インバウンド特集レポート

タビナカ体験は「価値の中心」で変わる ー5つの型で読み解く「選ばれる体験」のつくり方

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訪日観光において、「体験(タビナカアクティビティ)」の重要性は高まり続けている。各地で体験コンテンツの造成が進み、地域の観光戦略においても欠かせない要素となった。

しかしその一方で、「体験」とは何か、どのような種類があり、どのような価値で成り立っているのかといった基本的な整理は、必ずしも十分に共有されているとは言い難い。結果として、「何をやるか」は決まっていても、「その体験の価値は何か」を十分に言語化できないまま設計されているケースも見られる。

本記事では、こうした状況を踏まえ、体験を「何が価値の中心になっているのか」という観点から整理する。地域の観光事業者が提供する体験アクティビティを対象に、5つの型として分類し、自社体験の特徴や改善の方向性を捉える視点を提示する。

 

なぜ今、体験が”選ばれる理由”になっているのか

なぜ今、これほどまでに体験の重要性が高まっているのか。その背景には、旅行者の価値観の変化がある。

従来のように観光地を巡るだけでなく、「その場所で何を経験したか」「どのような時間を過ごしたか」を重視する傾向が強まっている。欧米ではこうした旅のスタイルは「トランスフォーマティブ・トラベル」とも呼ばれ、自己の変化や没入感を伴う体験が評価されている。

こうした流れの中で、同じ地域であっても「どのような体験を提供しているか」によって、旅行者からの評価や選ばれ方に差が生まれやすくなっている。体験の質そのものが、旅行全体の満足度を左右する時代に入っていると言える。

一連の変化は、日本市場にもはっきりと表れている。観光庁の「インバウンド消費動向調査」によれば、2023年以降、訪日外国人の旅行消費額はコロナ前(2019年)を上回る水準で回復している。

注目すべきは、その内訳である。かつての「爆買い」に象徴されるモノ消費に対し、アクティビティや文化体験を含む「娯楽等サービス費」の比率が伸びており、旅行者の関心が「何を買うか」から「その土地で何を体験するか」へと移っていることが読み取れる。

つまり、体験は“あればよい付加価値”ではなく、旅行先を選ぶ理由そのものになりつつあるということだ。どのような体験を提供しているかが、地域や事業者の選ばれ方を左右する要素となっている。

 

体験価値が伝わらないという課題

こうした変化は、地域の文化や資源を「体験」として提供する側にとって、大きな機会である。一方で、その機会を十分に活かしきれていないケースも見られる。

その要因の1つとして考えられるのが、「何を提供するか」に対して「どこに価値があるのか」という設計の視点が十分に整理されていない点である。内容は決まっていても、その価値が曖昧なままでは、違いが伝わらず、結果として選ばれにくい状態に陥りやすい。

重要なのは、今目の前にある体験がどのような価値を提供しているのかを捉え直し、それを適切に設計し、提示することである。単に「料理体験」や「ガイドツアー」を提供するだけでは、多様化する旅行者の期待に応え続けることは難しい。体験の構造を見直し、「自分たちが提供している価値の中心はどこにあるのか」を定義することが求められている。

 

「体験」という言葉を見直す

観光の現場では、「体験」という言葉は非常に幅広く使われている。大規模なテーマパークや展望施設のようなコンテンツから、地域の事業者が提供する小規模な料理教室やガイドツアーまで、さまざまなものが「体験」として扱われている。

しかし、これらを同じものとして捉えてしまうと、「自分たちはどこに力を入れるべきか」という判断が曖昧になりやすい。

本記事で焦点を当てるのは、こうした大規模な「施設型」コンテンツではなく、地域にある既存の資源(ヒト・モノ・バショ)を活かした体験アクティビティである。特別な投資を伴わなくても、中小規模の観光事業者が、知恵や工夫を絞ることで価値を高めることができる領域だ。

重要なのは、新たな要素を付け加えることではなく、「自分たちが持っているものの、どこに価値があるのか」を捉え直すことである。そのうえで、その価値をどのように組み立て、伝えるかという設計が問われる。

では、体験はどのような構造で成り立っているのか。次章では、「価値の中心」という観点から、体験アクティビティを5つの型に整理していく。

 

価値の中心で捉える、体験の5つの型

体験アクティビティを設計する際、最も大切なのは「お客さんは何に対してお金を払っているのか」、つまり「価値の中心」を明確にすることである。

そこで体験を「どこに価値を置いているか」という観点で整理すると、大きく5つの型に分けることができる。

タビナカ体験の5つの型(価値の中心)

1)空間型:その場に「いること」自体に価値がある
2)技能型:プロの「技を見る」ことに価値がある
3)参加型:「自分でやること」に価値がある
4)解釈型:「意味を理解すること」に価値がある
5)交流型:「人との関わり」に価値がある

タビナカ体験のマトリクス(価値の構造)

体験は、「どれだけ自分が関与するか(受動↔能動)」と、「価値の対象が何か(空間・モノ↔人)」という2軸で整理することができる。このマトリクス上に自社の体験を当てはめてみると、 ・参加型に偏っていて差別化が難しい ・本来は交流の価値があるのに、十分に反映されていない といった課題が見えてくる。

