インバウンドコラム
ビザなし個人旅行の解禁を受け、本格的なインバウンド受け入れ再開に向けて業界が盛り上がりを見せています。一方で、厳格な入国規制のもとインバウンド客ほぼゼロという状況が続いた2年半の間に、観光事業者の方がどれだけインバウンド再開に向けて準備してきたかが問われることになります。
コロナ前からすでに個人旅行化、多様化、地方への誘客の重要性が言われてきましたが、コロナを経て特に国内外で一気に注目を集めた分野の一つに「ベジタリアン・ヴィーガン」が挙げられます。コロナ禍での健康志向への高まりはもちろん、SDGsや持続可能性の文脈でも、食の果たす責任への意識が高まり、ベジタリアンやヴィーガンを志向する人が増加しました。
前後編の2回に分けてベジタリアン・ヴィーガン基礎を紹介するコラムの前編は、ベジタリアン・ヴィーガンの市場規模や地域ごとの傾向、世界的に増加している背景や現在のトレンドなどの基礎知識をわかりやすく解説します。
ベジタリアンには「サラダを提供すればOK」という考え方の落とし穴
ご存じのとおり、ベジタリアンとは肉や魚を食べない人たちのことですが、ベジタリアンの中でも卵、乳製品を食べるかどうかによって、「ヴィーガン」「ラクトベジタリアン」「オボベジタリアン」などに分類されます。なお、ヴィーガンは大きく分類するとベジタリアンの一種で、肉や魚のほか卵・乳製品・はちみつなどの動物性食品をすべて摂取しない人のことを指します。
日本では、ベジタリアンに対しては「野菜中心のサラダを提供すればいい」と考えている人が多いのですが、野菜だけでなく、お米やパン、パスタなどの穀物や果物なども食べるということを、きちんと理解しておくことが大切です。
ベジタリアンやヴィーガンになる理由には、「アレルギー」のほか、ヒンズー教、ジャイナ教、仏教といった「宗教」、環境問題、動物愛護、健康志向などの「主義」などが挙げられます。宗教由来の場合は、生まれてこの方ベジタリアンで肉や魚を食べないことに疑問を抱くことがない人も多いのですが、主義由来の場合は、何かをきっかけに本人の意思で菜食中心のライフスタイルを選択したということになります。
ベジタリアンの約8割はアジア。欧米では急速な増加傾向に
世界ではどれくらいのベジタリアンがいるかご存じでしょうか。 2018年の観光庁の発表によると、ヴィーガンを含むベジタリアンは世界で6.3億人、その8割を占めるのがアジアの国々の人たちで、日本でも約500万人(人口の4%)いると推計されています。
▲出典:飲食事業者等におけるベジタリアン・ヴィーガン対応ガイド/観光庁 参事官(外客受入担当) 令和2年4月版
国・地域別の人口比率ランキングでは、1位がインドで28%、2位が台湾14%、3位がドイツ10%、4位がカナダ9%と続いています。
▲出典:飲食事業者等におけるベジタリアン・ヴィーガン対応ガイド/観光庁 参事官(外客受入担当) 令和2年4月版
一方、ベジタリアン人口の伸び率を1998年と2018年で比較してみると、アジアが約11%、欧米では約95%となり、欧米が約2倍に増えているのが分かります。
アジアでは宗教的、欧米では主義的な理由でベジタリアンになることが多いのですが、欧米での伸び率が大きくなった背景には、近年のサステナビリティへの意識の高まりが起因していると思います。特に環境問題への取り組み意識が高い、先進国での伸びが顕著です。
▲観光庁データを基にフードダイバーシティ(株)作成
なぜベジタリアンが環境保全に繋がるのか? 実は、畜産業の環境負荷が高い!?
