インバウンドコラム
著者:二宮 謙児 / 出版社: あさ出版
逆境をチャンスに変えた、山奥の旅館物語
「山奥の小さな旅館」は、大分県の湯平(ゆのひら)温泉で、本書の著者二宮謙児氏が、家族と共に経営する全6室の温泉旅館の山城屋のことである。湯平は、湧出量が全国第1位(環境省「令和4年度温泉利用状況」参照)で、かつては「療養温泉地の西の横綱」の名を誇っていたのだが、次第に客足が遠のき、平成の時代には旅館数も激減してしまった。そんな中、二宮氏が視座を転じてインバウンドへの取り組みを強化させたところ、見事に、連日外国人客で賑わう状況へと変化を遂げる。2017年に著書『山奥の小さな旅館が連日外国人客で満室になる理由』でそのノウハウを紹介すると、地域活性化に携わる自治体や観光関係の人々の興味を惹きつけ、講演依頼なども寄せられたそうだ。同書籍の書評コラムもご参照いただきたい。
今回ご紹介する書籍は、前著から7年を経て、コロナ禍での取り組みを振り返って執筆されたものだ。2020年4月以降、インバウンドだけでなく、国内の観光客も移動の自粛を促されたことにより、山城屋は完全休業を余儀なくされた。約3年余の停滞の間、二宮氏は「今できることは何か?」を自問し続け、思いついたことを次から次へと実行に移していった。
「人とのつながり」を大切に
中心となる概念は「人とのつながり」と「時流に適合したツールの活用」だ。まず、お客様とのつながりである。宿泊はままならないが、「ランチ」なら、と「お昼の営業」を始めた。訪れる人々と積極的に「関わり」を持つようにしたところ、それが貴重な情報源になることを実感したという。コロナ前の宿泊客への対応は、お客様のプライベートを尊重した「つかず離れず」の距離感だったが、コロナ禍を学びに変えて行動し続けた所産と言えるだろう。
次に、地域の人々とのつながりである。二宮氏夫妻は、ある日、見慣れた近所の風景の中に人間ほどの大きさの仏像を見つける。その石仏と周辺を活かそうと、自ら参道などの整備を進めていたが、やがて、四季折々の花が見られる「花公園」を作りたいという夢を抱くようになる。いろいろなところで夢について話すうちに、「手伝いたい」という人々も増えてきた。作業当日には、40人のボランティアとの共同作業が叶うという結果を得て、二宮氏は、「小さなことでも行動を起こせば、必ず誰かが見ていて助けてくれる」と、人とのつながりが持つ力を実感するに至った。
時流に乗ることにも余念がないのは、「定型文アプリ」や「AIチャットボットによる自動返信機能」の活用に現れている。本書では、インバウンドに関わる事業者などへの示唆も豊富で、二宮氏が多言語情報発信ツールなどをどのように使っているかも、詳しく紹介されている。行動し続ける人は、周りにも好影響をもたらす。やまとごころ.jpでは過去に、二宮氏へのインタビューを掲載しているので、併読していただくと、より一層理解が深まるだろう。
▼著者二宮氏へのインタビュー記事はこちら
家族経営ならではの機動力と観察力で訪日リピーター獲得、大分の旅館 山城屋の取り組み
▼二宮氏による著書(2017年)の書評コラムはこちら
周りのリソースをフル活用し、出来ることを積み重ねる「山奥の小さな旅館が連日外国人客で満室になる理由」
文:全国通訳案内士 鈴木桂子
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