インバウンドコラム

1杯290円の讃岐うどんが5500円のコース料理に、香川のデザイン会社によるヴィーガン対応の挑戦

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東京、京都、大阪など都心部を中心に訪日客が急増するなか、インバウンド旅行者の地方部への誘致がますます重要視され、取り組みが進んでいます。しかしながら、そこで見落としがちなのが「食」の多様性への対応です。特に地域ならではのご当地料理は、観光客を惹きつける重要なコンテンツとなりますが、世界で急増するベジタリアンやヴィーガン、アレルギーなど食の禁忌を持つ人たちが楽しめるご当地料理がどれぐらいあるでしょうか。

2023年12月、香川県高松市にオープンした讃岐のうどんレストラン「by age 18(バイエイジエイティーン)」は、「世界中の誰もが楽しめる」をコンセプトに、食の多様性を取り入れたお店です。全メニューをプラントベースかつグルテンフリーで提供するという画期的な試みに挑んだほか、セルフ店のかけうどんの平均価格が約290円と、300円の壁を乗り越えるのが難しい讃岐うどんの付加価値を高めるべく、5000円のコース料理を開発。メディア戦略も功を奏し、地元の方や旅行者などが訪れるお店となっています。発想の原点や、メニュー開発の裏側について、「by age 18」オーナーの村上モリロウ氏、店長の西森友紀氏、料理の監修に携わったヴィーガンレストラン「菜道」の楠本勝三シェフに話を伺いました。


▲一番左が、村上モリロウ氏、右から二番目が、料理の監修をした楠本シェフ

 

讃岐うどんの価値を高め、世界へ広めたいという思いがきっかけに

風光明媚な瀬戸内の島々が広がる香川県。その観光資源のひとつとして挙げられるのが、ご当地料理として有名な讃岐うどんです。しかし麺には小麦粉、出汁にはイリコを使うのが定石で、小麦アレルギーのある方やヴィーガンの方は口にすることができません。この「定石」にメスを入れたのが、「by age 18」オーナーの村上モリロウ氏です。


▲島々を舞台に開催される瀬戸内国際芸術祭には、国内外から約90万人の観光客が押し寄せる

高松市でデザイン会社を経営する村上氏。分野の異なる飲食業に参入しようと思った背景について、「デザインやアイデアによって身近なものの価値を変えることができれば、その力を認めてもらえるのではないかと。香川県の人にとって身近な存在の最たるものは、讃岐うどんだろうと考えていた」と話します。

さらに「世界中の誰もが楽しめる」というコンセプトには、お子さんの存在が大きく影響したそうです。
「息子は乳製品と牛肉アレルギーを持っています。外食時に食べられないものが多く辛い思いをすることがあったので、こうした不満もいつか解決できたらいいなと思っていました」。

漠然と抱えてきた課題の解決策が見えたのは、2021年2月、知人の誘いで参加したセミナーがきっかけだったそうです。このセミナーは食の多様性をテーマにしたもので、私と楠本シェフも登壇していました。

「多様な食の禁忌やプラントベースの料理につい学んだことで、ずっと考えていた思いがひとつに結び付いた気がした」と村上氏。


▲デザイン会社「人生は上々だ」の代表を務める村上モリロウ氏

セミナー後に楠本シェフを訪ねて東京・自由が丘の「菜道」を訪問。そこでヴィーガン味噌ラーメンを口にし、衝撃を受けたと言います。

「実はヴィーガン料理って食べ応えがないのではという先入観があったのですが、普段食べているラーメンより美味しいと感じるくらいの満足感を覚えました。その時、『これがうどんでできたら、うどんの価値が変わる。そして世界中の人に讃岐うどんを味わってもらえるはず』と、使命感のような決意が生まれました」と、早速プラントベース、グルテンフリーの讃岐のうどんを提供するレストランの構想に着手しました。

 

料理だけでなく、食空間にも「誰もが楽しめる」を配慮

両親が海鮮料理屋を営んでいたこともあり、幼い頃から食への関心が高かったという村上氏。実家でもある料理屋は、高松駅から車で30分ほど、目の前に海が広がる絶好のロケーションにありました。ご両親はすでに店をたたんでおり、空き地になっていたその場所に新しく店を建てることに決めたのです。


