
總持寺通り商店街から車で5分、海沿いにある黒島地区は、かつて北前船の船主や船員たちが暮らした集落で、今も黒瓦の屋根が美しい木造建築が並ぶ重要伝統的建造物群保存地区だ。
この地のありのままの魅力に惹かれて移住した黒澤卓央氏は、伝統建築を活かした宿泊施設「船員住宅」「ハナカイジチ」、そしてレセプションを兼ねたカフェ「かぞく會館」を運営している。
▲木造建築に黒瓦の屋根が特徴的な黒島地区(左)、日本海が目の前に広がる船員住宅のロフト(右)
「ここには日本の原風景、静けさが残っている。震災で家屋が被災し、海岸も隆起しましたが、海に沈む夕日の美しさや土地に流れる空気感は変わっていません」
震災後、黒島地区の人口は約280人から半減し、多くが避難生活を続ける中でも、有志の住民とともに「黒島みらい会議」を立ち上げ、住民の帰還支援や寺社の修復、「黒島未来新聞」の発行を通じて、人と土地のつながりを守っている。
▲離れて暮らす人々とのつながりを保つため、地域のニュースや帰還者の声を載せている「黒島未来新聞」
運営する宿には、国内旅行者のみならず、欧米豪など外国人の利用も多い。1~2カ月など日本長期滞在のなかで、「静かに過ごしたい」「旅の終わりに余白がほしい」といったニーズから選ばれているという。平均3泊程度だが、1〜2カ月滞在する人もいる。
「震災後も、海外の方はあまり気にせず来てくれる。東京や京都を巡ったあと、ここで“暮らすような滞在”をして、深く癒されて帰っていくんです」
黒澤氏が目指すのは、自然と共にある暮らしが続き、その豊かさに共感する人々が、必要な分だけ訪れる場所だ。「何もない」ことを価値として捉え直す黒島のあり方は、通過型観光とは異なる滞在の可能性を示している。
「能登でなければ意味がない」、料理で風土を伝えるレストラン
滞在の質を決定づけるのは、その土地でしか味わえない食体験だ。
黒島から海岸沿いを1.5kmほど北上した鹿磯(かいそ)地区に、レストラン「海辺の杣径(そまみち)」がある。かつて別の地で営業していたオーベルジュ「茶寮 杣径」が震災で被災し2024年秋にこの地で営業を再開した。
▲伝統的な木造建築の「海辺の杣径(そまみち)」
料理長の北崎裕氏の料理に華美な装飾はない。シンプルな輪島塗の器の上に、地元の素材を使って、目の前にある自然を研ぎ澄まされた感性で皿の上に表現する。
▲京都の懐石料理店で修行後、金沢で独立。その後、新潟でオーベルジュの総料理長を経て、杣径の料理人となった北崎裕氏(左)、旬の素材の滋味深い味わいが楽しめるランチの一品(右)
食材を丁寧に引き出す料理は日本人のみならず、海外からの旅行者も魅了する。
「海外の方は、黒島の黒澤さんの宿で静かに過ごしたい方、あまり予定を決めずに泊まるような方が紹介で来てくださいます。東京や京都で洗練された日本料理を食べてきた方が、『こういう料理は初めてだ』と驚かれる」
震災後、金沢などで営業する選択肢もあったが、「能登を表現するためには、能登にいなければ意味がない」と北崎氏は語る。2026年秋頃、海辺の杣径の向かいの建物で宿泊施設を再開させる予定だ。
「暮らすように泊まり、食べることで土地を知る」、能登での滞在に、深みを加える拠点となりつつある。
能登の課題は、日本の課題 ―復興の先にある地域の未来
こうした一つ一つの取り組みは、門前町だけの話ではない。
「高齢化率65%のこの町で起きたことは、いずれ日本中の地方で起きることです」
門前町の復興を外部から支援する計画情報研究所代表取締役社長の安江雪菜氏は、能登の現状を日本の未来の縮図と捉える。
震災は、人口減少、担い手不足、通過型観光といった、既に進行していた課題をあぶりだした。
「効率や収益性で判断すれば、地方を切り捨てるという選択も出てくるかもしれない。でも、本当にそれでいいのでしょうか」
世界農業遺産に認定された「能登の里山里海」は、自然と共に生きる暮らしの知恵、懐かしい日本の原風景、伝統に根差した農村文化が今も息づいており、それを未来にどう継承していくかが問われている。守るべきものは、景観や建物だけではない。そこに暮らし、言葉を交わし、営みを続けてきた“人そのもの”である。
門前町の人々の言葉から伝わってくるのは、支援される側としてとどまりたいのではなく、「共に未来をつくる仲間」として関わってほしいという切実な願いだ。
▲大本山總持寺祖院では石灯籠が倒れたままになっているところもある
復興とはもとの姿に戻すことではない。地域が直面する課題に向き合いながら、持続可能な未来をともに描いていく営みである。
門前町では、震災によって明らかになった脆弱性に目を背けず、行政、寺院、商店、住民、そして外部の支援者など多様な担い手が連携し、通過型から滞在型観光へと地域の再生を図っている。
地方が直面している課題を遠くの話とせず、自分ごととしてどう関わるか。門前町の取り組みは、その問いに一つの道筋を示している。
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禅の里交流館では「総持寺と門前700年の歴史から間歩く、これからの復興」をテーマに、約1時間のツアーを開催しています。詳細は、以下までお問合せください。 輪島市 櫛比の庄 禅の里交流館 TEL:0768-42-3550 |
Sponsored by 門前町観光協会
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