インバウンドコラム
日本の観光変革に必要な人材とは?『観光地経営でめざす地方創生 ─ インバウンド獲得の司令塔となる世界水準DMOとは』
2024.11.27
『観光地経営でめざす地方創生──インバウンド獲得の司令塔となる世界水準DMOとは』
著者:原 忠之 / 出版社: 柴田書店
インバウンド産業の成長と地方経済活性化のカギを握るDMO
「DMO」という言葉をメディアで見るようになって約10年が経った。Destination Management Organizationの略語であるDMOには、当初は「観光ビジネス活動体」(日経2013年4月30日)、その後は「観光まちづくり法人」(朝日2018年4月30日)など様々な訳語があったが、現在は「観光地域づくり法人」(観光庁)という言葉が定着している。DMOという組織の実態や存在意義を知るためには最適といってよいのが本書である。セントラルフロリダ大学で教鞭をとり、ディズニーワールドやユニバーサルスタジオを抱えて全米一の観光地域となっているフロリダ州(オーランド周辺)のDMOに詳しい著者、原忠之氏は日本でも政府や自治体のアドバイザーを務めており、全国各地でDMOや観光教育の制度化にも尽力している。
原氏の論旨は明確である。まず、外貨獲得の手段としてインバウンド客の来日奨励が重要だとしたうえで、輸出産業であるインバウンド関連産業の成長を通じて、関連勤労者の賃金を上げ、地方での就労機会と定住を促進できるとしている。それを実現するカギがDMOである。DMOのあるべき姿について、詳しくは本書を読んでいただくとして、上記を実現するためには、データ収集・分析にもとづくマーケティング、経営陣の多様性、宿泊税など多元的で持続的な財源の確保の必要性などが強調されている。原氏は、DMOの目的については、「少子高齢化で構造的に衰退する旅行代理店と観光協会の救済」ではないこと、DMO人材については「定性的な社会学や文化人類学」や「産業界出身者の現役時代の話」では不十分で、「定量的なデータで常に戦略を見直す」ことのできる知識がいるなど、日本でみられがちな傾向に釘を刺すことも忘れない。
日本でのDMO定着、発展に必要な「人材」に欠かせない2つの要素
日本がDMOの制度化を通じてインバウンド誘客を増やし、観光を通じた経済成長と地域活性化を実現するためには、原氏が示すようなアメリカの先進事例は、大いに参考となるだろう。その意味で、本書はDMOに関連する観光産業、政府・自治体、教育研究機関の人々に広く読まれるべきものである。一方で、日本でDMOが定着、発展するためには、いくつかの固有の課題があると考えられる。さしあたり、人材面に関して、アメリカに比して不十分な2つの要素をあげておこう。
グローバルとローカルをつなぐ視座
1つ目は、「グローバル」(世界)と「ローカル」(知識)をつなぐことのできる視座あるいは人材である。本書でも、日本人(あるいは地元の人たち)の感覚を過信しないで、観光地のストーリーを構築し、それをPRすることの重要性が論じられている。文化や価値観、文脈の共有度が高く、行間や空気を読んだり、暗黙の了解のもと会話が進み、分かりにくいと言われるハイコンテクストな日本文化をその外部にいる人々に向けて発信あるいは主張する力が求められている。
その一方で、持続可能性や多様性などグローバルな動向を把握し、それを自分の地域や現場で実践する能力も必要である。そういった「グローバル」と「ローカル」の間にある2つの矢印を理解することはますます重要になり、歴史学など定性的な分野について高度な知識を持つ人材の必要性も増していくだろう。
パブリックとプレイベートセクターを結ぶ能力
もう1つは、「パブリック」(公)と「プライベート」(民)を結ぶ能力である。DMOは、地域全体の発展(公正さ)を目的としつつも、収益を出すこと(ソロバン)も考える必要のある組織である。つまり「パブリック」と「プライベート」の双方への視点が必要であるが、DMO運営のプロのみならずNPO・NGOや民間財団・公益企業を経営する人材が豊富かつ循環しているアメリカと異なり、長年にわたって「公」を「官」が独占してきた日本社会には、そのような2つの領域を行き来できる人材や資源が乏しい。
「グローバル」と「ローカル」、「パブリック」と「プライベート」、これら2つをつなぐ人材が起爆剤になる。評者がDMOや観光に期待することはこれである。そして、この課題は、観光のみならず、文化やスポーツでも共有されていると考える。
日本は、映画や繊維織物をはじめ優れた文化作品や物産品を生み出しながら、その輸出(=魅力の解釈と翻訳)を海外エージェントに依存しており、制作者や職人をとりまく製作環境の改善はグローバルな動向をふまえつつ官民連携で取り組まねばならない状況にある。スポーツをみれば、東京五輪の「レガシー」となってしまった汚職事件(係争中)は、当事者や関係者の公私の線引きへの無視や無関心がもたらしたものであり、パリ五輪で振るわなかった競技分野は、ルール変更をはじめとするグローバルな動向把握と対応が失敗の一因と報じられている。その意味で、観光経営分野の人々だけでなく、さまざまな分野に足場をおく人々が本書を通じて気づきを得られるだろう。
文:神戸大学准教授 辛島理人
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