インバウンドコラム

「わざわざ」訪れたくなる価値づくりの道しるべに『山の上のパン屋に人が集まるわけ』

2024.05.22

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『山の上のパン屋に人が集まるわけ』

著者:平田 はる香

出版社:ライツ社

 

 

長野県東部の東御市の御牧原台地の上にある「山の上のパン屋」は、「わざわざ」という店名である。「わざわざ来てくださってありがとうございます」という意味が込められているそうだ。筆者は、訪日外国人のリクエストで「どうしてそこに?」と思うような場所に、お連れすることがある。日本の「そこ」にしかないモノやコトを求めておられるのだが、実に多様なニーズがあると感じる。本書は、「わざわざ」訪れる価値創造のための、道しるべとなり得る一冊である。

創業14年目になる「わざわざ」は、今では年間3億円の売り上げがある企業になっている。創業者で著者でもある平田はる香氏は、ここまでたどり着いた自身の生き方について、本書の中で次のように述べている。「自分の気持ちに正直に生きてきた」、「おかしいことから逃げ出して、あるいは向き合うべきことに向き合って、その積み重ねで」と。

パン屋は長時間労働がふつうと言われるが、彼女はそれをおかしいと思い、そうしなくて済むパンの製法を自ら研究した。また、意地悪なお客さんが来たらブログに「来ないでください」と書いたりもした。平田氏の、この正直すぎる姿勢を応援しようと、店に足を運ぶ人も多いだろう。

彼女が初めて働いたのは中学生の頃だそうだ。近所に新しくオープンした焼き鳥屋さんに、働かせてほしいとお願いするも、「夜の仕事だから子どもは雇えない」と断られる。ここで引き下がらずに「昼間に片付けや掃除をしているのではないですか」と粘ると、15時から17時までの掃除での採用が決定した。彼女は確かに「自分の気持ちに正直」に行動して結果を得たのだ。その後高校生になると、近所の喫茶店、会社の電話番、ゴルフ場の球拾いなどで働くことに、夢中になる。卒業してからも、働くことで好奇心が満たされ続けた。ところが一方で、アルバイトにしか、自分の居場所を見つけられなかったとも感じていたらしい。中高生時代は、周りのみんなと同じ意見を持つことが重要視されていた。自分の「ふつう」は周りの「ふつう」と違っていたが、打ち込めるものを探してアルバイトに精を出した様子が綴られている。

平田氏の場合は、働くことに費やした圧倒的な「量」が、優れた「質」に昇華したといえるだろう。事業を継続し、展開させていく工夫の種を「量」としてたくさん蓄え、その種を撒き、育て続けている。自身が「わざわざ」のスローガンである「よき生活者」になり、周りのみんなの「よき生活」をつくるお手伝いをしたいと述べているのが、本書の締めくくりとして印象的だ。

読み終えて口絵に戻る。「わざわざ」周辺の、美しいカラー写真が添えられており、爽やかな風さえ感じられる。さらに特筆すべきは、書籍自体の仕様がSDGsに寄与するものであるということだ。詳細は本書に記述があるが、時流に沿うこだわりも伝わってくる。ぜひ手に取って読んでいただきたい。

文:全国通訳案内士 鈴木桂子

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