インバウンドコラム
【DMO研究:秋田犬ツーリズム】地域で稼ぐ仕組み作り。アフターコロナのインバウンド誘客目指し、台湾・シンガポールとオンライン農泊や住民意識調査を実施
2021.01.05
大須賀 信(日本観光振興協会)「日本版DMO 候補法人登録制度」創設の2015年以来、各地で設立されているDMO。現在「登録DMO」174、「候補DMO」119団体となっています。一方でその運営方法については、地域ごとに異なる状況の中、手探り状態の所が多いのも事実です。
どのような背景・ミッションを掲げ設立したDMOで、直面する課題や不安にどう対処していこうとしているのか。これまでのような編集サイドによる記事ではなく、地域連携DMO「秋田犬ツーリズム」の事務局長を務める大須賀信氏が、DMOに携わる視点で、それぞれのDMOの現在の状況、課題、取り組みなどを詳しくみていきます。第一回は、自身が携わる「秋田犬ツーリズム」を取り上げます。
秋田犬をフックに、地域の稼ぐ仕組み作りのために設立
地域連携DMO「( 一社)秋田犬ツーリズム」
【設立の背景】
高齢化・人口減少が著しい地域で、世界的知名度のある「秋田犬」をフックに、交流人口を増やし、地域の価値向上による観光の産業化を図り、秋田県大館市、北秋田市、小坂町、上小阿仁村の4市町村が連携して地域の稼ぐ仕組みを作っていくことを背景に2016年4月に設立されました。日本版DMOとしての登録第1号(2017年11月)で、東北で登録された2法人のうちの1つです(もう1つは、東北観光推進機構)。
【組織構成・規模】
・会 長 中田 直文
・専務理事 阿部 拓巳(大館市観光課主幹)
・理 事 6名(会員市町村から官民の理事を選出)
・監 事 2名
・事務局長 大須賀 信(プロ人材)
・事務局員(CFO・CMO含む)8名
うち2人は外国人:シンガポール人、香港人
・このほか連絡調整会議・同幹事会・DMO担当者(構成自治体職員)会議を会議体として有し、立体的な組織構成としている。
高齢化に直面する日本の他地域や、アジアの国々の見本となるべく
【ミッションと主だった活動】
2045年には今より4割も人口が減ることが予測されている秋田県大館市、北秋田市、小坂町、上小阿仁村の4市町村。急激な人口減少に見舞われ「縮みゆく」地域社会でありながら、「交流人口の増加で住む人が減っても来る人が増え、住民がこの土地に誇りと愛情を持て、健康で文化的な生活ができる社会を作り上げていく事」をミッションとしています。
秋田県はただでさえ47都道府県の中で高齢化率が1位(37.9%)で、その中でも最も高い状態となっているこの地域(上小阿仁村56.8%、小坂町46.2%、北秋田市45.4%、大館市39.9%)。このような課題先進地域だからこそ、その課題解決の成功事例になるためには、DMOの役割は極めて重要なものとなっています。日本の他の地域もやがてほぼすべてがこのような状態になります。さらに言えば、アジアの他の国も遅かれ早かれ同じ問題に直面します。その時に「秋田県ではどのように難局を乗り越えたのか」という成功事例を作ることがミッションだと考えています。
役割その1:インバウンド対象市場をセグメントし情報発信
行政や観光協会との役割分担はきちんとなされており、DMOは原則としてインバウンド関連の観光振興がその役割となっています。
まずは、デジタルマーケティングを実施するにあたり主要対象市場とする国・地域にセグメントしました。NetBaseというシステムを使いSNSなどのデータ解析を実施、秋田や秋田犬に興味のある市場、層を分析。メインターゲットとしてシンガポール、香港、アメリカ東海岸をメイン市場として選定しました。台湾は競争相手が多いのであえて避け、アジアでもきわめて一人当たりの所得が高く、訪日客も人口あたりで多いのも決め手になりました。市場ごとにペルソナもきちんと策定し、効率的なマーケティングを実施しています。さらに次のセグメントとして台湾、タイ、ロシアを対象にしており、主にSNSなどを中心に情報発信をしています。
CMOも香港人女性が担っています。最近では、パンフレットもそれまで同じデザインでの多言語翻訳版だったのを、言語ごとに構成・デザインを変えるなどよりセグメンテーションを重視しています。
役割その2:地域産品の磨き上げと販売
