インバウンドコラム

ユダヤ教の安息日まであと2時間半。最高の満足度を得た東京観光ツアーはいかに作られたか?

2023.05.23

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3年近くの空白の時を経て、訪日市場は急速に回復するなか、以前からあったインバウンド受け入れにおける様々な課題も再び顕著になってきた。特に、多様なバックグランドを持つ海外からのお客様を受け入れる中で、日本の常識では考えられない要望や突発的なリクエストは尽きない。しかし、そのリクエスト1つ1つに可能な範囲で対応していくことで、ノウハウも蓄積されると同時に多様性への理解を深めることができる。このような最前線の現場で起きた事件やエピソードについて、訪日客を受け入れる事業者の方に紹介してもらうシリーズを始める。
第一弾は、品川でゲストハウスをはじめ地域融合型の宿泊施設を複数運営する株式会社宿場JAPAN代表の渡邊氏による現場最前線の事例だ。

ユダヤ教の戒律である「安息日」を目前に控え、東京をなるべく安く、かつ効率よく巡りたいと相談してきた2人の男性インスタグラマーに対し、渡邉氏が真摯に向き合い対応した結果、最高の評価を得ることができた。どのように対応したのか、その内容やそこから得た気付きや学びをお届けする。


▲多種多様なゲストでにぎわう、ゲストハウス品川宿

 

創業から13年、人種・文化・宗教に限らずお客様を受け入れ土台を築いた

弊社では、東京の品川エリアで地域融合型の宿泊施設を運営しています。現在は、1泊1人約5000円程度からの低価格帯の「ゲストハウス品川宿」、中価格帯では、マンションの一室をリノベーションした「KAGO #34 by Shukuba HOTEL」、一棟貸し「Araiya」と「Bamba Hotel」のほか、1泊2人で約8万円~の運河に浮かぶラグジュアリーなフローティングホテルを受託運営しています。創業から13年、日本のインバウンドの受け入れと共に成長してきました。

2009年10月にゲストハウス品川宿を開業した当初は、まだ日本にゲストハウスの文化自体が浸透していませんでした。現在とはアジア諸国の経済事情も全く違い、当時は少しでも安く宿泊しようと、1円でも値切ることに命をかけている旅人がたくさんいました。お客様からの10円、20円の値切り交渉に1時間お付き合いするなど、生産性の低い仕事もありましたが、楽しみながらやっていました。どのようなお客様も受け入れるという精神のもと、人種、文化、宗教の違うあらゆるお客様を受け入れてきたことが、ゲストハウス品川宿の土台になっています。

立ち上げから現在に至る13年間で様々な社会問題とも向き合ってきました。最近では、コロナ禍で生活に行き詰まり帰国したくてでもできない在日外国人や、ウクライナ難民などに、空室を利用して無料で宿泊場所を提供するプロジェクトも行ってきました。他にも、近隣の商店街や全国からの物資の寄付を当事者にお届けするマッチングなども無償で行っています。帰国困難者の受け入れ実績は現在、10カ国延べ200泊以上となっています。

 

深夜の礼拝に大量のバナナ!? 一夜で異文化体験ができるゲストハウスの醍醐味

先ほど、あらゆるお客様を受け入れてきたと言いましたが、人種、文化、宗教が異なるお客様同士で過ごすゲストハウスだからこそ起きたハプニングは、枚挙にいとまがありません。

特に、ゲストハウス品川宿の4人部屋のドミトリーでは、文化の違う人たち同士の交わりが多数あります。以前、3人組のイスラム教徒のお客様が4人部屋のドミトリーに宿泊した際のこと。日本時間の夜中2時頃に、足を洗ってゴザを敷いて礼拝をしていた、なんてこともありました。彼らにとって必要不可欠な礼拝ですが、他のお客様に迷惑をかけているという意識はあったようで、バナナを大量に買ってきて配っていたというエピソードがあります(笑)。 ゲストハウスのレビューにも「バナナをたくさんいただいて、多様性を感じた」というコメントがありましたが、一夜でこうした経験ができるのも、ゲストハウスならではの面白さだと感じています。


▲国籍地域に関係なくゲストもホストも一体となってその場の時間を楽しむ

 

宗教観によって生じる突然の無理難題なリクエストが寄せられ………

宗教観の軸でもう1つエピソードを挙げるとしたら、ユダヤ教の方々習慣です。ユダヤ教にはシャバットと呼ばれる安息日があり、この日はあらゆる経済活動が禁じられています。この日には「お金を扱えない」「電気のスイッチを押せない」「電車に乗れない」といったことが発生します。当ゲストハウスは前払いなのですが、これまでも「安息日だからお金が支払えない」というお客様が何度もいらっしゃいました。最悪のケース、支払えないタイミングでチェックインして、支払えないタイミングにチェックアウトされたという経験もあります(笑)。

ユダヤ教のお客様に関しては、最近印象に残るエピソードがありました。一棟貸しの宿泊施設にユダヤ系アメリカ人の男性2名が宿泊しました。彼らはアメリカの東海岸からマグロ漁船に乗ってお金を稼ぎ、そのお金で旅行をしながら写真を撮り溜めて発信している2人組のインスタグラマーでした。


▲インスタグラマーの2人が宿泊した1棟貸の宿泊施設Araiya

彼らのリクエストは12時半に来て、今すぐチェックインしたいという要望からはじまりました。その宿は12時チェックアウトで15時チェックインなので清掃も終わっていないと伝えたのですが、チェックインの日が安息日の開始時期だったので、その前にチェックインをしたいとのこと。彼らは清掃が終わっていないことなどお構いなしに「とにかく急いでいる」と言って部屋に入り、「これから2時間半で、東京タワー、豊洲のチームラボプラネッツ、豊洲市場、お台場のレインボーブリッジに行き、写真を撮りたい。なるべく安く回る方法を教えてほしい」と言うのです。たった2時間半でこれらをすべて回るのは、かなりタイトなスケジュールですが、私がたまたま旅行業の資格を持っていたので、人件費と交通費の負担を条件に、アテンドすることになりました。

