インバウンドコラム
『観光消滅 観光立国の実像と虚像』
著者:佐滝剛弘/出版社:中央公論新社(中公新書ラクレ)
人口減少と観光都市の危機
心穏やかならぬタイトルについて、著者の佐滝剛弘氏は、増田寛也元総務相の編著書『地方消滅』を意識したと記している。『地方消滅』では、2014年に発表された日本創生会議のレポート「消滅可能性都市」に基づき、若年女性人口が減少すると予想される自治体について、将来の消滅可能性が示された。その10年後の2024年には、民間の「人口戦略会議」が同様の手法で、消滅可能性自治体のデータを更新。佐滝氏は本書で、観光に重きを置いている市町村が数多くあることに着目し、幾つかをピックアップして2050年の人口予測を一覧表にまとめた。第2部「消滅」の第7章で、後述のような考察を加えている。
示された一覧表には、読者諸氏も馴染みがあると思われる観光都市が並んでおり、その大半が、2050年に人口がほぼ半減すると予想されている。観光都市で観光客を迎えるには、多くの人手が必要だが、人口が減ると見込まれる自治体において、日々の暮らしの営みを続けつつ観光に携わる人材を確保することは、たやすくないだろう。実際、現在も見受けられる路線バスの休止や、鉄道の機能不全、あるいは伝統行事である祭りの危機などについての説明を読むと、「消滅」が現実味を帯びて感じられる。
観光立国日本の現状を客観視し、未来を考える
第2部には、観光を左右する気候変動と情勢不安定に関する記述(第6章)もある。地球温暖化の影響で異常気象になることで、桜の開花予想のズレや線状降水帯、JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)などの現象が発生している。また、地域紛争などの情勢不安定により、数年前には訪問可能だった国が、今は事実上入国さえ不可能となっているのは、残念至極だ。
第3部「未来」に移ると、日本の観光を支える事象について展開される詳説が興味深い。「全国旅行支援」などの観光業界への助成(第8章)や世界遺産(第9章)、オリンピックや万博(第11章)への論及、そして、二重価格が観光に及ぼす効果には、2019年に『観光公害』を上梓した佐滝氏の、鋭い視点が向けられている(第10章)。
第2部「消滅」を理解して、第3部「未来」に目を向けた上で、おもむろに現在の実態を把握するために読みたいのが、第1部「崩壊」である。2024年の鎌倉・築地・京都などの観光地の様子(第1章)、なかでも京都では新しいホテルの建設が相次いでいるが、これはインバウンド富裕層の増加を見込んでのことだ(第5章)。海外も含めた「観光立国」のデータの分析(第2章)、インバウンドに関するメディアの報道が日本人にもたらす影響(第3章)、海外旅行をしなくなった最近の日本人のアウトバウンド事情(第4章)の内容について、大いに共感を覚えるのは評者だけではないだろう。
「観光立国」への政府の取り組みは2003年から始まったが、果たして今の日本は「観光立国」と呼べるのだろうか。外国人訪問者数が多ければ多いほど「観光立国」なのか。あらためて考える端緒となる一冊である。観光立国推進基本法の前文の一部をここに掲げて、結びとしよう。「観光は、国際平和と国民生活の安定を象徴するものであって、その持続的な発展は、恒久の平和と国際社会の相互理解の増進を念願し、健康で文化的な生活を享受しようとする我らの理想とするところである」(観光立国推進基本法の前文より抜粋)
文:全国通訳案内士 鈴木桂子
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