インバウンドコラム
著者:浜田岳文/ 出版社: ダイヤモンド社
本書は、フーディ浜田岳文氏の著作である。彼がこれまで世界127カ国・地域で食べ歩いてきた経験に基づく示唆が、詰まっている。「フーディ」とは、世界中を飛び回り、現地の美味しい店で食べることを、日常的に繰り返している人たちの生き方を指す語である。タイトルの「美食」についての、著者による再定義は次の通り。「文化的に食べる。(中略)『うまい』だけではない『美味しい』を探求する。これが本書の美食の再定義です」たっぷり391ページにわたって、「美食」の楽しみ方や、世界各国のレストランについて綴られているこの一冊は、美食はもちろんのこと、食そのものに興味がある人にも、広くお読みいただきたい。 |
高級料理だけでない、著者が考える「美食」の定義
本書で印象に残った箇所を2つ紹介しよう。
まずは、「美食=高い」とは限らないということについてである。一般的には、数万円する高級料理こそが美食だと思われがちかもしれない。もちろん、浜田氏はそういう店にも行くが、ハンバーガーやラーメンの店にも食べに行く。例えば、ハンバーガー。具体的な店名は本書に譲るが、料理人が料理を突き詰めて考えている店だ。店主の緻密な計算による、全体のバランスの良さと一体感は、「世界でも稀」な「職人技の賜物」である、と賛辞を惜しまない。
最高の食材ばかりを集めて、美食に値する逸品ができるかどうかを試す実験に関する記述も面白い。結果的には、最高の和牛を牛丼にすると、牛肉自体が繊細過ぎて、パンチが弱まったそうだ。もちろん、最高の和牛を使って牛丼を成立させる方法はあるものの、その完成形は、一般的に牛丼として認識されないものになる可能性が高い、と書き添えている。米や魚介を慎重に選ぶ鮨屋でも、塩や醤油にはあまりこだわらないというところも多いらしい。良質の塩や醤油は個性が強く、握りのバランスに影響を与えるからだという。
美食の真価はロケーションにあらず 地方レストランの可能性
2つ目は、著者が提案した「あえて都会から離れたところにあるレストランに光を当てるアワード」だ。
2024年度までで、このアワードを受賞したお店は合計40件にのぼる。東京は、ミシュランガイドで最多の星が輝く都市になった(以下のやまとごころ.jpの関連記事もご参照いただきたい)こともあり、近年、東京一極集中が進んでいるが、実は、静かに確実に熱を帯びてきているのは、地方のレストランだという。美食先進国であるイタリアやスペインでは、国を代表するような名店は、都会から離れた場所にあるものだった、という点に根拠を求めるところは、世界を食べ歩いた浜田氏ならではである。
基本的にお酒を飲まないからこそ発見できた「ノンアルコールペアリング」や、皿の上の料理以外の要素による食体験についての言及も、興味深い。冒頭で掲げた「文化的に食べる」ことの楽しみの無限性を感じ、ワクワクしながら読了した。
著者は、「OAD(Opinionated About Dining)世界のトップレストラン」のレビュアーランキングで、2018年度から7年連続で第1位を獲得している。外食に特化し、知的好奇心の赴くままに深く掘り下げることで、高みに至ったのだ。自らの心に導かれて深く掘り下げていくことが、高みに繋がるというのは、あらゆる分野に普遍的な真理であろう。高邁な志を持つ人々にも、必読の書である。
文: 全国通訳案内士 鈴木桂子
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