インバウンドコラム

【DMO研究】大洲市の地域DMOに学ぶ、歴史的資源の「保全・活用」で稼ぐ町づくりの秘訣

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愛媛県南予地方に位置する大洲(おおず)市。「伊予の小京都」とも呼ばれ、市の中心部には江戸時代に大洲城の城下町として栄えた町並みが今も色濃く残り、この古き良き町並みを味わいたいと、多くの観光客が訪れる。

今でこそ城下町の風情を堪能できる場所だが、5年ほど前までは、街の至る所に点在する空き家老朽化による解体の話が持ち出され、景観が失われる危機に陥っていた。市でも長年試行錯誤を重ねて取り組んできた空き家問題に対し、古民家ホテルや店舗として活用することで問題解決に導いたのが、2018年に立ち上がった大洲市の地域DMO「一般社団法人キタ・マネジメント」だ。

歴史的資源ともいえる空き家の古民家を改修し、分散型ホテル「NIPPONIA HOTEL 大洲城下町」としてよみがえらせるだけでなく、街のシンボルとして知られる大洲城を活用した1泊100万円の城泊を実現。「歴史的資源の活用」「高付加価値の創出」という2つの側面を取り入れた取り組みが、注目を集めている。

今回は、地域DMOがとる戦略や取り組みについて、一般社団法人キタ・マネジメントの企画課の井上陽祐氏と、ホテルを運営するバリューマネジメント(株)から大洲市役所へ出向する吉田覚氏に伺った内容を前後編の2回に分けてお届けする。
前編は、長らく放置されていた空き家をホテルに改修し、歴史的資源としてよみがえらせるに至った背景と事業スキームを中心に、井上氏に伺った話を詳しく伝える。
なお、インタビューを行ったのは、公益社団法人日本観光振興協会の大須賀信氏。過去には、地域連携DMO秋田犬ツーリズムの事務局長を務めた。

 

DMO立ち上げの背景

城下町の景色消失の危機、保全と活用のスキーム構築にむけDMO設立

─ DMOの設立は2018年とのことですが、立ち上げに至る経緯について、大洲市の抱えていた地域課題も踏まえてお聞かせいただけますか。

井上:大洲市は鎌倉時代から現在の町割りが形成され、大洲城を中心とした風光明媚な城下町の町並みです。明治期の豪商の別荘だった臥龍山荘や、和洋折衷の建造物である赤煉瓦館といった重要な観光資源の周りに古民家が立ち並んでいます。中には江戸時代からの物件も残っていましたが、それらがどんどん空き家化、更地化し、地域課題の集積地と化していました。

▲景観維持のために残されていた古民家だが、様々な課題も抱えていた(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)

この問題に対処しようと、市では2009年には景観条例を施行、2012年には歴史的風致維持向上計画を策定するなど、城下町を守る施策に地道に取り組んでいました。古民家の所有者に対しても、屋根の修繕などに対する補助金制度がありました。しかし、所有者はほとんどが県外へ出ていってしまった方。長年放置されているので、隣りの家から、壁が崩れてきたとか、庭の木が敷地に侵入して邪魔だといったクレームが来る。そこで、何とかしようと補助金制度活用による修繕を検討したものの、年間200万円まで、全費用の2分の1までという上限付きなので、結局は所有者の手出しが発生する。そうなると選択肢は、空き家として放置しておくか、取り壊して駐車場にするという2択しかありませんでした。

そうしているうちに、2017年には、複数の大型物件を取り壊す話が同時並行で持ち上がり、いよいよ城下町の景観が危機に瀕する状況となりました。

─ 深刻な空き家問題を解消しようと、歴史的資源を活用した観光まちづくりへと本腰を入れて取り組んでいくことになったわけですね。

井上:大洲市のこれまでの取り組みのおかげで、町並みを保全し継承するという守りの素地はできていましたが、活用して稼いでいくという攻めの体制がありませんでした。この部分は行政ができる領域ではなく、民間事業者だからこそできることです。そこで、市の主導のもと、民間事業者が事業展開できるよう、また、金融機関の協力も得たうえで、古民家を改修し不動産として貸し出す開発計画が練り上げられました。この事業をマネジメントする組織として、「地域の文化を未来に繋ぐ」をミッションとした地域DMOの一般社団法人キタ・マネジメントが立ち上がりました。