さらにこの規模のDMOとしては珍しいかもしれませんが、物産にも力を入れているのが特徴です。地域産品の磨き上げとして大館を中心に枝豆を「朝採れ枝豆」としてブランド化し首都圏や海外への販路拡大を図っています。ナショナルブランドとのコラボレーションで「秋田の枝豆」というスナック菓子も販売し収入の柱となっています。
▲地域産品の磨き上げや販売にもDMOが関わり、収益の柱ともなっている
また、近時「こだわりAKITAセレクトショップ」というネットショップを立ち上げ、スモールビジネスを展開する地域の事業者にプラットフォームを提供し、地元企業の販路拡大を手助けしています。
役割その3:AIを活用し、地域社会への先進技術を導入
よくDMOは「地域の観光振興の旗振り役に」と言われますが、弊社では「地域社会への先進技術導入の旗振り役」も担っており、はAI(人工知能)の活用も進めています。自社のウェブサイトにはAI秋田犬「mofuu」がいて、日本語・英語で観光情報を提供しています。さらにネットショップにも自動接客AI「SELF LINK」を導入し売り上げを伸ばしています。
DMOの必要性を認識してもらうため、意識調査を活用
【現状改善のために】
DMOの財源としては基本、来年度までは地方創生推進交付金であり、その後の財源確保を現在構成自治体と前向きに協議中です。その一つとして、主に物産事業を通して自主財源をできるだけ増やす努力もしています。
自主財源増やすために海外事例なども研究
財源については、国内の事例や海外の事例を現地視察もしながら研究。その結果、この地域は、他の有名な観光地ほど宿泊施設や観光施設がないため、宿泊税・入湯税などがそぐわないことがわかりました。海外の事例を研究したところ、コロナ禍での観光客急減で、米国のDMOなどは財源不足に悩まされ、職員の解雇・事業整理などに直面。カナダなどでは緊急時のためのファンド積み立てや公的支援の検討に入っているようです。
秋田犬ツーリズムでは、間接費は構成自治体の負担として職員が安心して働けるための財源とし、その他の事業費には、補助金活用や、自前の財源(物販など)から引き当てるのが妥当だと考えています。この点でも他のDMOの模範になれるように努力をしています。
地域からの評価を見える化するべく、日本で初めて意識調査を導入
DMOの活動が地域からどのように評価されているかを診断するために、アメリカを中心とした11カ国230の地域で実施されている「観光地域意識調査Destination Next」を日本で初めて秋田犬ツーリズムが導入、2020年1月に実施しました。その結果などから自治体側にもDMOの必要性、有用性が認識されてきています。
補助金を活用しながら国内プロモーションも
現在、COVID-19の世界的流行で、インバウンドはもちろん期待できませんが、中小企業庁のJAPANブランド育成支援事業や秋田県の観光地創生支援事業など、様々な補助金を柔軟に活用して、本来の事業にない県内の誘客を中心とした国内プロモーションも行っています。
財源確保をはじめ、高齢化・人口減少、二次交通などの課題と直面
【どのような課題、不安を抱えているか】
どこのDMOも真っ先に課題としてあげてくるのは「財源確保」だと思います。弊社も例外ではありません。特に、プロパー職員が8割以上を占めるので、安心してプロフェッショナルなプロパー職員が働ける環境を整えることが課題です。
また地域の急激な高齢化・人口減少のスピードは年々増し、予測よりも下振れして状況は深刻になっています。二次交通も含め社会基盤がどこまで持ちこたえられるかも課題です。
【課題解決の障害】
障害という言葉が適切であるかどうかはありますが、財源確保に関しては他地域の宿泊税・入湯税のようなものの導入は検討をしましたが、難しいと考えています。古くからの観光地で観光客入込数が一定程度あり宿泊施設がたくさんある地域ならば地域社会の理解も得られやすいでしょうが、当地域はそうでなく、ビジネス客も多い中での宿泊税等の徴収は困難を極めるとの判断です。DMOへの財源という紐づけは難しいでしょう。
高齢化・人口減少に関してはもはや止められるものではなし、地元の交通機関も抜本的な構造改革が難しい状態です。
【課題解決のための策と見通し】
