インバウンドコラム
九州の西端、長崎県の南部に位置し、約40万人の人口を抱える長崎市。鎖国政策をとる江戸時代に国内で唯一、西欧との窓口であった出島や中国人居住区があったことでも知られる。外に開かれた気質に富む土地柄は、こうした歴史によって形づくられ、今も独特の異国情緒で旅行者を魅了する。地域資源を可視化させた、まち歩き観光「長崎さるく」に代表されるように、観光地域づくりにも長年取り組んできた。
2021年11月には、複合型MICE施設「出島メッセ長崎」がオープン、そして、2022年9月には、佐賀県武雄市との間に西九州新幹線が開業するなど、今後ますますの来客が期待されている。
▲世界遺産に登録された軍艦島(提供:一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会)
変革のうねりの中、観光分野やMICE振興事業を牽引するのが、2018年に地域DMOとして登録された一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会(DMO NAGASAKI)だ。2019年から推進本部長(事務局長)として活躍する豊饒(ぶにゅう)英之氏に、4年間をかけて強化していった組織体制づくりと、長崎市観光・MICE戦略におけるDMO NAGASAKIの役割を聞いた。
インタビューを行ったのは、公益社団法人日本観光振興協会の大須賀信氏。
▲DMO NAGASAKI推進本部長の豊饒英之氏(左)とインタビュアーの大須賀信氏(右)
DMOのマネジメント術、組織づくりと事業者との関係構築
異業種からの積極的なスタッフ採用で強い組織づくり
─ 2019年に着任されてから、内部の組織体制づくりの強化に尽力されたと伺いました。どのような仕組みで行っているのか、また、組織づくりにおいて重視しているポイントもお聞かせいただけますか。
現在、事務局スタッフは21人います。基本はプロパーと契約社員です。事務局長である私の下に、企画部門、営業部門、事業部門があります。企画部門は人事、財務管理とマーケティング、プロモーション、営業部門は法人セールス部隊とMICEセールスを行っています。事業部門は、事業者との連携、まち歩き観光「長崎さるく」の取り組みを行う、いわゆる地域の魅力づくりチームになります。
当初はスタッフの数も少なく、これとは少し異なる体制でした。長崎市はもともと観光行政が強い街で、その機能を民間側に移行させようという計画でした。ただ、当時、DMOは外部機関からの出向者が多く、任期も限られていました。そこで、異動のない専門的なスタッフを採用しようと、8人を新しく採用しました。
旅行会社など観光業界にいた人だけでなく、広告代理店、スポーツ用品メーカー、アパレルメーカーなど、さまざまな経歴をもつスタッフが、高いモチベーションを発揮して仕事をしています。
─ 素晴らしいですね。経験者を採用するとなると、たいていが観光事業者からの採用になりがちですが、あえて異業種から採用しているのは強みになるでしょう。
強み以外の何ものでもないと思います。基本的には、それぞれの能力が活かされるような人員配置をしていますが、あえてスタッフだけでなく部長にも挑戦する領域をやってもらったりしています。
▲DMO NAGASAKIで働く皆さん方(提供:一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会)
DMOは、「稼げる地域づくり」の舵取り役であることを説き続けた1年間
─ 地域事業者との関係構築はどのように進められましたか。
長崎という街は、歴史的に「よその人を受け入れること」から始まっています。「和華蘭(わからん)文化」と呼ばれる、和(日本)、華(中国)、蘭(オランダ)との交流の中で育まれた長崎独自の文化に象徴されるように、よそのものをしっかり受け入れたうえで、日本流にアレンジして伝えていくことが長崎に与えられた役割でありました。ですから、交流によって栄えていこうという意識は強く、実際受け入れ方はソフトで上手、先取的な人たちだと思う場面は多いです。事業者との関係構築においてもしかりで、少なくとも話は聞いてもらっています。
▲独自の文化に象徴される長崎の街並み(提供:一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会)
─ 長崎には何度か行ったことがありますが、つながろうとか稼がなければといったDNAを感じました。街全体に理解があるということでしょうね。