 

不動産開発事業の仕組み

古民家改修の上、民間事業者へ貸し出しホテルを開業

─ 古民家改修については、どのような仕組みでやっているのでしょうか。

井上:古民家改修や貸し出しなどの不動産事業を行う組織として株式会社KITAを設立しました。DMOである(一社)キタ・マネジメントは株式会社KITAの管理を行っています。不動産事業の仕組みは、株式会社KITAが所有者から古民家を借り、ファイナンスを組んで改修します。そのうえで、ホテル等の事業者に貸し出し、事業者からは家賃という形で一定の金額を支払ってもらいます。固定家賃に加え、一定以上の売り上げがあった場合には、さらに売り上げの最大10%をいただくという2段階方式をとっています。そうして得た収益の一部を配当、および委託事業としてキタ・マネジメントに還元するという仕組みになります。私は(一社)キタ・マネジメントに所属していますが、株式会社KITAへ出向し、代表取締役を務めています。

古民家再生はかなり大きなお金が動き、銀行が絡まないと絶対進まない事業です。トータルで現在約12億円の投資を行っていますが、その半分は行政からの補助金、半分は民間調達です。民間調達分を、地元の伊予銀行を筆頭に、地元信用金庫、政府系金融機関、ファンドから行っています。

調達した資金を用いて改修した古民家を、分散型ホテルNIPPONIA HOTEL大洲城下町として開業しましたが、そのホテル運営は、民間事業者であるバリューマネジメント株式会社が担っています。

▲改修の上オープンしたNIPPONIA HOTEL大洲城下町。(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)

─ 改修された古民家は、分散型ホテル以外にも活用されるのですか。

井上:メインはホテルです。観光産業の規模を拡大するにあたって一番大切なのは宿泊施設です。なので、ホテルをたくさんつくろうと考えています。しかし、それではただのホテル街になってしまいますので、日帰りでも楽しめる店舗の誘致も進めています。地元の事業者が運営するクラフトビール工場や、カフェ、日本酒やワインの量り売りをする酒店などなど。古民家に入る新規のプレーヤーの方々には、地域一体となった高付加価値化事業等でも連携を組みながら、エリア全体の活性化を担ってもらっています。


▲改修された古民家は宿の他にも、愛媛の伝統工芸品を売るショップとして生まれ変わった(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)

─ これまでに何軒くらいの空き家を再生させたのですか。

井上:現在28室が稼働しています。最終的には2023年度末までにホテルとして活用される26棟32室と、観光事業者が運営する物件を合わせた31棟の空き家が再生、活用されることになります。町の中心で、空き家だらけだった通りではほぼすべてが改修されました。

 

歴史的資源を活用した観光まちづくり

地権者との交渉からご近所対応まで、泥臭い作業を1つ1つ丁寧に

─ 実は、以前DMOにいたとき、同じように古民家整備を行おうとしたことがあります。途中まで話は進んだのですが、土地を所有する地権者との交渉がうまくいかず、計画は御破算となりました。地権者や所有者との交渉において、苦労した点はありませんでしたか。

井上:実は、そういった地権者のケアこそが株式会社KITAの一番の強みで、彼らとの合意形成を得意としています。この事業自体はプロパティマネジメントという分野になり、古民家をひとつのプロパティと考えて、それらをリーシング(不動産の賃貸支援業務)しながらマネジメントしていきます。代表として私が実際に取り組んでいますが、一連のプロセスで欠かせないのが文化財への理解とご近所対応、議会対応。ここを特に大切にしています。私自身、大洲生まれの大洲育ちで、前職は総合商社に勤めていたので、投融資についての知識もあるし、ご近所のこともわかっているという強みはあります。

具体的には、現在お住まいの隣人さんとの交渉に加え、ご近所からクレームが出ないようにとのお願いがあったときは、ホテルからの視界を防ぐ間仕切りの壁を、我々の負担で建てたり、隣りの方の動線がきちんと確保できるように改修したりと、1軒1軒に張りついてかなり泥臭くやっています。

おかげさまで今は営業をかけずとも、物件所有者から相談が来るようになりました。最初は市に寄付しようと思ったけれど、キタ・マネジメントさんのところでどうですか、と地元の不動産会社さんからもお話が来るようになりました。

 