▲海を眺めながら食事ができる場所に店を構えた

「アレルギーの有無やライフスタイル、宗教上の制約を問わず、誰でも楽しめるうどん店をコンセプトとしました。そうなると料理はもちろんですが、店舗の設計にもとことんこだわりたいと思ったんです。景色を楽しんでもらうため客席を2階に設けたり、わずか30席の店にもかかわらずバリアフリーを考えてエレベーターや多目的トイレを設置したり。やりたいことをすべて叶えるには多額の資金が必要になってしまい、それを集めるのに時間を要しました」

ようやく着工にこぎつけたのは2023年春。同年末にはオープンすることを決め、店名を「by age 18」と名付けました。 


▲2階建ての店内には、エレベーターやバリアフリートイレも完備

 

小麦粉の代わりに米粉を使用した、グルテンフリーうどん麺の開発に苦戦

資金集めや店舗工事と並行して取り組んでいたのが、最大の課題となるグルテンフリーのうどん麺づくりです。小麦粉の変わりに米粉を使うことにしたのですが、周囲にも前例がなく、独自に研究を重ねていくしかありませんでした。「最初のうちはプチプチちぎれてしまい、麺状にするのも難しかった」と村上氏。かつ、製麺所に委託すると小麦粉が混入する可能性があるため、自ら製麺機を購入して店舗内に設置することにしたそうです。

2023年9月からは、店長として仲間に加わった西森氏が中心となって、本格的に米粉うどんの完成を目指しました。「重視したのは讃岐うどんの食感です。しかしその特徴である長さや太さ、コシやツルツル感を米粉で表現するのは、なかなか一筋縄ではいきませんでした」と西森氏。

配合や水分量、伸ばし方や茹で時間などを何度も試行錯誤し、その都度、讃岐うどんを食べ慣れているスタッフたちに試食してもらって改善を重ねていったそうです。そしてようやく納得のいく米粉うどんができあがったのは、店舗オープンの約2カ月前のことでした。


▲試行錯誤して完成した米粉で作った讃岐のうどん

 

トップクリエイターが手掛けるヴィーガン対応の料理やスイーツも提供

麺は完成したものの、うどんとして提供するには出汁の存在も欠かせません。ヴィーガン対応であるため、讃岐うどんの出汁として一般的に使われるイリコなど、動物由来の食材は使用せずに開発する必要があります。さらに、讃岐うどんの平均価格は約290円(セルフ店のかけうどん)と非常に安いのが特徴です。村上氏は、「これまでの『早い、安い、うまい』という讃岐うどんの当たり前から脱却して、付加価値の高い新しい形のうどんを提供したい」という思いから、コース仕立てのメニュー構成にこだわり、うどんだけでなく一品料理もすべてプラントベースにすることにしたのです。

そこで、プロの知見とノウハウを得るべく、「菜道」の楠本シェフに監修を依頼。

「うどんの出汁は、他の麺料理と比べて透き通っており脂も浮いてないため、素材選びや調理が難しい」と楠本シェフ。米粉麺の魅力を最大限に引き立てる出汁を目指して工夫を重ね、キノコと昆布をベースに旨みを抽出したヴィーガン出汁を開発しました。

その完成度には楠本シェフ自身も納得できたと言います。

「もしかしたら、イリコ出汁の味を想像して『これは讃岐うどんじゃない』と言う人がいるかもしれません。でもそれは今までなかったからそう感じるだけですし、美味しかったらまた食べたいと思ってもらえるでしょう。この場所で提供を続けていけば、事実上讃岐うどんとして認められていくはずです」。

基本の出汁に続いてトマトスープやカレーなどのバリエーションも展開し、コースではうどんを数種類から選べるようにしました。地元食材を多用したり、香川県の郷土料理を現代風にアレンジした一品を織り交ぜるなど、ご当地ならではの要素も盛り込まれ、ディナーコースは5000円+税という価格設定にしました。


