インバウンドコラム

withコロナ時代を見据えた気仙沼DMOの観光戦略と新たな挑戦 データに基づきマイクロツーリズムやプレミアム体験に注力(後編)

2020.07.17

堀内 祐香

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東日本大震災からの復興計画の中で観光業を基幹産業として育てることを決めた宮城県気仙沼市。気仙沼DMOは、これまで3年かけて蓄積してきたマーケティングデータを活用しコロナ禍においても迅速に施策を展開してきた。後編では、移動自粛解除や国内の移動解禁を受けて徐々に戻りつつある観光需要を刺激するための施策のほか、これまで温めてきた新しい取り組みについても伺った。

前編:震災復興から歩みを進める宮城県気仙沼の観光戦略、スイスDMOを参考にデータに基づいたマーケティング実践

 

 

withコロナの観光戦略マイクロツーリズム推進で近場からの利用を狙う

6月19日、県を跨いだ移動が解禁され、観光業再開の動きも見え始めた。気仙沼でも、緊急事態宣言下で休業や時間短縮営業を余儀なくされていた事業者が徐々に通常営業を再開している。

そのような状況下で気仙沼DMOが着目するのはマイクロツーリズムだ。今後、感染症拡大の第二波、第三波が発生し、規制と緩和を繰り返しながら緩やかに旅行需要が回復することも見据え、まずは近隣に住む既存顧客をメインターゲットとした施策を展開する。                           

マイクロツーリズムや近隣からの観光客の需要を取り込む動きは、日本だけでなく世界的なトレンドだが、気仙沼ではデータに裏付けされた根拠がある。気仙沼版ポイントカードの会員であるクルーシップ会員の属性を見ると、気仙沼市外会員のうち3割強を占めているのが仙台市などの宮城県民だ。宮城県最北端に位置する気仙沼では、一ノ関市をはじめとした岩手県の会員の割合も高いが、宿泊も見込めると判断した宮城県在住の会員を最重要地域に設定した。2019年に気仙沼中心エリアで行った街頭アンケート調査でも、宮城県からの来訪が55%と一番大きい。また、2019年の宿泊統計調査からも、市内宿泊の37.5%が宮城県ということが分かっている。さらに、岩手県含む東北圏からの来訪のピークは秋だったのに対し、宮城県民のピークが6-8月だったことも決め手となった。

 

取得したデータを活用し、市場のニーズを踏まえたサービスづくり

そこで7月10日からは、宮城県在住のクルーカード既存顧客を対象に、気仙沼への再訪と宿泊を促すべく、加盟店の宿泊施設利用で3000円相当分のポイントをプレゼントするキャンペーンを開始した。

実は、当初は宿泊客への値引きキャンペーンを想定していたが、クルーシップ会員へのアンケート結果、お得に買い物できるポイント付与の方が、よりニーズが高いことが分かった。同時に観光に関する情報収集の方法や気仙沼の魅力についても調査し、会員に対して訴求するコンテンツや告知媒体の絞り込みも行った。

「作り手側の想いや、経験や勘を頼りに顧客に提供するサービスやコンテンツを決めうちするプロダクトアウトの発想ではなく、ターゲット顧客や市場のニーズを正しく把握したうえで、商品やサービスを作るマーケットインの発想で判断している」(一社)気仙沼地域戦略で事務局長を務める小松氏は、顧客データベースを所有しているからこそのメリットを語る。

 

「応援消費」をキーワードに、市民が事業者を支援する仕組みを構築

クルーカードの市外会員には来訪と宿泊を促すキャンペーンを展開するが、会員の半数以上を占める市内向けのキャンペーンにも力を注ぐ。特に市内向けには新しい視点を取り入れた施策に挑戦する。

コロナ禍で話題になったクラウドファンディングを参考に「応援消費」に着目した。「今は訪れることができないけど、窮地に陥っている事業者を助けたいという“応援消費”へのニーズは注目度も高く、実際に応援消費した人の満足度も高い」小松氏はそう話す。

