インバウンドコラム
著者:龍崎 翔子 / 出版社:文藝春秋社
数々のホテル開業を成功に導いてきた28歳の龍崎氏
著者の龍崎翔子氏は、現在28歳。経営者として、既に次のような経歴がある。2015年、19歳の時に、東京大学文科II類に在籍しながら起業。北海道・富良野のペンションを買い取ってホテルを開業したのを皮切りに、創業から3年で、5軒のホテルを運営するようになる。2022年には、社名を株式会社水星へと変更。宿泊事業に加えて、観光領域に限定されない広範な領域での、空間・ブランドプロデュース事業も手掛けている。かなりインパクトが強い人物像だ。
しかし、彼女自身は、ファクトだけが一人歩きするのを好まない。「龍崎翔子だけが前に出てしまっているようだが、やっていることの基本にあるのは、一緒に仕事をしている人や、応援している人のおかげ」と語っている。この言葉で、彼女をより魅力的に感じるのは、評者だけではないだろう。構想から出版まで3年間もの時間をかけて、全身全霊を注いで上梓した一冊が、今回紹介する書籍である。
クリエイティブジャンプの5つの要素
第1章で総論を、第2章から第6章で各論を、そして第7章と第8章では、まとめを述べている。読みやすく構成されているだけでなく、具体例や引用の提示が多い。読者が興味を持った研究対象を、さらに深めていくよすがにもなりそうだ。ここでは、各論で詳述されている、クリエイティブジャンプの5つの要素を、少し紹介してみよう。
まず「1.本質をディグる」である。ディグるとは、dig(=掘る)に由来するスラングだそうだが、具体的には、既存の概念から離れて「見立て」をしてみることだ。例えば、ホテルの一般的定義や固定観念は、「旅先の寝床」だが、目線を変えると、観光案内所などのような「旅のセーブポイント」ともいえる。また、クラブのような「オールナイトで過ごせる箱」でもある。ホテルの本質は、ゲストと人をつなぎ、ゲストと土地をつなぐことにあるとして、著者は「ホテルはメディアである」と再定義をしている。
次に「2.空気感の言語化」だ。例えば、ホテルを開発する場合、大切なのは、「いかにそのホテルの存在を通じて土地の個性を浮き彫りにするか」である。自然・食・人といった普遍的な魅力ではなく、それらの源流となったその土地ならではの個性や空気感を探して、言語化するのだ。重要なのは、「良さ」ではなく「違い」に注目することである。
そして「3.インサイトの深堀り」である。インサイトとは何か。「思わず○○してしまう」というような、「人々の無意識下にある、消費行動を刺激するスイッチ」である。空港に並ぶガチャガチャは、そのようなスイッチに訴える力があるだろう。現地通貨を使い切りたい感覚にかられるインバウンドのゲストは、ガチャガチャがあることにより、小銭の消費・お土産の入手・日本でのユニーク体験を得られるのだ。まさに一石三鳥である。
さらに「4.異質なものとマッシュアップする」。言い換えれば、「良いアイディアは掛け合わせでできている」ことを理解することだ。お馴染みのものでは、ペンと消しゴムを掛け合わせたフリクション、ゲームと散歩を掛け合わせたポケモンGOなどがある。
5つ目は「5.誘い文句をデザインする」だ。「どう発信するか」ではなく「どう発信していただくか」を考える、というのが興味深い。1万人のフォロワーがいることより、1000人のフォロワーがいるマイクロインフルエンサー100人に発信してもらうことの方が、重要だという論理だ。
文:鈴木桂子 全国通訳案内士
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