インバウンドコラム

世界一の和食ヴィーガンレストラン「菜道」、米国初進出で高評価を得たワケ

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アメリカ・ロサンゼルスの日本文化発信拠点「JAPAN HOUSE Los Angeles」で、2023年1月6日~15日に食のポップアップイベント「SAIDO’s VEGAN WAY」が開催されました。招聘されたのは、世界中のヴィーガン/ベジタリアンが利用するレストラン情報サイト「Happycow(ハッピーカウ)」で世界1位を獲得した、東京・自由が丘のヴィーガンレストラン「菜道」です。チーフシェフ楠本勝三氏らが現地に出向き、ラーメンをメインディッシュとしたヴィーガンコース料理を提供しました。

イベントの告知開始から約30時間で1000名の予約枠が完売し、キャンセル待ちは計2000名以上という大反響。私も会場に立ち会いましたが、ロサンゼルスからだけでなくアメリカ全土やヨーロッパからのお客様、ハリウッドスターの来店もありました。さらに食後のアンケートでは満足度5点満点中4.8を獲得するなど、異例ともいえる大成功で幕を閉じたのです。

なぜこのイベントが注目を集めたのか、また今回の米進出によって立証された「和食×ヴィーガン」のポテンシャルについて、菜道シェフの楠本氏に話を伺っていきます。


▲スイスからロサンゼルスを訪れたお客様と楠本氏

【菜道】オープンわずか1年で、世界的なベジタリアンサイトの「ベスト・ヴィーガン・レストラン」1位を獲得した理由

 

世界1位の和食レストランが、なぜヴィーガン激戦区で勝負に挑んだのか

今回のイベントが開催地となったアメリカ・ロサンゼルスは、年々大規模化する干ばつや山火事、海面上昇などへの懸念からも、環境保護を理由に菜食主義を選択する人が多い地域です。ヴィーガンレストランの激戦区としても知られ、業種業態及び料理のジャンルに関わらず、ヴィーガンのオプションがない店はほぼ皆無。コンビニでさえもヴィーガンフードを販売しており、我々が立ち寄ったカフェでもサンドイッチの具材で肉の代わりに「ビヨンドミート」が提供されるなど、ヴィーガン食が身近な存在として浸透しています。


▲HappyCowでのロサンゼルスのフルヴィーガンレストランの検索結果

楠本氏と私がロサンゼルスを最初に訪れたのは2022年8月でした。「東京の『菜道』にもアメリカからのお客様はたくさんいらっしゃいますが、ヴィーガン食に精通した現地の方にも受け入れられるのか確かめたいという気持ちがありました」と楠本氏。「ロサンゼルスではハンバーガーなどのアメリカン食が主流なので、和食が市場に参入するきっかけを作ることができたら」と、海外進出を視野に入れつつ現地を視察しました。

この際JETROロサンゼルスのアレンジで、「JAPAN HOUSE Los Angeles」でヴィーガンラーメンを披露する機会に恵まれたのです。このラーメンは、動物性の原材料だけでなく、みりんや料理酒などのアルコール調味料も不使用で、ベジタリアンやヴィーガンはもちろん、あらゆる宗教の方や乳や卵にアレルギーを持つ方も食べることができる料理です。

味への高評価に加え、「世界中の誰もが一緒に楽しめる」というコンセプトにも共感していただき、多様性が進むロサンゼルスに相応しい和食として、現地でも紹介したいとの提案がありました。早速話が進み、JAPAN HOUSEとJETROの主催で、今回のポップアップイベント「SAIDO’s VEGAN WAY」が開催される運びとなったのです。

▲東京・自由が丘に店を構えるヴィーガンレストラン「菜道」と同店チーフシェフ楠本勝三氏

とはいえ、楠本氏にとって初めてとなる海外でのポップアップレストラン。「作っている料理には自信がありましたが、現地での知名度があるわけではないので、お客様が来てくださるのかが本当に気がかりでした」と、集客が最大の心配事だったと言います。

 

受付から30時間で1000席完売、ヴィーガン日本食への注目の高さが明らかに

しかしその不安を払拭するかのように、JAPAN HOUSEのホームページとニュースレター、インスタグラムで情報が解禁されるや否や、SNSでは「Happycowで世界1位を取ったヴィーガンレストランが日本からやってくる」と拡散され、受付開始からたった30時間で予約席1000席が完売。ジャパニーズヴィーガンへの関心の高さを表す結果となりました。

想定外の客足は、2023年1月にイベントが開幕した後も続きます。楠本氏と共に渡米した「菜道」店長の五藤仁美氏曰く「アメリカの方は天候が悪いと外出を取りやめる方も多いと聞いていたので、直前キャンセルがある程度出てくることを想定して予約を多めに受けていました。実際、イベント期間中はロサンゼルスには珍しく雨続きだったのですが、蓋を開けてみるとキャンセルもノーショウもほぼ皆無。『もしかしたら入れるかも』と一縷の望みをかけて予約なしで来場される方もいて、泣く泣くお断りすることも多々あったんです。皆さんが、いかにこのイベントを楽しみにしていたかを実感することができました」。

