インバウンドコラム

アフターコロナで大きく変化、世界中から人を集める渋谷のインバウンド観光の「いま」

2024.11.08

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インバウンドの専門家を招き、業界の最新トピックスにフォーカスして話を聞くトークライブシリーズ「観光・インバウンド業界のトレンド」。今回のテーマは訪日客から圧倒的な支持を集める、東京の渋谷。話を伺ったのは、観光案内所の運営を長年担うなど、10年にわたり渋谷を拠点に訪日観光客の案内を行ってきた株式会社ジェイノベーションズの大森峻太氏だ。

今でこそ不動の人気を誇り、様々なインバウンド向けの取り組みが行われている渋谷だが、滞在時間が短く、消費額も少ないという課題を抱えていた。そうした課題に対して、どのような取り組みを行っているのかを探っていく。

また、観光案内所という最前線の現場で定点観測して見えてくる訪日客の最新動向、人気のスポット、ニーズの変化、そして観光インバウンドビジネスの可能性など。自身も1年半かけて海外を巡り、積んだ知見をもとにインバウンドビジネスに邁進する大森氏のトークライブの内容の一部をお伝えする。


▲渋谷駅ハチ公の前にある観光案内所「SHIBU HACHI BOX」

 

変化する渋谷観光、スクランブル交差点以外の名所も

東京都が行った調査によると、コロナ禍前、訪日外国人が最も多く訪れる都内のエリアは新宿・大久保エリアだったが、インバウンドが復活した2022年と2023年は、渋谷が首位となっている。外国人にとって渋谷とは、1回の青信号で3000人にも及ぶ人が行き交い「世界で最も混雑している交差点」と言われるスクランブル交差点のイメージが強い。特に2010年代以降、SNSを通じて全世界に動画が拡散されるようになり、知名度を上げた。

「以前の渋谷は、外国人観光客が訪れる場所といえばスクランブル交差点とハチ公のみで、観光客がお金を使うシーンが少ない状況でした。訪問者が多い割に、消費額が伸び悩んでいたことが渋谷の抱える課題でした。ところが最近は、状況に変化が起こっています」と大森氏は振り返る。

例えば、スクランブル交差点が間近に望めるスターバックス コーヒー SHIBUYA TSUTAYA 2F店。かつては眺望の良い窓際の席が争奪戦になっていたが、現在は窓際席が廃止されたこともあり、お店で飲食して写真を撮る人が増え、より多くの客を取り込むことに成功している。また、スクランブル交差点を上から見下ろせ、綺麗な写真が撮れる展望施設「SHIBUYA SKY」は2019年11月オープン。大人一人の窓口価格は2500円だが、夜景が特に人気で1カ月前に予約しないと入場できない状況だ。

 

売り切れ続出、アジア圏旅行者に人気のお土産「渋谷御守」

さらに、かつて渋谷には街としてのお土産が存在せず、訪日客が消費するシーンも少なかった。現在はハチ公をモチーフにした渋谷区観光協会公式キャラクター「SHIBUYA♡HACHI」のグッズが予想以上に売れているという。

「コロナ禍の前からキャラクターは存在していましたが、本格的なグッズの販売はしていませんでした。現在もキャラクター自体の認知度は高いとは言えませんが、『ハチ公に関するお土産を買いたい』という観光客のニーズに応えているSHIBUYA♡HACHIグッズは、2023年頃から大人気です。観光案内所でも、外から見える場所に商品を置いたことで、お土産の売上がアップしたのはもちろん、来場者数の増加にもつながりました」

特に、表にスクランブル交差点が刺繍され、裏にハチ公がプリントされた渋谷御守は、SNS上で話題となり、製造が追いつかないほど売れているという。台湾人旅行者からの人気が高いそうだ。1人で数十個手に取る人も多く、購入個数に制限をかけているほどだ。


▲かつてはなかった渋谷土産でマネタイズが可能に(出典:https://shibuya-souvenir.com/)

 