実際に、ジャパンネット銀行が実施した応援消費に関する意識調査によると、応援消費は誰かの役に立っている実感を得たり、自分自身の活力にもなると実感できたりする効果があり、その満足度は94%にのぼる。

そこで「応援消費」をコンセプトにし、フレー!フレー!地元キャンペーンの第二弾を始めた。クルーシップ加盟店での消費に応じて、加盟店に対して現金で還元する仕組みを取り入れる。買い物すること自体が地元店の応援に繋がることを訴求し、消費を促すというものだ。また、消費に応じてクルーシップ会員にもポイントを付与することで、会員にとってもメリットがでるようにしている。

「7月1日のキャンペーン開始から2週間が経過しましたが、キャンペーン開催の前の週や昨年同期比と比較すると、クルーシップ会員による売上が130%となり、3割増の結果が早くもでている」キャンペーンの効果について、気仙沼地域戦略の玉川氏は話す。

 

気仙沼のヘビーリピーターを囲い込むプレミアム顧客向け施策スタート

もう一つ、これまで温存していた新たな施策もこのタイミングで着手する。DMO設立時にツェルマット観光局での視察を通じて学んだ「プレミアム顧客向け施策」だ。

ツェルマットでは、繰り返し地域を訪れるヘビーリピーターの方にバッジをプレゼントし、バッジをつけた方をプレミアムなお客様として、地域一体でより丁寧に暖かく迎えている。この取り組みを参考に、気仙沼DMOではクルーシップ会員の中からプレミアム顧客を設定した。まずは、気仙沼市外の宮城県に住む会員に絞り、2019年の実績からクルーカード利用5回以上かつ利用金額5000円以上という条件で顧客を抽出し、限定の非公開コンテンツにモニターとして招待する。提供する非公開コンテンツは、アンケートで会員からの関心が高かった野外でのダイニングアウトと気仙沼湾クルージングの2つに絞った。「モニター参加者には事後のアンケートに回答してもらうことで、商品化や今後コンテンツの改善にも繋げていく」モニター会員からのフィードバックも欠かさない。

 

気仙沼の生産者に焦点をあててその魅力を発信

着々とマーケティングデータを収集し、会員へのアンケートをもとに施策を展開する気仙沼DMOだが、地域の新たな付加価値創出によって、気仙沼という地域が抱える大きな課題を解決しようと取り組んでいる。

気仙沼の抱える課題の一つに、地域経済循環率の低さが挙げられる。2013年時点のデータだが、気仙沼の地域経済循環率は34.2%と低水準にとどまっている。なお、水産業、食料品、林業を除いたほぼ全ての産業で域外流出が発生しており、その金額は数百億円規模にのぼる。特に、東日本大震災以降、インフラや建築関連産業など、復興関連の予算分配の多くが域外流出しているのが現状だ。今後、経済循環率を高めるためには、域内調達率のアップが欠かせない。地域で生産したものを地域で消費する「地産地消」を超えて、地域で消費するものを可能な限り域内で生産する「地消地産」という考え方を軸に、域内循環を高める。最初のステップとして、行政との連携により産業連関表を作成し、気仙沼市の経済構造を相対的に把握するべく準備を進めている。

他方で、「地消地産の考え方を気仙沼市民にも身近に感じてもらいたい」と、その考えをわかりやすく伝える取り組みも進めている。

その一つが、気仙沼の主要な農産品や海産品の生産者の方に焦点をあて「どういった商品を作っているのか」「商品のおすすめポイントやこだわりは何か」など、その裏にある想いや過程などのエピソードをストーリーにして発信するというものだ。

生産者や商品への魅力だけでなく「その商品はどこで購入できるのか」「商品を使ったおすすめレシピ」など、具体的な行動に繋がる情報も発信し、その魅力を多面的に伝えていく。「クルーポイントを活用した施策は、どうしてもお得感を出す値引き施策に偏りがち。気仙沼ならではの付加価値を作り出すことも必要」その理由について小松氏はそう語る。

市場や顧客のニーズやデータをもとにしたマーケティングの重要性は認識しつつも、データ一辺倒の施策に傾倒しているわけではない。地域が抱える課題に向き合うことや、データから切り離して新たな付加価値創出の模索にも忘れずに取り組んでいる。