もっとも最初は、DMOが何でもやってくれるというDMO万能論が先んじてしまい、事業者からは「何をしてくれるの?」という声が上がりました。我々は、地域を稼がせる「舵取り役」としてのDMOであると、万能論の火消し作業には1年かかりました。地域が稼げるようになるには、稼げる民間事業者が一人でも多く、増えていくことが大事で、それぞれの事業者が、より積極的に商品をみがいていただくことで、我々はよりマネジメントや仕組みづくりに時間を割ける。そうしたことを訴え続けてきました。それが浸透してきたところで、コロナ、です。観光業界は厳しい状況になりましたが、それでもチャレンジしていこうという事業者は多く、稼ごうという意識はコロナを経てなお続いています。
長崎市が狙うターゲット層と、情報発信するコンテンツの整理
DMOが「クリエイティブ層」をターゲットとした理由
─ 「チャレンジを続けていこうとする事業者」といったお話が今出ましたが、チャレンジと言えば、マーケティング戦略のひとつとして、ターゲティングに「クリエィティブ・クラス」と「ジェネレーションZ(Z世代:1990年代後半から2010年代序盤に生まれた世代)」を掲げていらっしゃいます。これこそ『チャレンジング』と感じましたが、理由や根拠を伺えますか。
長崎は都市型で、もともと強いのは既存ターゲットの修学旅行や団体旅行のマス層です。彼らに訴求できる定番コンテンツも充実していますが、中には、まだ十分に活かしきれていないニッチなもの、ユニークなポテンシャルを持つ観光資源もあります。また、人口が減少する中、既存ターゲット層以外に、新しいゾーンをつくっていかなければならないという必要性もあります。
▲長崎市が今後戦略的に狙っていくターゲット(提供:一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会)
クリエイティブ・クラスとは、「社会の仕組みに屈せず、自分の好きなことや好きなものを通して、自らで創造していく人々」と定義されますが、もともと作る力が強く、それを自ら発信する力も強い。この層に向けた編集作業をしっかり行うことで発信力は高まり、もっとこうしたらいいというフィードバックを潜在的にもらえるのではないかと考えています。
受け皿としても、ヒルトン長崎が開業し、長崎マリオットホテルも開業予定と、富裕層系のホテルが整ってきました。やっと狙える受入環境が整備されてきたので、せっかくなのでここを狙いませんか、という地域への投げかけです。
世代別のコンテンツ提供で「ジェネレーションZ」にもアプローチ
─ ジェネレーションZについてはいかがですか。長崎の現在のコンテンツを考えると、なかなかターゲットに選ばないかと思いますが……。
長崎のブランド調査結果によると、10代男性と20代女性の反応は悪くありません。行ってみたいという声は意外にあるのです。問題は魅力をきちんと伝えきれていないことで、それはリサーチ結果にも表れています。
ターゲットに合わせた具体的な作業で言えば、昨年はホームページでの表現やプロモーションサイトを世代別に変えてつくったりしました。昨年、「没入」という言葉が流行りましたが、サイトの登録状況やグーグルの利用状況を見ながら、若い世代の映える系の話と、知的欲求の高い大人向けを分け、出すページを変えたりしました。
▲街中での水路カヤック、川を渡りながら長崎の歴史を味わえる(提供:一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会)
─ 今のお話を伺って、ポテンシャルはあるだろうと思います。九州方面へはLCCが多く飛んでいます。LCCが就航している成田空港の第3ターミナルに行くと、第1、2ターミナルと比べて明らかに年齢層が若いです。ジェットスターで長崎、スプリングジャパンで佐賀へ飛ぶなど、LCC就航地はジェネレーションZには利点だと思います。
そうした視点で考えたことはありませんでした。リサーチのためにも今度LCCも利用してみようと思います。
「遊ぶ」「食べる」の視点でサイト整理、旅行者目線での情報提供
─ ホームページのお話が出ましたが、最近、新しいウェブサイト「play nagasaki」と「ナガサキ飯」を立ち上げられました。その意図を伺えますか。
長崎市の公式観光サイトは「travel nagasaki」です。一般的には観光協会のサイトを見る人は少ないと言われていますが、年間で120万人ほどが閲覧しているというデータがあります。旅を決める際の最初の入り口としては利用されなくても、長崎に着地を決めたあとに見るメディアのひとつには選ばれているわけですから、旅行者に使いやすいものであるべきです。長崎に着いた旅行者が、トップページから探すとなると深い層までたどらないと情報を得られず使い勝手が悪い。そこで、まずは「遊ぶ」「食べる」の部分を充実させるという狙いです。