「ベジタリアンになることがなぜ環境負荷の軽減に繋がるのか」と思われる方もいるかもしれませんが、国連食糧農業機関(FAO)の2013年の報告によると、世界の温室効果ガスの総排出量のうち、14.5%が畜産業に由来すると言われています。また、家畜を育てるためには飼料の生産、家畜の飲料、生産工程などで大量の水が必要となり、牛肉1kgを育てるためには約1万5400リットルを使用するそうです。
漁業においても、乱獲による漁場の枯渇や水産資源の減少が課題とされており、こうした工業型畜産や過剰漁獲が地球の環境に悪影響を及ぼしてしまうという懸念から、持続可能な植物性の食べ物を選択する人たちが増えているのです。
特に欧米富裕層は食生活も含めたサステナビリティに配慮し、ベジタリアンやヴィーガンに転向する人が多いと言われています。国際線航空会社の客室乗務員から聞いた話では、飛行機の乗客のうちビジネスクラス、ファーストクラスの方にベジタリアン率が高くなる傾向があるそうです。
有名人がベジタリアン公言、ミレニアルやZ世代で「ゆるベジ」がトレンド
新型コロナウイルスの影響も少なからずあり、コロナ太りや野菜不足による健康不安からベジタリアン食を取り入れる人が増えました。完全なベジタリアンではなく、月曜だけお肉を食べない「ミートフリーマンデー」を実践するなど、ライフスタイルに無理なく取り入れる「ゆるベジタリアン」「フレキシタリアン」「セミ・ベジタリアン」と呼ばれる人が急増しています。
特に若者に多い傾向で、イギリスのミレニアル世代(21~30歳)へのアンケートでは、「ベジタリアンの食生活を実施した」と答えた人が、コロナ前は12%だったのに対し、コロナ後には25%と倍以上になりました。
ベジタリアンであることを公言する著名人・セレブリティたちによるSNS等での発信も、流行を後押しする要因のひとつになっています。彼らに憧れを抱く若者たちが「自分でもちょっとやってみよう」と行動に移すきっかけとなり、特に学校でSGDsなどの教育を受けているZ世代に多く、日本でも同様の傾向があります。
世界的にベジタリアンがトレンドなのか? 日本と世界が直面する課題の違い
日本では人口減少に伴い、Z世代の数が相対的に少ないためあまり大きな声に聞こえないかもしれませんが、世界ではZ世代を中心に経済が成り立っており、ムーブメントを起こす強い影響力を持っています。この世代は確実にエシカル消費を意識しているので、そういった意味でも彼らが選択するサステナブルな食生活を見過ごすことはできないでしょう。
人口増加に伴う地球規模でのタンパクの供給不足を補うために、近年あらゆる代替肉も開発されています。ベジタリアン、ヴィーガンは今後も確実に伸びてくる需要で、付随したサービスも増えていくでしょう。この変化に対応できるか否かが、ビジネスの上でも鍵となるように思います。
続いての記事では、観光やインバウンドでベジタリアン・ヴィーガン対応が欠かせない理由、また業界別の動向や取り組み方について紹介していきます。
>>後編:インバウンドのアドバンテージとなる、観光事業者が今すぐできるベジタリアン対応
プロフィール:
フードダイバーシティ株式会社 代表取締役 守護 彰浩
楽天株式会社を経て、日本国内のハラール情報を6カ国語で発信するポータルサイトHALAL MEDIA JAPAN 運営。国内最大級のハラールトレードショー・HALAL EXPO JAPAN を4年連続で主催。2018年よりベジタリアン事業にも注力、中国語でのベジタリアン情報サイト「日本素食餐廳攻略」や、英語圏のベジタリアンへの情報発信に向け、世界最大のベジタリアンアプリ「HappyCow」と日本企業唯一の業務提携を交わす。フードダイバーシティをコンセプトにハラール、ベジタリアン、ヴィーガン、コーシャなど、あらゆる食の禁忌に対応する講演やコンサルティングを提供中。 2020年、観光戦略実行推進会議にて、菅前総理大臣に食分野における政策提言の実績あり。流通経済大学の非常勤講師。
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