▲ディナーはデザートやドリンクもついた全9品

メニューの監修は楠本シェフのみならず、2017年にアジア人として初めてジェラート世界一に輝いた柴野大造氏や、洋菓子の世界大会で数々の優勝経験を持つパティシエ・ショコラティエの辻口博啓氏も名を連ねています。村上氏が熱意を伝えたことにより、この店のためにグルテンフリーでプラントベースのお菓子を手掛けてくれたのです。

  
▲小麦粉、牛乳、卵や上白糖も使わないスイーツやジェラートを開発

錚々たるトップシェフのコラボレーションにより、ヴィーガンやベジタリアンでなくても食べたくなる、スペシャルなうどんコースができあがりました。

 

ヴィーガンに馴染みのない客や地域住民から得られたポジティブな反響

2023年12月18日、ついにお披露目の日を迎えた「by age 18」は、多くのメディアに取り上げられ大きな注目を浴びています。オープン時期を決めた2023年の春頃からリリースなどを通じてコンセプトを周知してきたそうですが、その期待と関心の高さが伺える結果となりました。


▲瀬戸内海を一望できる店内

来店したお客様の中にはすでにリピーターもいるそうで、「一度足を運んでくださった方が、友達や家族を連れてきてくれるケースが多いです。食の禁忌がある方は全体の12%くらいで、グループの中に1人ヴィーガンの方がいるなどのケースも増えています」と西森氏。

また、世界最大級のベジタリアン・ヴィーガンレストランガイド「HappyCow」にも登録したことで、わざわざ電車やタクシーを乗り継いで訪ねてくる外国人観光客もいるそうです。西森氏も「多言語でのSNSや、高松市内の宿泊施設にリーフレットを置かせてもらうなど、さらに海外向けにプロモーションを展開していきたい」と意欲を見せています。


▲Happy Cowに店舗を掲載している

予想していなかった側面での反響も得られた、と村上氏。

「同業の讃岐うどん店の方々が食べに来てくださって、『勉強になった』と応援の言葉をいただいたり、ヴィーガンという言葉も耳にしたことがなかった地元のおじさんたちが、飲み会の席でプラントベースについて話していたり。みなさんにとって、こうした食の選択肢があるという気づきのきっかけとなれていたら嬉しいです。そしていつか、フードダイバーシティが当たり前のこととして地域に浸透していけば何よりですね」

 

食の多様性対応なくして、世界レベルのインバウンド対応はありえない

今回飲食事業を手掛けたことにより、改めて「地域のインバウンド施策における、食の多様性対応の大切さを実感した」と村上氏は言います。

「このプロジェクトに際し、海外の実状を知るためにフランスへ行ったのですが、街を歩けばいたるところにヴィーガンメニューが溢れていました。日本では、プラントベースやグルテンフリーにどれくらいのニーズがあるのか疑問を感じている人も多いと思いますが、世界では当然の選択肢として備わっています。インバウンドを強化したい、多様性を取り入れたいというのであれば、食は一番の入り口。今後は自治体や事業者の方にも、自分の経験を通じて理解を広めていきたいです」。

楠本シェフも「世界にスペックを合わせることは、和食にとって絶対に必要なアップデート」と強調します。
「そもそも和食は、訪日の目的となるほど人気が高いというアドバンテージがあります。それなのに、自分たちの食ルールと合わないために食べられない人がいる。だったら、そのスペックを合わせてあげればいいのです。香川県もうどんの聖地でありながら彼らのニーズに応えられるうどんがなかった。その課題を解決したという点でも『by age 18』ができたことの意義はすごく大きいと思います」

食の禁忌がある人もない人も一緒に食卓を囲んで、同じ食事を共有できることこそが、「by age 18」の何よりの魅力だと思います。この事例が全国に広がり、各地の料理を世界中の誰もが楽しめるようになれば、「B級ご当地グルメを世界スタンダードに押し上げて、S級にしたい」という村上氏の願いが叶う日が来るかもしれません。


▲店名の「by age 18」は「常識とは18歳までに積み上げられた先入観のコレクションに過ぎない」というアインシュタインの名言から取ったもの

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