インバウンド特集レポート

小布施町が挑む歴史文化を活かした滞在型観光 分散型宿と体験で生む新たな地域価値

2026.02.06

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長野県小布施町では、古民家を活用した分散型ホテルづくりを核に、従来の「通過型」から「滞在型」観光への転換を図っている。2024年度に観光庁の「歴史的資源を活用した観光まちづくり事業(以下「歴まち事業」)」に採択され、2025年度からは「六斎市等の文化を継承する小布施分散型ホテル事業」として本格始動した。

宿泊施設の整備にとどまらず、地域の文化や暮らしに触れる体験コンテンツの開発、それらを支える人材育成まで多角的な取組が進む中、現場ではどのようなビジョンを描いているのか。

今回は、事業を担う株式会社0十(まるっと)の代表取締役小林秀樹氏と同社で歴まち事業を担当する井口奏子氏に取組の背景と今後の展望について話を伺った。

「北斎館」から「高井鴻山記念館」へ続く「栗の小径」▲「北斎館」から「高井鴻山記念館」へ続く「栗の小径」

 

新会社 0十(まるっと)が担う街づくりの中核

栗菓子や北斎館を目当てとした日帰り観光が主流の小布施町は、宿泊施設の不足から通過型観光が長年の課題となっていた。街本来の魅力を伝える滞在型観光への転換に向け、宿泊環境の整備が進められている。事業の推進にあたっては、国の支援を段階的に活用している。2024年度は、物件調査や事業計画の策定などを実施する「事業化支援(調査事業)」の区分で採択された。2025年度は、同事業内の体験コンテンツ造成等を実施する「モデル創出(調査事業)」で採択されたほか、建造物の改修などを支援する「補助事業」でも採択された。ソフト・ハード両面で事業を推進し、分散型ホテル事業を本格化させている。

「モデル創出」の実施主体として、2025年3月に新たに設立されたのが株式会社0十だ。2024年度の事業を担った株式会社ア・ラ・小布施では意思決定に時間がかかる場面も多く、よりフットワークの軽い体制を整えるため、新会社を立ち上げた。

代表取締役の小林秀樹氏は、長野県小布施町出身の元畳職人で、30年にわたり地域の活性化に尽力しており、街づくりに関するイベントの企画やスケートボードパークの運営、農業体験の場づくりなど、多岐にわたる活動経験を持つ。実務を担うのは、関西出身で小布施町と東京の二拠点で活動する井口奏子氏。2024年度から継続してプロジェクトを推進している。

社名の「まるっと」には「多分野をまるごと巻き込む」という意味が込められており、観光や農業、スポーツなど異なる分野の専門家が集うチーム体制で地域の魅力を立体的に掘り起こしていくことを目的としている。

一方、「補助事業」においては「小布施分散型ホテル推進協議会」が実施主体となる。同協議会は、分散型ホテルの構築に向けて、複数の空き家を宿泊施設や飲食施設に改修し、ハード面でも整備を進めている。

0十メンバー。左から2番目が小布施のキーマン小林氏▲0十メンバー。左から2番目が小布施のキーマン小林氏

 

「六斎市(ろくさいいち)」の精神を現代に継承する分散型ホテルづくり

小布施町には、個人の庭を公開するというユニークな取組がある。この小布施町独自の取組は、1980年代末の「ふるさと創生事業」における異例の選択から始まった。多くの自治体が補助金の使い道として公共施設の建設(ハコモノ投資)を選ぶなか、小布施町は徹底して「人」への投資を選択。8年間で延べ120人以上の町民をヨーロッパ研修へと派遣した。

帰国後の町民による意見交換から生まれたのが、個人の庭を公開する「おぶせオープンガーデン」だ。2000年から始まったこの取組は、現在100軒以上に拡大。私的な空間を分かち合い、来訪者を受け入れるという小布施ならではの取組は、こうした町民主導の歩みによって育まれてきた。

今回の歴まち事業では、こうした「開かれた町」の精神を土台に、古民家を活用した分散型ホテルの整備を推進する。それは、1640年代から北信地域最大規模のマーケットとして発展し、人と文化が交差する場であった「六斎市」の活気を、現代の宿泊事業として再構築する試みでもある。

小林氏は「現在の小布施は典型的な“通過型”観光地。通常の旅行では、夕食前の時間はチェックインなどで慌ただしいが、本来は家族や友人などの大切な人と夕日を見たり、お茶を飲んだり、ゆったり過ごせる質の高い『クオリティタイム』になり得る。この時間帯を、小布施町で楽しんでもらうための街づくりが今の課題」と語る。