古民家を買い取らずに、賃借で事業を進める理由

─ 私が携わった際は、所有者が所有権を市に譲渡するという前提で話が進んでいました。それが、話を進める中で、所有者が事業に携わりたいという話や、先祖代々を祭る仏壇は動かさず、年に数回は拝みたいという話も出てきて、所有者の要望をもとにうまくまとめることができませんでした。

井上:我々は買い取りや、市への譲渡は基本的にしません。そもそも私たちがこの事業を行う目的は、関係人口の創出ですから、所有者から買い取ってしまうとそこで関係性を断ち切ってしまいます。そこで、15年と期間を決めたうえで我々がしっかり管理をし、建物の所有者に対しては、固定資産税は十分賄えるよう賃料をお支払いします。そうして15年間ホテルとして運用したものを16年目にお返しするというスキームで行っています。

 

▲改修前と後のNIPPONIA HOTEL大洲城下町MUNE棟、外観の趣は残しながらも心地よく滞在できるよう整備した(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)

また、仏壇の問題は、我々が手掛けた事業でも起こりました。仏壇のお位牌を一旦別の古民家に移動させて改修を行ったうえで、元あった建物に戻しました。なお、仏壇のある部屋にはカギをかけ、所有者の方が自由に出入りできるような導線を設けたうえで、基本的には全部貸していただきました。

 

「歴史的資源」である古民家を扱うにあたって大切なこと

─ 買い取りでなく、賃料をお支払いして借りる手法のほうがよかったなと思いながらお話しを聞いていました。古民家再生にあたって気を付けることはありますか。

井上:古民家なら何でも再生できるかと言ったらそうではありません。「歴史的資源」として価値があるからこそ再生できると思っています。ですから、どのような人が使っていたのか、背景や歴史がわからない物件を手掛けることは基本的にありません。所有者の方からお借りする際には、その物件にまつわる歴史や文化を勉強します。城下町の町割りの地図などを見ながら、どういう人が住んでいたのかなど物件の歴史をしっかり把握したうえでマネタイズしていくというスタンスを大切にしています。目標は、エリアのマネジメントをしていきながら、この愛媛県の中で歴史的資源を活用した先進地として確立すること。そのためにも、こうした取り組みは大切にしていきたいです。

▲大洲城の正面に位置するSADA棟からは大洲城を眺めることができる(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)

 

地域住民の方が誇りを持ち、自慢したくなる場所であり続ける

─ 歴史的資源の活用を進めるうえで、住民の方々とはどのような関わり方をしていますか。

井上:住民の方に対しては、NIPPONIA HOTEL大洲城下町の開業を始める前に、古民家や文化財の利用についてのシンポジウムを開き、ご近所の方にお声掛けして、内覧会を行っています。住民の方が自慢できるようなホテルにしていくことを意識して実行しています。たとえば住人のお孫さんが帰ってきたときに、「あそこ泊まってみいや」という会話が自然に出るようにしたいと思います。

▲地域の方を対象に行った内覧会(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)

また、2021年12月に、大洲市内で7件ほどの家屋が類焼する火事が起きました。出火元はお住まいだったのですが、類焼したのはすべて空き家でした。ホテルには無線連動式の火災報知機の設置や消火器の設置が義務付けられているので、万一火災が発生してもホテルマンが駆けつけて初期消火にあたることもできます。空き家が改修、活用されることで、町の耐久性、サステナビリティがあがることも、内覧会では伝えています。

あくまで住民が主体で、住民の方に理解してもらったうえで応援者になっていただく。力を入れて弊社が今取り組んでいることです。

─ 素晴らしいですね。歴史的建造物を利活用する不動産事業スキームは、同じ課題を抱える地域にとって学びの宝庫だと思います。

井上:視察の受け入れ研修も行っており、2021年度は16組の受け入れを行いました。メニューはいくつか用意していますが、不動産事業スキームの紹介はご要望の多いテーマです。皆さんに大変満足していただくと同時に「これは是非全DMOが受けるべきだ」という感想も頂戴しています。

─ ここまでありがとうございます。後半は、1泊2人で100万円の大洲城キャッスルステイ誕生秘話と、インバウンド向けのプロモーション戦略を中心にお伺いしたいと思います。

 

>>次記事:1泊100万円の城泊を展開、地域DMOキタ・マネジメントの「手放す」インバウンド戦略

 

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