インバウンドコラム

「今」求められる持続可能な観光の実践に向けて『オーバーツーリズム 増補改訂版 観光に消費されないまちのつくり方』

2024.11.13

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『オーバーツーリズム 増補改訂版 観光に消費されないまちのつくり方』

著者:高坂 晶子/出版社:学芸出版社

 

 

観光産業の未来を左右するオーバーツーリズムへの理解を深める

本書はオーバーツーリズムに関する入門書として、観光産業に携わるすべての人に必読書として推奨する。この言葉自体は、すでに人口に膾炙(かいしゃ)していると思うが、具体的な内容については理解している人は、まだまだ少ないはずだ。まずは、オーバーツーリズム現象の具体例が31ページ目に分かりやすい表にまとまっているので見てほしい。多くの人は、渋滞・混雑・一極集中で容量がオーバーするから問題だと考えるが、実際には観光客が少なくても、マネジメントなき観光によって様々な問題を引き起こす。

「観光の意義を考えると、所得の向上や雇用の創出といった経済効果のみならず、交流人口の増加やシビック・プライドの涵養、国際理解の促進といった幅広いメリットがある。とりわけ少子高齢化に悩む地方圏にとっては、コミュニティを支える観光への期待は高く、極めて重要な産業分野と言える」のであり、真の観光立国を目指すならオーバーツーリズムは深刻に受け止めるべき問題である。

 

成功と失敗、2つの事例から学ぶ持続可能な観光実践のポイント

第1章から10章まで、テーマ別に具体的な事例で分かりやすく解説されており、海外の例も含め非常に参考になる。オーバーツーリズム対策だけではなく、持続可能な観光地運営を実践する上で学ぶべきものが多いはずだ。ここでは、稀少資源型の事例として、エクアドル・ガラパゴス諸島とネパール・ヒマラヤ山脈の対照的な内容を紹介したい。

徹底した教育で、観光に消費されない地域づくりに取り組むエクアドルの成功事例

エクアドル・ガラパゴス諸島では、現在に至るまで紆余曲折あったが、20年以上に亘って環境教育や啓発活動に熱心に取り組み、自然保護に関する意識共有とシビック・プライドを醸成してきた。3歳から高校終了までの間、徹底した環境教育が行われ、すべてのカリキュラムが環境と関連づけられている。特別法の制定によって、本土からの移住が原則禁止となり、島民が主体となることで、地域の経済、社会・文化、環境への配慮などマネジメントが機能している。学校教育にも、観光ビジネスに関連したカリキュラムが導入され、ある国立高校の調理科では、料理のプロを育てる課程が設けられた。ハイエンドな観光客の満足度を高める食事を提供するため、島内の食材を活用したレストランも運営されているという。漁民が禁漁期に観光ビジネスに携わるブルー・ツーリズムの試みなどもある。島民のみが資格を取得できるガイドの仕事は、子供たちにとって憧れの高度な専門職となっている。2024年8月からは、外国人の入域料を従来の2倍、200ドルに改訂した。今後も、環境と観光を両立しながら、住民・地域・動植物・来訪者の誰もが、唯一無二のガラパゴスのすばらしさを享受しながら、幸せの連鎖が続きそうである。

主体者不在の観光地、消費されるだけのヒマラヤ山脈の悲しい例

一方、ネパール・ヒマラヤ山脈は主体となるべき住民・地域が不在で、観光に消費される悲しい事例だ。水質、土壌の汚染や生態系への影響、ごみ投棄など環境への影響は深刻である。登攀(とうはん)ルートの渋滞によって、安全が脅かされ、死者・行方不明者数も増加する。低価格ツアーが大量販売されることで、経験の浅いガイドやシェルパが動員され、ツアーの運営にも悪影響を及ぼす。登山経験の浅い入山者が増え、現地ガイドの負担が増える。過酷な環境で登山者から酷使されるため、国外の登山ガイドに転じるケースや、子供に継がせることに消極的になり、後継者不足の問題など、人財が失われていく。経済活動が登山客に依存しているため、現地ガイド、地域が主体となれず、抜本的な対策は講じられないまま、負のスパイラルが続く。

 

問題発前から、オーバーツーリズムへ向き合うことが欠かせない

本書の最終章「オーバーツーリズムへの向き合い方」の中で著者は、「オーバーツーリズムは現在、日本の大半にとって身近で切実な問題とは捉えられていない。それらの地域にとって『観光客の集中による弊害』はむしろ贅沢な悩みにほかならず、『オーバーツーリズムに悩む立場になりたいものだ』と皮肉を込めて語る関係者は決して少なくない」と述べる。評者も同感だ。しかし、問題が起きてからでは遅いのだ。

評者は、この事態を観光がもたらす危機「観光危機」として、警鐘を鳴らしている。経済格差がますます進み社会が閉塞していく中で、観光による恩恵を何も享受していない人の怒りの矛先が、観光客に向かう可能性を非常に心配している。そうならないためにも、観光事業者が持続可能な観光運営を実践していくことは、環境危機の問題と同様に待ったなしの状況だ。

関連情報:

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文:一般社団法人JARTA 渋谷武明

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