この5つの型は、単なる分類ではなく、体験を見直すための「設計の地図」として活用できる。

1)空間型

その場所に身を置くこと自体に価値がある。
価値の中心: 非日常な空間、雰囲気、景観
本物の相撲部屋での稽古見学
       お寺での座禅体験      
       浅草での和風ショーシアター 
設計のポイント: 掃除を徹底する、照明を整える、余計な音を遮断するなど、「その場の空気をどう感じさせるか」にある

2)技能型

その道のプロフェッショナルが持つ技術や知識を、間近で体感する。
価値の中心:職人技、専門性、真似できない所作
プロに学ぶ漫画体験
       職人から教わる寿司握り体験 
設計のポイント: お客さんが自分でやる以上に「プロの違いをどう見せるか」が重要になる。職人のこだわりを翻訳して伝えるガイドの存在も鍵となる。

3)参加型

お客さん自身が実際に手を動かし、汗をかき、何かをやり遂げる。
価値の中心: 「没頭する時間」「自分で作ったという満足感」「心地よい疲れ」
食品サンプル制作体験
       包丁砥ぎ体験
     大阪でのお好み焼きづくり体験 
設計のポイント: 「自分にもできる」と感じられる経験が重要。完成品を持ち帰ることができるなど、目に見える成果があると満足度がさらに高まる。

4)解釈型

見ただけでは分からない「背景」や「物語」を理解し、なるほどと納得する。
価値の中心: 発見、納得、文化への深い理解
広島の歴史と平和を学ぶピースツアー
       出羽三山の山岳信仰を学ぶ山伏修行
       やんばる独自の文化を知る琉球体験 
設計のポイント: 情報量ではなく、「意味の納得感」が満足度を左右する。知的好奇心を刺激する工夫が求められる。

5)交流型

地域に住む人や、そこに集まる人との一期一会の触れ合いを楽しむ。
価値の中心: 温かさ、リアルな暮らし、関係性
ローカルな飲食店や地元の人との交流をウリにしたバーホッピング
       地方の農家での農業体験、餅つき体験 
設計のポイント: 過剰なサービスよりも「ありのままの温かさ」が重要。一人の友人として接するような距離感の設計が満足度アップに繋がる。

 

“主役”の決め方で体験は変わる

実際の体験アクティビティは、この5つのタイプが組み合わさって成立している。ここで重要なのは、すべての要素を盛り込むことではない。むしろ「どの価値を主役にするか」を決めることだ。そうでなければ、体験の特徴は曖昧になり、結果として選ばれにくくなる。

例えば「古民家で地元料理を作る」という体験でも、以下のような展開が考えられる。

・技能を主役:プロの技を学ぶ料理教室
・交流を主役:地元の人との関わりを楽しむ体験
・解釈を主役:食文化の背景を学ぶプログラム

というように、同じ資源でもまったく異なる商品になる。

さらに、同じ資源から複数の商品を展開することも可能だ。例えば酒蔵であれば、以下のように、価値の中心ごとに商品を分けることができる。

・空間型:蔵の雰囲気を楽しむプレミアム試飲(ターゲット:雰囲気を重視する富裕層)
・技能型:杜氏の技を学ぶ専門講座(ターゲット:酒造りに深い関心がある愛好家)
・参加型:仕込み体験やワークショップ(ターゲット:家族連れやアクティブな層)
・解釈型:歴史や文化を学ぶツアー(ターゲット:知的好奇心が高い層)
・交流型:蔵人との交流体験(ターゲット:リアルな暮らしを知りたい層)

このように、「価値の中心」を変えることで、同じ資源からターゲットや価格帯の異なる商品を設計することができ、既存の資源でも、収益性と独自性を両立した体験へと再構築することができる。

 

体験設計の第一歩は「価値の中心」を定めること

インバウンド市場において、「体験」は特別なオプションではなく、旅行の質そのものを左右する中核的な要素となっている。だからこそ、問われているのは「何をやるか」よりも「どのような価値を提供しているのか」という視点である。

本記事で提示した5つの型は、ただコンテンツを整理するためのものではなく、ゲストが対価を払う「価値の中心」を捉え直すための視点である。

体験づくりにおいて重要なのは、大きく2つに整理できる。

「価値の中心」の定義

自社の資源を見つめ直し、どの型を主役に据えるかを明確にする。主役が定まることで、ターゲットとする客層、優先すべき演出、価格の考え方まで一貫して設計できるようになる。

主役を際立たせるための要素の組み合わせ

主役を軸にしながら、他の要素を補完的な「スパイス」として組み合わせることで、体験の解像度と満足度は大きく高まる。同じ資源であっても、どの価値を中心に据えるかで、全く異なる体験へと変わる。

「うちの地域には何もない」という言葉は、資源そのものではなく、価値の捉え方が一面的であることを示している。一軒の酒蔵や古民家、一人の職人であっても、「価値の中心」という視点で捉え直せば、そこには複数の体験の可能性が存在している。

まずは、自社の体験について「この体験の価値の中心はどこにあるのか」「その価値は十分に表現できているか」という2つの問いに向き合うことが、体験を磨き上げる第一歩となる。

体験の「型」を理解し、価値の中心が定まったその先にあるのが、「その価値をどのように届け、継続的に選ばれる商品にしていくか」という課題である。

次回は、数多くのインバウンドコンテンツをプロデュースしてきた株式会社インアウトバウンド東北代表取締役・西谷雷佐氏への取材をもとに、体験コンテンツを継続的に販売していくための4つの視点について整理する。

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