 

滞在時間はわずか15分、お客様の要望に応じた柔軟な対応でミッション完了

「1分でも早く」という彼らの要望に応えるために、すぐにタクシーを拾い、男3人怒涛のツアーが始まりました。まず東京タワーでは下から何枚かポーズを変えて写真を撮り、滞在時間はたったの3分40秒(笑)。その後、タクシーで豊洲に移動し、チームラボプラネッツへ向かいました。道中で、最も早い時間帯のチケットを予約したのですが、到着したときは、予約時間にはなっておらず、現場のスタッフの方々に「彼らはインスタグラマー、フォロワーも多いので宣伝する。滞在はわずかだから入れてほしい!」と交渉し、なんとか通してもらいました。苦労して入ったものの、時間がないので滞在時間も15分です(笑)。


▲滞在時間わずか15分のチームラボ

その後、電車に乗りたいという要望に応じて、ゆりかもめに乗って1駅だけ移動して豊洲市場に向かいました。すでに昼過ぎでマグロの競りは終わっているので、競りが行われる真っ暗な場所を捉えたシュールな写真を撮影していました。


▲豊洲市場での説明映像を写真に収める様子

その後、豊洲市場で待機してもらっていたタクシーに再び乗り込み、大急ぎでレインボーブリッジを通って、お台場で自由の女神の写真を撮影し、ぎりぎりで宿に戻ってきました。その日の夕方頃より、安息日の教えである経済活動ができない時間帯になったので、彼らは料理も出来ず、電気のスイッチを押すこともできない。その日は彼らが用意してきた安息日に食べるレトルト食品の調理の手伝いもし、寝る時に明るすぎないよう私が電気の明るさを調整して、1日が終わりました。

 

突発的な依頼に対応できる値付け、サービスや体験を商品棚に並べること

怒涛のツアーを行なった翌日にはとても感謝されました。宿泊地の近くに、ユダヤ教の教会があるのですが、そこの牧師さんを紹介してくれて、東京在住のユダヤ教コミュニティの人たちにつなげてくれました。

今回は、一見すると無茶ともいえる突然の要望にとことん付き合ったわけですが、対応できたのは、小さな宿で柔軟に対応できる素地があったことと、弊社には何でも面白がるという風土があるからだと思います。

一方で、この経験から見えてきた課題は、さまざまなご要望に対してある程度、値付けをすることも大切だということです。例えば、今回は要望を受けて「アテンドで〇円」という形で時間を決めずに値段を設定したのですが、時間が延長するケースもあります。それらを想定して「1時間〇円」という値付けをしていれば、延長した分は追加支払いも依頼できます。

また、地域でできるローカルな体験も、お客様にわかりやすく伝えるよう商品棚に並べることも大切です。今までゲストハウスだからと、無料でサービスしてきたことも、「お金を払ってでも体験したい」というニーズがあるかもしれません。地球の裏側から来たゲストが地域の人たちの日常に混ぜてもらい、一緒に心が躍るような体験をして人生の思い出を作る。それが実現できるような商品づくりも今後は必要と、今回の経験を通じて、改めて実感しました。


(写真提供:株式会社宿場JAPAN)

プロフィール:
株式会社宿場JAPAN 代表取締役 渡邊崇志氏

外資系高級ホテルや浅草の旅館で修行した後、2009年に簡易宿所「ゲストハウス品川宿」を東京都品川区にオープン。その後、長屋を改造した小規模ホテル「Bamba Hotel」や、米穀店を改造した一軒家ホテル「Araiya」、民泊「KAGO34」を開業。ゲストハウスの連携を全国に広げるため、人材育成や開業支援も行っている。国家戦略特区区域委員、しながわ観光協会理事、民泊コンサルタントなどを兼務。

 

編集部からのワンポイント豆知識

ユダヤ教の安息日(シャバット)

宗教による制限は、イスラム教徒のハラールは良く知られていますが、ユダヤ教では、金曜日の日没から土曜日までを「安息日(あんそくにち)」と定めています。

安息日は、休息の時間を意味します。宗教観によって過ごし方は異なりますが、熱心な信者は教えを守り、仕事や作業をせずにその期間を過ごします。聖書が書かれた時代は、火をおこすことも大変な作業だったという名残があり、金銭を扱う「仕事」に加え、火や電気を扱うこと、車に乗るといった作業も禁じられ、この間は、ショッピングモールやスーパーはクローズし、公共交通機関もストップします。
そのため、禁じられている作業は、金曜日の日没前に準備をし、金曜日の夜は、家族・親せきと共に準備した豪華な食事で楽しい時間を過ごし、翌日の土曜日はお祈りや聖書、散歩などをして過ごすそうです。

今回のケースでは
・「金銭を扱えない」→宿泊代金の支払いができない
・「車や電車に乗れない」→移動を伴う旅行ができない
・「火や電気を使えない」→スマートフォンが使えない、料理ができない、電気のスイッチをオンオフできない
ということで、安息日に入る前に、観光スポットを回りたいと、上で挙げたような要望があったということです。今回はユダヤ教徒の教えを紹介しましたが、様々な宗教がありそれに基づく禁忌事項があるので、どのような禁忌があるのか、またそのことでどのような要求やリクエストが起こりうるのか、どういう対処が考えられるのかを整理しておけば、国籍や宗教関係なく安心してお客様を受け入れることに繋がるかもしれません。

 

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