参加した方の口コミにより、キャンセル待ちのウェイティングリストも日々増加する一方で、最終日には700名もが名を連ねるという結果に。これまで数々のイベントを主催してきたJAPAN HOUSEとしても異例と言えるほどの大反響だったようです。


▲ロサンゼルスのポップアップストアを一緒に作り上げたメンバーと

 

「ラーメン」をメインにコース仕立て、美しさや演出にもこだわる

提供する料理内容については、JAPAN HOUSEと綿密に相談しながら試行錯誤を繰り返したという楠本氏。「当初はラーメンの単品のみを提供するつもりでしたが、JAPAN HOUSE側から『アメリカの方にはコースの方が喜ばれる』とのアドバイスを受け、ランチは3品、ディナーは6品のコース仕立てに。和食ならではの見た目の美しさも追及していきました」

ランチの1品目は、最中を器に白和えを盛り付けた「Monaka Salad(最中サラダ)」。炭を練り込んだ黒い皮に金色の模様が描かれた最中は、香川県の専門店に依頼した特注品です。その美しさから「食べられる宝石箱」との説明が添えられました。

メインのラーメンは、2種類から選択でき、どちらもオプションでグルテンフリー麺に対応。「Chilled Tomato Consommé with Noodles(冷たいトマト麺)」は、水を一滴も使わずに作ったトマトのスープに麺を組み合わせたもの。「Vegan Tonkotsu(ヴィーガンとんこつラーメン)」は、野菜を原料としながら豚骨のように豊かな香りとフレーバーを実現。トッピングは改良を重ね、植物由来の食品でつくったゆで卵に加えて、紅ショウガや肉厚な椎茸(どんこ)などを取り入れています。

デザートには「菜道」の人気メニューでもある「Vegan Cheesecake(ヴィーガンチーズケーキ)」を。まるで盆栽のようなヴィジュアルのユニークさも「カワイイ」と喜ばれていました。


▲ランチは30ドル(税、チップは別)で提供

ディナーでは、ランチの3品に加え、抹茶椀でいただく「Seasonal Vegetable Potage(カリフラワーとお抹茶のスープ)」「Vegan Eel Sushi(うな寿司)」「Vegan Yakitori(ヴィーガン焼き鳥)」をセットに。もちろん、うなぎも鶏肉も使っていないプラントベースの料理です。

 

「丼」から「寿司」へ変更、お客様からのニーズにも最大限応える

欧米の方に喜ばれるポイントとして「エンターテインメント性も欠かせない」と楠本氏。「たとえば、『うな寿司』は蓋つきの器の中に燻した香りを入れ、蓋をあけると煙が出てくる演出をほどこしたり、焼き鳥は炭に見立てたフライドポテトを添えたり、サプライズ的な遊び心も大切にしました。食事の楽しさも評価の対象ですし、価格にも反映されるものだと思います」

実はこの「うな寿司」、初日は「うな丼」として提供したのですが、お客様からのアンケートでの「寿司が食べたい」という声をうけて急遽変更したもの。「大切なのは、我々が何を食べさせたいかではなく、お客様が何を食べたいか。求められたら可能な限り応えていきた」という楠本氏の判断でしたが、その結果、満足度の向上にも大きく貢献しました。


▲70ドルのディナーコース。写真左の「うな丼」が2日目からは「うな寿司」に変えられた

アンケート結果を見て驚いたのは、5点満点で平均4.8という満足度の高さもさることながら、価格について「安い」と回答した人が98%にも達したことです。メニューの料金にチップや税金を加えると、ディナーでは110ドルくらいになります。肉や魚ではない野菜中心の料理であるにも関わらず「もっと高くてもいい」という声が集まったことに、「原材料が安いから価格も安くしなければ」という考えは必要ないことを、改めて確信できました。

 

フードテック食品は使わず、日本の伝統食材とそのストーリーで勝負

今回の料理で楠本氏が最もこだわった点は、代替肉などフードテックの食品は一切使わず、日本に古くからある食材を昔ながらの手法で調理するということでした。お客様に料理を提供する際には、その背景にある和食文化の説明も添えることを心がけたそうです。

「たとえば、多くの方に絶賛いただいたラーメンのトッピングの椎茸。これは干し椎茸を時間をかけて水で戻し、その戻し水はスープにも使うため無駄がないということ、またこうした乾燥野菜は日本に古くからあるもので、冷蔵庫のない時代から使われていたこと、収穫したものを一年通して食べられるように加工する先人の知恵であること。そういったお話をすると、とても感動していただけました」(楠本氏)

お客様からのコメントには、「椎茸がここまで美味しいなんて信じられない、しかも乾燥した椎茸だというのは更に驚きだ」「ビヨンドミートやインポッシブルミートを使わず、日本の伝統技術を使って料理をするのはとてもCoolだ」「Japanese Food × Veganは最高の健康食、しかも美味しいからこれ以上のことはない」といった声があがりました。

和食の手間や考え方といったストーリーも含め、我々にとっては当たり前のことが世界では高価値のガストロノミーになりえる。この温故知新こそ日本人が世界で戦うアドバンテージであり、生かすべきことだと思います。

