インバウンドコラム
『フットパスでひらく観光の新たな展開 あるく・まじわる・地域を創造する』
著者:前川 啓治 / 出版社:ミネルヴァ書房
英国のフットパスから学ぶ「歩く観光」の可能性
英国では、「歩く」というと「フットパス」を歩くことを意味する。そして、英国が「歩く観光」の先進地域となったのは、このフットパス(歩行者専用道路)が20数万kmにわたって国内に網の目状に存在するからだという。国が指定するナショナル・トレイル(長距離歩行道)はイングランドとウェールズだけで15本存在し、全長約4000km、年間8300万人が訪れる。旅行会社や宿泊施設など観光産業において、歩くことを支える仕組みも整備されており、英国の「歩く観光」の経済的効果は年間8000億円という。
本書は、イギリス発祥のフットパスの歴史を紐解きながら、「歩く観光」がどのように展開しているのか、そして、どのような可能性を秘めているのか、5人の研究者がそれぞれのテーマで論じる。「歩く観光」に地域で取り組んでいる人はもちろんのこと、持続可能な観光や観光地域づくり、「コモンズ」の在り方に関心がある人にとっては、様々な示唆を与えてくれる内容となっている。
日本の観光にも活かせるフットパス活動事例と日英共通の課題
学術専門的な説明はさておき、具体的な事例をたくさん知りたい読者には、第2章『歩くこと』と『コミュニティづくり』から読み始めることをお勧めする。英国におけるフットパスの活動について3つの町を取り上げ、具体的な取り組み事例が紹介されている。それぞれの土地柄があり、コミュニティがあり、地域や他団体との連携など、観光地域づくりを進める上で参考になる。地元の農家や地主との関係、国立公園などの自然保護地域との連携事例まで紹介されており、国は違えど、共感できることも多いはずだ。また、「歩く観光」を支える仕組みとして旅行会社、宿泊施設、パブについても現地の事情が紹介されている。小さな町では宿泊施設に限りがあるので、ホテル以外にも農家民宿など様々なタイプの運営方法がある。歩く旅行者にとって悩ましい荷物移動の問題も、地域内での運送サービスについて本章で知ることができる。
次に第1章を読むことで、日英の比較ができる。ここでは、日本におけるフットパスの展開と現状をまとめている。外国人旅行者に関する情報は紹介されていないが、全国に活動組織があるので、インバウンドをうまく取り込むことができれば、地方での経済効果においては大きなポテンシャルがありそうだ。地域活性化を目指す活動においては、日英共通の課題として、フットパス愛好家の高齢化と若年層に興味を持たせるための戦略の欠如があるという。しかし、日本においては地域学習として教育の現場で若者にフットパスを活用しており、近年フットパスの教育的効果が注目され始めている。教育旅行の観点からも、観光産業が「歩く観光」で新たな役割を果たせるだろう。
フットパスの制度から考える現代のコモンズ問題
第3章は、英国のフットパスという独特の制度に関するものだ。英国のフットパスは歩行者専用道路であり、たとえ私有地であっても誰もが自由に侵入し歩くことのできるという考え方は、日本ではあまり馴染みがない。しかし産業革命以後、囲い込み政策によってそれまで自由に通ることができた共有地にも立ち入り制限がかかり、文化的に歩くことを嗜好する市民が、土地への通行権を求めてきた社会運動の歴史があることは、現代におけるコモンズの問題を考える上で重要だ。
第4章では、日本における地域に溶け込むツーリズムを紹介しているが、やまとごころ.jpの読者にとっては、既知の情報が多いだろう。
長らく旅行会社に勤務した評者としては、日本のインバウンドマーケットにおける「歩く観光」の代表は、中山道や熊野古道ではないかと考える。これらの地域について本書では言及がないが、先進的な取り組みがなされているので、未訪問なら自分の時間とお金を使って、自らの足で歩くべきだ。
最後に、序章で語られる宮本常一の言葉を引用して終わりたい。
「本物を見るということは、歩く以外に実は方法のないものなんです。自分自身がその体験を持たない限り、じつはその本物は分かりようがないんです。そして見ることのなかに発見があるんです」
▼関連情報
・Walkers are Welcome
・日本フットパス協会
・映画「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」
車道沿いを歩く映像が中心だが、イギリスの南西から最北端まで800km縦断の物語が現在上映中
文:一般社団法人JARTA 渋谷武明
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