インバウンドコラム
著者:高橋一夫/ 出版社: 学芸出版社
本書は、DMOや自治体の現場で観光政策に関わっている人にとっての総合的な入門書である。長らく旅行会社に勤め、現在は大学で教鞭をとりながら、DMOの運営やワールドマスターズゲームズの誘致を通じて日本の観光振興に尽力している観光地経営の第一人者による一冊だ。本書では、自治体が観光政策を立案し、DMOがそれを実現するという関係づけがなされ、マーケティングとマネジメントの「勘どころ」が示されている。 |
国内外の事例で学ぶマーケティングと地域づくり
自治体は定期的な人事異動によって職員が専門性を持つことが困難であり、DMOにおいても第三セクターという経営形態が多いため、財源の確保や職員の士気の向上・維持に課題を抱えている。こうしたジレンマや葛藤は、観光地経営に取り組んでいる各地で共通して存在してはいないだろうか。本書では、そういった問題の解決につながるような手がかりが示されている。
顧客の設定とブランドの構築、文化資源の活用とプロモーション、DXといったデスティネーション・マーケティングの説明からはじまり、オーバーツーリズムの対策や、観光を軸に地域で産業クラスターを形成する手法までが、神戸、豊岡、瀬戸内、イタリアなど事例を交えて紹介されている。インバウンドやオーバーツーリズムといったテーマで、公的機関や民間メディアが観光分野のオンラインセミナーを多数開催しているが、本書は、それらを受講する初任者・初学者にとって、予習・復習に活用できる手引書となっている。
世界水準のDMOをどう育てる? 観光人材育成の出発点
2015年に日本版DMOの登録制度を始めた観光庁は、世界に誇れる持続可能な観光地域づくりを行う「世界的なDMO」の形成を目指している。その一環として「先駆的DMO」を選定する施策が進められているが、ハワイ、バルセロナ、ナパバレー(カリフォルニア)のような観光地経営の先進地を日本で生み出すには、その担い手の養成がカギとなるだろう。
そのためには、DMO経営のプロが育つ環境を整備する必要がある。この点については、評者がこれまでに別稿でも詳しく述べてきたが、観光地経営人材には、パブリック(公=公益性)とプライベート(私=収益性)、ローカル(地域の特性・魅力)とグローバル(持続可能性な観光など世界的な潮流)という二つの軸において、それぞれ橋渡しする能力が必要だ。本書は、そのような高度な観光経営人材の育成のあり方を考えるうえでも出発点となる書籍である。
文:神戸大学准教授 辛島理人
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