 

「お好み焼き」も和食になる、固定概念を取り払い柔軟な発想を

今回のイベントがこれほど注目を集めたのは、ハンバーガーやサンドイッチ、あるいは中華や南米料理ではなく、日本人の伝統的な食文化としてユネスコ無形文化遺産に認定され注目を集める「和食」であったことも大きな要因だったと思います。

しかし、日本人が思う和食=海外の方が求めている和食ではありません。お客様への「次に食べたいヴィーガン和食は?」という質問に対し、ある日本好きなセレブリティは「お好み焼き」と回答しました。肉と卵さえ使わなければ、簡単にヴィーガンとして提供できる料理です。

しかし、日本ではお好み焼きを和食として捉えていない人が多く、一流の和食店で提供されることはほぼないでしょう。代わりに出てきた精進料理が、彼らの求める味と一致するかというと疑問です。多くの方は私たち日本人が日常で食べているような料理を望んでいます。一食に数万円を払うことも厭わない富裕層のニーズを満たしていないということは、ビジネスチャンスを逃しているということ。日本人が考える「和食」という定義にこだわりすぎず、柔軟な発想でメニューを考えてみてはいかがでしょう。

ただし「どのような形で提供するか、アウトプットの手法はとても大切」と楠本氏。「たとえば、今回はラーメンのトッピングとして椎茸をのせましたが、仮に『椎茸のうま煮』と提供しても欧米の方の食指は動かないでしょう。彼らが食べたい料理の中にうまくアレンジすることで、食材への興味を持ってもらうことができ、驚きに繋げることができる」と話します。

▲次に食べたいのは「OKONOMIYAKI(お好み焼き)」と書かれたアンケート回答

 

米国進出を機に、海外に向けて国内外から日本食の魅力を発信する

このイベントを終え「菜道」のジャパニーズヴィーガンには「ヴィーガン料理のイメージを大きく変える味だ」「ロサンゼルスで店を出したら、すぐに人気店になることは間違いない」などの声が多数寄せられ、海外でも十分に勝負できることを証明する結果となりました。

「正直ここまで評価されるとは思っていませんでしたが、これまでやってきたことが的外れじゃなかったということが分かり本当に嬉しかったです。今後は海外で日本の魅力を発信することにも挑戦し、日本ってすごいなと思ってもらいたい。そうすることが、訪日客の増加にも繋がっていくと思います」(楠本氏)

楠本氏の活躍の舞台はさらに拡がりを見せ、2023年2月には、国内外に向けて東京都の魅力や観光情報を発信する「東京観光大使」の一人に任命されました。ヴィーガン和食のシェフである楠本氏が選ばれたことは、日本の観光において食の多様性の重要性が再確認され、食を目的としたインバウンド増に期待しているということです。ジャパニーズヴィーガンが、国内外で大きく注目されていくことは間違いないでしょう。


▲2月13日に実施された「東京観光大使」就任式の様子

 

ヴィーガン料理は、健康志向の人にも訴求できる可能性の大きい市場

食の多様性対応は、今後日本にとって重要なビジネスとなり、飲食業界および観光事業者が一丸となって進めていくべき国策なのではないでしょうか。

ヴィーガン料理は何もヴィーガンの方々だけが対象ではありません。宗教上の理由やアレルギーを持つ方、またコロナ禍による健康意識の高まりからヘルシー食として取り入れる方も増えています。もっと広い目で捉えると、ヴィーガン料理で訴求できる対象は広がり、市場としての可能性も大きいと言えます。さらに、原価率の高い高級和牛や高級海産物を使わずとも、野菜や乾物を用いて同等の価格を設定でき、利益率の高いビジネスになることは間違いありません。

和食の価値を再認識し、日本で当たり前の食材をお客様のニーズに合わせて提供する。とてもシンプルなことですが、これこそがジャパニーズヴィーガンの勝ち筋だと思います。特に地方こそ、食材が豊富で安く仕入れることができるので、チャンスが広がっているといっても過言ではありません。

すでに取り組みを始めている事業者の方も、興味はありつつまだ第一歩を踏み出せていない方も、インバウンドが再開した今こそ、本気で動いてみてはいかがでしょう。

 

プロフィール:

フードダイバーシティ株式会社 代表取締役 守護 彰浩

楽天株式会社を経て、日本国内のハラール情報を6カ国語で発信するポータルサイトHALAL MEDIA JAPAN 運営。国内最大級のハラールトレードショー・HALAL EXPO JAPAN を4年連続で主催。2018年よりベジタリアン事業にも注力、中国語でのベジタリアン情報サイト「日本素食餐廳攻略」や、英語圏のベジタリアンへの情報発信に向け、世界最大のベジタリアンアプリ「HappyCow」の日本企業唯一の業務提携を交わす。フードダイバーシティをコンセプトにハラール、ベジタリアン、ヴィーガン、コーシャなど、あらゆる食の禁忌に対応する講演やコンサルティングを提供中。 2020年、観光戦略実行推進会議にて、菅元総理大臣に食分野における政策提言の実績あり。流通経済大学の非常勤講師。

 

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