インバウンド特集レポート

海外旅行の際に、その国の宗教的な意味合いを持つ場所や施設を訪れることは、観光の王道となっている。ヨーロッパに行けばいくつもの教会をめぐり、中東を訪れた際にモスクに立ち寄り、インドに行くとヒンドゥー教寺院を訪れるといったように…。
日本では、京都にある伏見稲荷大社がトリップアドバイザーの人気ランキングで1位を獲得している人気ぶり、赤い鳥居のインパクトも印象的だ。
宗教は、その土地の風土や人々の気質に根差していて、ときに観光客の目には、オリジナリティが高くてエキゾチックなものに映る。日本の宗教的な意味合いを持つ場所が、観光コンテンツとしても重要な役割を担いつつある。いったい何が魅力なのだろうか。
今回は、熊野古道、四国遍路、羽黒修験道、そして富士講の4箇所のインバウンドの取り組みを追った。
わずか5年で、25倍もの外国人が訪れる熊野古道の魅力
和歌山県の熊野古道を歩く外国人が増えている。
熊野古道は、古代から中世にかけ、本宮・新宮・那智の熊野三山に対する信仰が高まり、上皇・女院から庶民にいたるまで、多くの人々が参詣したルートだ。田辺から熊野本宮に向かう中辺路(なかへち)、田辺から海岸線沿いに那智・新宮へ向かう大辺路(おおへち)、高野山から熊野本宮へ向かう小辺路(こへち)が、「熊野参詣道」として世界遺産に登録されている。
「熊野古道巡礼の道を歩く外国人観光客の方が非常に多いです」と、田辺市熊野ツーリズムビューローの小川事務局長は言う。
熊野古道のある和歌山県田辺市の外国人宿泊者数は、2011年度には1,217人だったが、2016年度には30,958人と大幅に増加している。外国人観光客が熊野古道を訪れた感想には「自然や風景が素晴らしい」「深い森の独特な静寂さに心が癒される」というコメントが多い。また古道に多く存在する石畳でできた階段は、昔から長きにわたって地元の人々が保全活動に務めてきた。そういった日本人の自然と共存する生き方にも関心を寄せている。

地元の人との交流をも楽しむ外国人旅行者
さらに、外国人旅行者は地元の人との交流も楽しんでいるという。
熊野古道沿道沿いに住む人々には、古くから巡礼者へのおもてなしをするという伝統があり、お茶や菓子、ミカンの差し入れ、にこやかな声がけなど、地域全体で観光客を迎えようとする意識がある。その気持ちが伝わるのか、外国人旅行者は、そのような小さな交流にも感動するそうだ。
地域の人が財産でもあると田辺市熊野ツーリズムビューローの小川氏は話す。
ここまで外国人が増加した理由は、熊野古道が持つその魅力はもちろんのこと、田辺市熊野ツーリズムビューローが主体となって実施しているユニークなプロモーションの存在も忘れてはならない。「巡礼好きな旅行者を取り込もう」という戦略だ。
外国人集客の秘訣は、他エリアとの連携
「巡礼旅」というテーマに絞った海外プロモーションを実施するため、田辺市熊野ツーリズムビューローでは、2008年10月にスペインのサンティアゴ巡礼道の終着点にあるサンティアゴ・デ・コンポステーラ市と共同プロモーションの提携をした。その効果もあってか、実際に熊野古道を訪れるスペイン人は多い。
提携の翌年2009年7月に、熊野古道を訪れる方への観光情報や地域情報発信の拠点としてオープンした世界遺産熊野本宮館には、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼道の常設展示もある。また、2015年2月からは、熊野古道とサンティアゴ巡礼道の両方を歩く「共通巡礼手帳」のプロジェクトを開始。両方の道を歩いた方を、共通巡礼達成者とし登録しており、2017年10月末には累計900人の登録者数を達成した。このような、両方の道を世界に向けて発信する相互プロモーションを実施している。このようなプロモーションの成果もあり、外国人旅行者が増えてきたのだ。
更に、熊野古道が巡礼の道として世界に認められつつあり、実際に熊野古道を歩いた日本人が、スペインの巡礼の道を徒歩で踏破するというケースも増えている。
ノープランで訪れる個人旅行客への対応が必須
ところが、最近、課題が一つ見えてきたと小川氏は言う。それは、細かいスケジュールを決めないで、ノープランで熊野を訪れる外国人旅行者が増えており、彼らへのフォローが不足していることだ。
そこで、田辺市熊野ツーリズムビューローでは2017年の夏に、JR紀伊田辺駅前の空き店舗にトラベルデスク(熊野トラベル)を設置した。カウンターでは、宿や熊野古道のコース案内はもちろん、その場で、宿の予約・ガイドツアーの手配も行っている。熊野ツーリズムビューロが旅行業の資格を取得したため、宿の手配やツアーの手配なども可能になった。ほかに荷物を宿に直接送る搬送サービス、熊野古道を歩く際のお弁当の案内など幅広いサービスを提供している。

ここでは、年中無休で365日フルオープンをしている。通常は3名体制で、カウンターには常時2人入るようにローテンションを組んでいる。語学はもちろんだが、熊野古道に関する知識が豊富なスタッフなので、外国人には心強い。さらに、熊野古道の英語ガイドブックも準備しており、カウンターで旅行者に手渡ししている。
外国人視点での多言語ガイドブック作成で、熊野古道の歴史を伝える
これは、日本語の翻訳ではなく、外国人スタッフが自分で取材して書いたガイドブックなので、外国人視点で書かれている。例えば、神道とは、神仏集合とは、自然崇拝とはなど、日本人向けには省略しまいがちな内容も網羅して、熊野古道の奥行を感じさせる記事になっている。熊野古道の基礎知識を身につけることで、熊野古道の魅力が増してくる。

世界遺産ということにあぐらをかかず、しっかりとターゲットを絞った戦略が、持続的に人気を保つ理由なのだろう。
田辺市熊野ツーリズムビューローが設立された2005年当時、世界遺産ブームで大量の観光バスが熊野古道に乗り付けていたが、地元からは、これでは本当の熊野古道の良さを理解してもらえない、やがてブームが去れば、閑散となると懸念の声があがっていた。そこで、FITにターゲットに絞り、特に巡礼旅の深堀を進め、着実に実績を積み上げてきたのだ。今後も問題点を解消しながら、さらなる高みへ向かうことだろう。
次号では、四国のお遍路のインバウンドの取り組みを紹介する。
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