財源確保に関しては、先述のように構成自治体と協議を開始していて「アフター交付金」のDMOの在り方を前向きに話し合っています。「DMOがインバウンド関連は担う」「行政ではできない柔軟でスピーディーな対策は専門人材集団のDMOが最適」というコンセンサスは取れつつあります。また、ネットショップも含めた物産事業の収入も着実に増加していて、間接費の安定確保を目指し、その他を様々な受託事業や補助金を活用して事業を行う方向が現実的ではないかと考えています。
高齢化・人口減少の問題はDMO単独で解決できる問題ではありません。ただ、例えば二次交通に関しては、エリアの要である秋田内陸縦貫鉄道と緊密な連携を図り、その観光活用はまさに二人三脚で行っております。またそのほかも、小さな成功事例を積み上げるべく、小規模のMaaS的なもの、例えば上小阿仁村ですでにある全国初の実用化を実現した自動運転サービスを軸に関係者を束ねていくことを始めています。
回復期のインバウンド誘客を意識しながら、住民ファーストのDMO
【これからの動きについて】
住民との距離が近い「地域づくり法人」
DMOは「観光」地域づくり法人とよく呼ばれますが、より住民との距離を近くし「地域づくり法人」になっていくのが目標です。地元の教育機関との連携を強めているのもその一環です。DMOと地域住民が一緒になって社会を変えていくのが目標です。そして、少子高齢化・人口減少社会を克服した成功事例として将来日本だけでなく、海外からお手本にされるようなDMOになっていけばと考えています。
コロナ禍において頼られる存在に
コロナ禍の中で、DMOが住民から頼られるようになってきたと感じています。感染予防対策やテイクアウト促進事業、県内誘客キャンペーンによる宿泊施設応援、ネットショップ出店料免除、ベトナム人技能実習生モニターツアーなどを矢継ぎ早に行ったおかげで、連絡調整協議会の会員もコロナ禍の前より3倍になり、「仲間」が増えたと実感します。
またかねてから「北東北DMO連携会議」を主宰して近隣DMOとの緊密な関係を築いていますが、この連携を活かし、北東北を日本のDMOの先進地域にしていきたいです。
DMOにとって、ではなく、地域社会にとってよいことをすることが結果「よいDMO」を創る、という信念があります。そのことを忘れずに、常に「住民ファースト」のDMOでありたいと考えています。
【半年後・一年後に向けた動き】
台湾やシンガポールとオンライン農泊イベント
現在はコロナからの回復期に向け、台湾やシンガポールとオンラインで結んで複数回農泊体験イベントを実施。地元テレビ局の事業に乗り、台湾でのイベントに秋田の地域産品や観光情報を出したところ、視聴者総数3000名、2万のリーチ数(情報接触者数)に。アーカイブ映像含む総再生回数も約1万4千回(1月4日時点)になりました。視聴後のアンケートで「実際に訪れたい」と答えた視聴者の割合が9割以上となり、そのうち「コロナ終息後に行く」と答えた方の割合も約9割となっていました。
今回の配信で、該当エリアに対するコロナ後の旅行以降について、ポジティブな態度変容を大きく起こすことができたと実感。「アフターコロナ」の時代に選ばれる地域になれるよう奮闘しています。
▲オンラインとオフラインのハイブリットで実施したオンライン農泊イベント ▲秋田県各地と台湾のテレビ局を結び山歩きや、きりたんぽ体験など盛り沢山のコンテンツが用意された
また、農泊の開業を後押しし、ワーケーションなどの受け皿も整備していくべく関係諸機関とタッグを組んでいます。実際に上小阿仁村に農泊がまもなく開業するので成果が出つつあります。
様々な施策を打つ中で、2020年8月には観光庁の「重点支援DMO」に選定されたことで、事業展開もスムーズに行えるようになっていくと感じています。
【回復期のインバウンドに向けた動き】
秋田の「ファン」を作ることを目的に、受け入れ態勢、商品造成も
秋田犬手洗い動画や秋田の地元の料理動画などを多言語で作成し、コロナ禍でもメッセージ性の強いものを発信してきました。先述のオンラインイベントもそうですが、常に回復期のインバウンド誘客を意識しています。ベトナム人技能実習生モニターツアーも将来インバウンドとして秋田に来てくれることを願い、秋田の「ファン」を作ることを目的としています。受け入れ態勢整備、着地型旅行商品の充実も手綱を緩めず推進しています。
(執筆:秋田犬ツーリズム事務局長・大須賀 信)
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