インバウンドコラム
『Roots the hood 地域を動かすアイデアとクリエイティブ』
著者:DRAWING AND MANUAL
出版社:玄光社
この書は、「図画工作」を活動理念として映像やデザインを作る、ドローイングアンドマニュアル社の地域ブランディングの記録である。本文に加え、写真や実際に使われた企画書なども多数掲載されているのが興味深く、読者自身も、そのプロジェクトに関わっているような臨場感を味わえる。共に考えながら読み進めることで、より多くの気づきや指針を得ることが可能になるだろう。
ドローイングアンドマニュアル社は1997年に創立されたが、ここにはこれまで手掛けたプロジェクトの主な記録が、5つの章でまとめられている。順序良く第1章から読むのもよいし、目次を見て惹きつけられた途中の章から読み始めるのも、楽しい。ここでは、筆者が特に興味深かった第3章の徳島県における例を紹介したい。
2013年、徳島県庁職員が、ドローイングアンドマニュアル社を訪ねてきた。当時「都道府県魅力度ランキング」で46位あたりで低迷していた順位を上げたいとの希望と共に。最下位の47位でもなければ、話題にもなりづらいという。なぜそのような希望があるのか。県庁職員はその問いに即答しなかった。いろいろと角度を変えて質問を続けると、遂に感情を表す言葉が出てきた。「悔しい」と。湧き上がる感情があれば、共にプロジェクトを推し進めていくのにも心強い。
記録を綴ったドローイングアンドマニュアル社の唐津宏治氏はその後、担当職員や知事との対話の時間を惜しまなかった。「県内の人が良いと思っていることを、県外の人も同様に思うかどうかはわからない」、「他県との差別化を図るには、阿波踊り・美しい自然・美味しい食べ物では足りない」などの言葉と共に、率直な思いを述べ合い、じっくり向き合うことを積み重ねていったのである。
対話の蓄積から、「VS東京」というプロジェクトテーマが導き出されるに至った。近隣の高知県や香川県と差別化することは難しいが、東京を相手にすれば、差別化することはたやすいかもしれないという発想からだ。戦う相手が決まると、やるべきことも明らかになりやすい。勢いづいた彼らは、折しも開催が決まった「徳島国際短編映画祭」のクロージング用映画作成に乗り出す。コント集団やクリエーターをも巻き込んでいき、共感を得ながら人との繋がりを広げていく。コンテンツはもちろん重要だが、それに携わり関わっていく人の繋がりこそが原動力なのだ。そうして徳島県は、YouTubeなど多様なメディアにおける注目度アップも果たすが、詳しくは本書に譲る。
第3章以外の章でも、様々な地域の事例をもとに、人との繋がりが大きな力となり得ることが紹介されている。災害時では、地域をまたぐ人の繋がりは、明るい復興への兆しとなる。繋がりがもたらす力は、別の視点からも語られる。例えば、人と繋がることで、それまで気づかなかった自分の魅力を知ることもある、と。地域のブランディングや活性化に直接関わる人はもちろん、自分自身のブランディングや魅力発信を考える人にも読んでいただきたい一冊である。
文:全国通訳案内士 鈴木桂子
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