 

ふるさと納税を活用した自主財源の確保

さらに、気仙沼DMO自体が現在抱える課題の一つに「安定した自主財源の確保」が挙げられる。現在、気仙沼DMOの財源の多くは行政からの補助金で賄っているが、使用用途や条件に制限もあるため、施策実施までのスピードや柔軟性という点で課題もある。

現在は、全国のDMO関連組織からの視察受け入れに伴う収入を自主財源として活用するが、金額も多くはない。「今後、より一層機動的かつ柔軟に施策を実施できるよう、自主財源確保の強化も進めている」と小松氏は語る。

今後の財源確保の一つとして、ふるさと納税の仕組みを活用する。気仙沼市へふるさと納税する際に、気仙沼DMOに関わる返礼品のラインナップを新設し、納税者がDMOの商品を選ぶと、その一部をDMOが受け取れるようにする。今年の秋にはスタートする予定で、着々と準備を進めている。返礼品には、気仙沼クルーシップ加盟店で使えるポイントのほか、事務局セレクトの地元のギフト詰め合わせやプレミアム体験などを用意する。

▲気仙沼DMOのマーケティングツール気仙沼クルーカード発表会の様子

 

クルーカード事業の更なる拡大に向けた財源も確保

ふるさと納税を活用した財源確保に加え、クルーカード事業の更なる拡大に必要な財源確保も進める。新規会員の獲得や加盟店数のアップ、加盟店の購買単価向上や売上拡大には、気仙沼DMOによるきめ細やかなサポートが欠かせない。より一層取り組みを強化するべく、クルーシップ会員の売り上げの一部を財源として確保する予定だという。

なお、東京や京都、大阪など都市部で最近導入が進む宿泊税も検討しているのか伺ったところ、「今現在、宿泊税は、既に観光業が成熟している地域や、一定規模の宿泊客が見込める地域での実践は良い施策かもしれない。ただ、気仙沼は観光地としては発展途上。これから観光業を伸ばそうとする現段階での宿泊税導入は宿にのしかかる負担も大きく、現実的には難しい。観光業が定着し、市場が成熟したうえで検討を進めるのが良い」と小松氏は話す。

 

地域経営を担うDMOに対して、データを活用した科学的根拠に基づいたマーケティングへの期待は高まる一方だ。しかしながら、自治体主導で行う観光調査や宿泊統計を頼りにしている地域も多い。それ自体を否定するものではないが、テクノロジーの進化が進むなかで、DMOが主体となってデータを取得し、そのデータをマーケティングに活用している珍しい事例の一つだろう。
地域によって抱える課題は様々であるため、今注目を集める施策をやみくもに何でも取り入れるのではなく、地域ごとの実情や優先して解決すべき課題に応じて柔軟に考え、施策を取り入れることが大切と言えそうだ。

(取材 執筆:堀内 祐香)

 

プロフィール:

(一社)気仙沼地域戦略  事務局長 小松 志大氏

IT企業で調達・物流、経営管理コンサルタントとして従事後、2013年から公益社団法人経済同友会の「東北未来創造イニシアティブ」に参画。気仙沼市を拠点に、地域リーダーの育成や地域資源発の新規事業創出、地域経営の仕組みづくり(DMO)に取り組む。2017年気仙沼市役所に入庁。2020年4月から現職。中小企業診断士(経済産業大臣登録)の資格を保有。

 

(一社)気仙沼地域戦略 玉川 千晴氏

2012年気仙沼市にUターン後、地元新聞社編集局に勤務。2018年9月から(一社)気仙沼地域戦略にて、WEB運営やメルマガ配信をはじめ、顧客情報に基づくプロモーション施策や効果検証など、マーケティング、プロモーション全般を担当。他にも地域づくりの一環として、簡易的な野外空間の活用・挑戦の場づくりとしての「けせんぬまヤタイ」の運営や地域住民とともに気軽に始める農業「LUCKY FARM」にも取り組む。

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