2024年度には空き家調査を実施し、12軒の候補から3軒が選ばれ、改修が進められている。うち1軒は、0十が所有する空き店舗を改修し、客室15室を備える町内最大規模の宿泊施設「あづまや」として2026年度の開業を目指して改修を進めている。また、老舗和菓子店・小布施堂は甘味喫茶付きの宿泊施設等に、それぞれ再生が進められている。

開業を目指す古民家宿泊施設「あづまや」▲開業を目指す古民家宿泊施設「あづまや」

 

体験重視層へ響く「ありのまま」の価値

宿泊施設の整備と並行して注力しているのが、滞在の質を高めるソフト面の開発だ。観光素材の磨き上げや戦略的な発信方法を探るため、2025年12月、インバウンド誘致の専門家ら4名の有識者を招いた1泊2日のモニターツアーが実施された。
「自分たちだけでは地域の打ち出し方がわからず、インバウンド誘致についても、どの国、地域にどんなアプローチをすべきか明確なイメージがなかったので、多様な角度からアドバイスをもらうよい機会となった」(井口氏)

モニターツアーを経て得られた収穫は、予想以上に大きかった。「専門家の方からは季節もの・消えものへの目的型観光を行う層をターゲットにするべきではない」という意外な指摘を受けた。特定の目当てに固執する層よりも、地域の日常に好奇心を持ち、自ら問いを投げかけるような『体験重視層』にこそフォーカスすべきだという助言は、まさに目から鱗だった」(井口氏)

こうした傾向は、特に欧米市場の旅行者に顕著だという。実際にツアーで行ったアップルパイや味噌ラーメンづくり、乳搾り、菜園で摘んだ野菜をその場で味わうといった地域の飾り気のない「ありのままの体験」が、旅行者にはかえって新鮮な価値として映るということに気づかされたという。

小林氏も、このモニターツアーを通じてマインドセットが大きく変化したと語る。「小布施らしさを守るために、無理にインバウンド対応をすればよいわけではないと気づけた。この土地の文化に関心を持つ層は、こちらが過剰に演出しなくても本質的な価値を見抜いてくれる。言葉の壁を過度に恐れるより、この土地のありのままを提供すること。そこにこそ真の価値があると確信できたことは、大きな前進だった」

アップルパイづくり体験の様子▲アップルパイづくり体験の様子

 

滞在をトータルでコーディネートするシェルパの育成

宿泊体験の質を左右するのは、建物や体験コンテンツだけではない。小布施町が歴まち事業の柱の一つに掲げるのが、シェルパと呼ばれる地域案内人の育成だ。

この概念は、沖縄県北部の宿泊施設「やんばるホテル南溟森室」がヒマラヤ登山の案内人をヒントに導入したものだ。「集落の暮らしと文化に溶け込む滞在をサポートし、お客さまが旅の目的に辿り着く手助けをする」というその精神に、井口氏は小布施が目指す理想の形を見出した。小林氏も「滞在客と地域を深く繋ぎ、旅をトータルでコーディネートする、小布施ならではのコンシェルジュと捉えています」と説明する。

シェルパ構想実現に向けた取組は2024年度から本格始動している。これまでの活動では、町の歴史に精通した専門家から「まち歩き」のノウハウを学ぶ機会を設けたり、2025年度のモニターツアーを通じて地域事業者と連携して体験コンテンツを実施するための協力体制も構築されつつある。今後はこれらの経験やネットワークを、シェルパ候補の人材へと受け継いで活動を体系的に整えていく。
「農家なら自らの農園を案内するなど、個々の得意分野を活かしつつ、来訪者の好奇心に寄り添う案内できれば小布施町らしい体験が提供できるのではないか。今後は、そのような担い手をどう育成し、クオリティを担保していくかが課題だ」(小林氏)

 

「ありのまま」を世界へ。小布施の挑戦が変える日本の旅

2026年度に予定されている「分散型ホテル」の全面開業を見据え、プロジェクトは今、仕上げのフェーズへと向かっている。

小布施の魅力は、美しい街並みや体験コンテンツといった目に見えるものだけではない。それらを支えてきた町民のオープンな気質や、来客をもてなす精神性といった目に見えない人々の心遣いが、小布施特有の風情を作っている。

小林氏と井口氏は、この一言では語り尽くせない文化の奥行きこそが来訪者を惹きつける本質であると捉えている。外から訪れる人々が直感的に感じ取る小布施「らしさ」を、いかに具体的な体験として表現し、磨きをかけていくか。両氏は、この歴史文化の奥行きを具現化することを活動の核に据えている。

分散型ホテルの整備というハードと、地域の日常を伝えるソフトが一体となったこの挑戦は、地域の歴史文化を「ありのままの体験」として差し出し、それを「人」が支えるという小布施らしい形を整えつつある。長年の課題であった「通過型観光」からの脱却を目指す道のりは、宿泊施設の誕生や体験の場づくりを通じて、一歩ずつ着実な歩みを進めている。

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