インバウンドコラム
『ゲストハウスがまちを変えるーエリアの価値を高めるローカルビジネス』
著者:渡邊 崇志、前田 有佳利/ 監修:宿場JAPAN
出版社: 学芸出版社
東京都品川区で4の宿泊施設を運営する株式会社宿場JAPAN代表・渡邊氏の知見と経験を基に、ゲストハウスカルチャーの歴史から開業、多店舗展開、人材育成、サービスデザイン、開業支援、地域づくりのノウハウを体系的に学べる内容。特に「地域融合型ゲストハウス」の本質を理解することで、宿泊事業者や観光事業者が地域と来訪者の架け橋となり、地域貢献を高められる。 |
実践者に学ぶ、ゲストハウス運営の立ち上げから運営、地域づくりまで
現在ほど、誰もが気軽に多様な宿を選べる時代はないだろう。10年前と現在の旅のスタイルで大きく変化したことを尋ねれば、宿のタイプが上位に挙がってくるのではないだろうか。もはや宿の魅力は星の数で表せるものではないし、一人ひとりの旅の価値観やライフスタイルに応じて、ある時は超高級ホテル、ある時は超ローカル宿、ある時は長期滞在拠点としての古民家滞在など、過ごし方も利用方法も様々だ。そうした数ある選択肢の中でも、インバウンドとの関わりが特に深いのがゲストハウスだ。
本書は、2009年に外国人旅行者向け宿泊施設「ゲストハウス品川宿」の開業をはじめ、同エリアで4つの施設を運営する株式会社宿場JAPAN代表・渡邊氏の知見と経験が凝縮された内容となっている。ゲストハウスカルチャーの歴史から、開業、多店舗展開、人材育成、サービスデザイン、開業支援、地域づくりのノウハウまで体系的に学ぶことができる。特に、渡邊氏が理想とする「地域融合型ゲストハウス」の本質を理解することで、宿泊事業者はもちろんのこと、観光事業者やDMO、まちづくりに取り組む人々が本書を通じて、地域と来訪者の架け橋となり、地域への貢献をより高めることができるはずだ。
地域融合型ゲストハウスが果たす、社会的役割とは?
地域融合型ゲストハウスとは、一体どのようなものだろうか。そのためには、渡邊氏の熱い想いを知る必要がある。
「ゲストハウスをはじめとする小規模宿泊施設は、売上という目的以外に、たくさんの社会的役割を果たせると僕は考えています。その役割の一つとして、地域の課題を解決し、多様な文化を醸成するまちづくりが挙げられます。僕らが掲げる理念は、『”SHUKUBA”の輪を全国に』です。ここで言うSHUKUBAとは、世界中のさまざまな人々を受け入れ、お互いの文化を尊重し、地域の人々と共に暮らすコミュニティを意味しています。そういった多様な文化が共生する地域のハブ=ゲストハウスをつくりたいと考えてこれまでやってきました」
そして、渡邊氏は自身の経験則に基づく「再訪したくなる宿」の4つの条件を挙げており、地域融合型ゲストハウスの輪郭が明らかになる。
1.一元化されたサービス(宿泊施設の観点)
チェックインからチェックアウトまで、1人のゲストに対して1人のスタッフが寄り添うことで、きめ細かいおもてなしができる体制。
2.ローカルの日常に触れる体験(宿泊施設の観点)
その土地ならではの地域性や風土を感じることができる本物の体験があること。
3.血の通ったコミュニケーション(ゲストの観点)
人間味溢れるコミュニケーションによって、ゲストが自分の居場所を感じられるようになること。
4.地域の人々の価値観を理解しようと努める姿勢(地域住民の観点)
宿の運営者が自ら歩み寄り、地域で信頼され必要とされる存在になれるように努力を継続することで、地域の人々も共に旅人をもてなそうとする意識に変わっていく。宿単体ではなく、地域全体で柔軟な接客ができるようになることで、接客の幅や視野が広がる。宿と地域の関係性が濃いほど、宿と旅人の関係性も濃くなる。
ゲストを町の外に導き出す「未完型」経営で、人を魅了する
上記の条件を見るだけでも十分再訪したくなる宿だと思うが、この4つの条件を満たすための前提条件があるという。それが「未完型」の経営モデルであり、ゲストが周辺エリアに繰り出し、偶然の出会いから好みの機能を自身でカスタマイズしていくスタイルだ。上記の4つの条件を満たしているからこそ、実体験に基づく真のローカルな情報を提供することが可能となる。そして、宿泊施設がゲストと地域の通訳者としての役割を果たすことで、ゲスト・宿泊施設・地域住民間の相思相愛の関係性が生まれる。
紙幅が尽きてしまったが、本書の至るところに、渡邊氏の実体験に基づく名言がたくさんちりばめられており、非常に濃厚で身に染みる内容となっている。ゲストハウスがまちを変え、エリアの価値を高めるという書籍タイトルが意味する奥深さを、じっくりと味わってほしい。
文:一般社団法人JARTA 渋谷武明
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