インバウンドコラム
『瀬戸内国際芸術祭と地域創生: 現代アートと交流がひらく未来』
著者:狹間 惠三子
出版社:学芸出版社
本書は、地域創生に関心があり、観光産業に従事するすべての人(旅行会社、観光事業者、DMO、観光協会、地方自治体、行政等々)にとってのバイブルだ。自身の職務や組織の使命、目標を達成するために、本質的に何をすべきか、示唆に富む内容にあふれている。
著者は冒頭で読者に問いかける。「地域の未来を少しでも動かすことができる芸術祭をつくりあげる。それを長期的なスパンで育む。住民自身も気づいていない地域の資源、地域の宝を、そこに住む人々の矜持につなげる。芸術祭を機に移住する人や地域と多様に係る関係人口を、地域の新しい産業の振興や地域コミュニティを長期的に支える担い手に育てる。そのために何が必要だろうか」
その答えが、「芸術祭が一過性のイベントで終わることなく、1.来場者と住民の双方が地域を再発見する機会につなげる、2.地域の生活に根付き、地域創生を育む芸術にする。―そのための知見、および要諦を、瀬戸内国際芸術祭の企画・運営を通して学ぶことが本書の目的である」と。
本書の構成は、1章で地域型芸術祭が地域づくりにどのような影響を与えたのか、その成果と課題を整理する。2章からは、瀬戸内国際芸術祭の歴史的背景、運営、島の変容、世界に伝搬する芸術祭の影響、行政が公共政策として実施する場合の課題と留意点、最後の7章で、まとめと知見が簡潔明瞭に述べられる。各章は30ページ前後でまとめられているので読みやすく、自身の関心のある章から読み始めればよいと思う。どの章も興味深いので、読者は結果的に本書を何度も読むことになるはずだ。
この種の本では、現在進行形の取り組み事例やグッドプラクティスのみが語られることが多いが、成果と結果の検証や課題が分析されているので、大変説得力がある。さらに本書がすごいのは、北川フラム氏、福武總一郎氏をはじめとする芸術祭に関わるパイオニア、キーパーソン計5人のインタビューが掲載されている点だ。
本書を活用した勉強会の実施、業務遂行・運営のための指針としての利用、困難にぶつかったときに参照するなど、バイブル的に繰り返し熟読されることを強くお勧めする。自身や組織のPDCAを回すために活用することもできるはずだ。そして、読者自身が、実際に現地を訪れ、感動し、本書で語られる瀬戸内国際芸術祭の本質的な部分を理解し、地域創生に役立ててほしい。
最後に持続可能な観光の観点から、評者が今、一番重要だと感じた文章を引用して終わりたい。
「芸術祭は、美術館やアート市場などの既存の芸術領域を超克することを目指す。社会と直接関わる表現活動である。地域社会は、少子高齢化や過疎化、地域産業の衰退、後継者の不在など、さまざまな課題を抱えている。アートと地域の双方が互いに求めるものが共鳴し、結びつく仕掛けが芸術祭である。互いに相手を『道具』として認識し、奪い合う関係にならないように、プロジェクトを仕組まなければならない。協働の意味を考え、地域とアートが互いを尊重し、共感し、異なる視点や価値観から新たな魅力をともに創りあげていく関係を築くことである。地域型の芸術祭にとって重要な課題である」
瀬戸内国際芸術祭については、公式ホームページART SETOUCHIをご覧いただきたい。
2024年3月26日、実行委員会は総会を開き、2025年の瀬戸内国際芸術祭の取り組み方針が決まった。ホームページでは、すでに予定や情報が公開されている。タビマエの1年前から、楽しみを膨らませることができる方策も、見習いたい。来年の開催が、今から待ち遠しい!
文:一般社団法人JARTA 渋谷武明
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