▲play nagasakiのコンテンツの1つ、ナガサキの和華蘭文化をeBikeで巡るストーリーツアー(提供:一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会)
マーケティングリサーチを行うと、長崎で検索頻度が高いのは「モデルコース探し」です。つまり、行きたいところが明確になっていないのです。旅行者の二ーズになるべく近いものを提供するため、旅先での滞在の仕方を可視化する作業は必要だと思います。
MICE推進におけるDMOの役割
交流都市・長崎が「MICE」に戦略的に取り組む意義
─ 最後に、長崎市は2021年に観光・MICE戦略を策定し、DMOでは今後の強化ポイントとしてMICEによる地域振興をあげています。地域にとってMICE振興の意義と、DMOの役割をお聞かせいただけますか。
長崎市が策定した「観光・MICE戦略」の中では、いくつかのKGIやKPIを設定していますが、MICE消費額を2019年の56億円から2025年には194億円に、MICE客数を42.6万人から173万人にすると掲げています。
長崎の街の成り立ちは、歴史的にも「交流」に支えられてきたとお伝えしましたが、観光・MICE振興ビジョンには「選ばれる21世紀の交流都市」という言葉が使われています。
2021年にはコンベンション施設の「出島メッセ長崎」ができ、現在は、2024年に開業するサッカースタジアムを中心とした、オフィス、商業施設、ホテルなどの大型施設の開発プロジェクトが進行中です。MICE分野とスポーツ交流は今後増えていき、いわゆる交流に端を発した長崎の街が、本来の交流都市に戻っていくという点にひとつの意義はあります。東を見たら東京は遠いけれど、西を見たらアジアはとても近い。このポジショニングをしっかり活かすことは大事です。
▲観光客に人気のグラバー園はユニークべニューとしてMICEにも活用(提供:一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会)
もう一つ、MICE誘致におけるDMOの役割があると考えています。それは、なぜ長崎でMICEを開催するのか、長崎に来てもらう意義は何なのかを、「マーケティング」と「ブランディング」を使って伝えていくことです。日本が鎖国を続けながらも強い力を持ち続けた原点は長崎です。コーヒーや砂糖など、長崎に由来する日本初のものはたくさんありますし、キリスト教という切り口は日本人にはあまり馴染みませんが、アジアの中でも韓国やフィリピンの方には興味をもっていただけます。原爆の被害のあった都市として、長崎大学は放射線医学と感染症の分野に強いことなど、長崎でMICEを開催する意義を伝えて誘致をしていきたいと思います。
MICEによる民間企業のビジネスチャンスを示すこと
─ MICEによる地域経済全体への波及効果としては、具体的にどんなことがありますか。また、その実現のための展開として、事業者とどのような連携を考えていらっしゃいますか。
MICEにおけるDMOのミッションのひとつに、「事業者のビジネスチャンス拡大・収益向上」があります。MICE関連には、まだ未着手の可能性あるビジネスが眠っています。たとえば、MICE用の食事プランや体験コンテンツの造成にもつなげられますし、印刷業にもMICEの可能性があります。地域事業者の皆さんには、そういったビジネスにチャレンジしていってほしいと思いますが、まだMICEには慣れていないという事情もあります。そこで、100以上の事業者が参加するMICE事業者ネットワーク組織をつくり、そのマネジメントをDMO主導で行っています。
▲長崎ベイエリアにある飲食店や市場などが集まる複合施設出島ワーフでも様々なイベントが開催される(提供:一般社団法人長崎国際観光コンベンション協会)
─ まさに「地域を稼がせる」というDMOのミッションですね。
「地域を稼がせる」という意味では、MICEとともに、インバウンドの受入環境整備もやらなければなりません。正直、長崎はこの分野においてはまだまだです。ヴィーガン対応にはまだチャンスが残っているでしょうし、SDGs文脈での受入環境整備として、たとえば、会議で出すお茶を長崎県産に代えていくなど、伸びしろがあります。事業者の皆さんはチャンスがあれば立ち上がりますが、進むべき方向がわからない方もいます。その可能性ある領域を教えていくことがDMOの役割だと認識しています。
─ 今後がますます楽しみです。貴重なお話をありがとうございます。
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