日本カルチャーの発信拠点として、多様な魅力で訪日客を魅了

外国人旅行者と渋谷の最初の接点は、多くの場合がスクランブル交差点だが、ここは日本カルチャーの発信拠点であり、彼らを魅了するスポットも点在している。中でも人気なのが渋谷PARCOの「CYBERSPACE SHIBUYA」だ。ゲームやアニメ、漫画、eスポーツのコンテンツが揃い踏みの同施設は、秋葉原には向かうほどではないライトなアニメやゲームファンにとって、1カ所に欲しいものがまとまっている効率性の高さから人気だという。

また、渋谷の宇田川町は日本のみならず、世界のアナログレコードシーンを牽引する聖地とも言える場所。世界中の音楽好きがレコードを買いに渋谷にやって来る。小さな個人店も賑わうが、そのランドマーク的存在のタワーレコードに多くの外国人が訪れている。大森氏は「ミヤシタパークや109も人気です。ドン・キホーテも賑わっており、夜間は多くの外国人客がショッピングを楽しんでいます」とスクランブル交差点以外のスポットを挙げる。

さらに飲食店では、奥渋谷と言われるエリアにあるカフェ「FUGLEN TOKYO」は連日、大盛況。駅近の「神戸鉄板焼き 白秋」は影響力のある旅行プラットフォームTripAdvisor(トリップアドバイザー)に掲載されたこともあって外国人率が非常に高い。

「鉄板焼き店でありながら、回転率の高さに驚きました。私が滞在した3時間ほどの間に3回お客さんが入れ替わっていました。さらに驚いたことは、店員さんが英語をほどんど話せない状態で接客しているにもかかわらず外国人旅行者からの人気を維持している点です。お店の人に聞くと、海外観光客をターゲットにしているわけではなく、気づいたら人気になっていたとのこと。私は、そうしたお店のローカル感が観光客に受けていると感じました」と大森氏は白秋の人気について考察した。

小さな酒場が40店ほど軒を連ねる「のんべい横丁」にも多くの外国人が集う。昭和レトロな雰囲気や店主との交流が受けているようで、大森氏はこんなエピソードを明かしてくれた。

「外国人向けツアーを開催した際、途中で豆腐屋に寄ってその場で食べてもらったことがあります。お店のお母さんが説明してくれて、ガイドが通訳しました。後でレビューを見ると、全員が豆腐屋の体験が一番良かったと書いていました。東京で地元の人と交流する意外性が響いたのだと思います」


▲レトロな雰囲気は特に韓国人に人気があるという

 

ウォーキングツアーの運営経験からわかる旅行者のトレンド

大森氏が代表を務める株式会社ジェイノベーションズでは、渋谷ハチ公前にある観光案内所業務を受託している。現在、利用者は多い日で1日約500人に及び、その8割以上は外国人だという。観光案内や道案内、紛失などのトラブル対応に当たるが、そんな渋谷の観光案内所で最も多く聞かれる質問は、「予定が決まっていないのですが、どこかおすすめはありますか」なのだそう。

「アジアの旅行者は滞在期間が短めなので、ある程度訪問先が絞られていることが多いですが、欧米豪からの旅行者は例えば、5日間東京にいること以外全く決まっていなかったりします。渋谷や東京以外の日本のおすすめスポットを含め、ざっくりした質問をたくさん投げかけられるのが特徴です」

同社では予定が決まっていない訪日外国人に向けて、観光協会と提携して2018年から「渋谷区観光協会オフィシャルウォーキングツアー」を開催している。所要時間は90分で3500円(時期によって値段は変動)、定員8名以下の小規模のツアーだ。参加者の属性はアメリカが約40%で最も多く、オーストラリア約10%、ドイツ、イギリス、オランダと続く。年代は30代、20代、40代の順に多いという。1人での参加が44.7%と最も高く、ガイドや他の参加者との交流を求めていることが多いそうだ。

大森氏いわく、コロナ禍前の2019年は開催日から直近3日前までの予約が52.6%だったが、2024年現在は70%と直前予約の割合が高まっているという。ここでも欧米豪からの旅行者が計画を細かく立てずに渋谷にやって来ている傾向がうかがえる。

「前日にツアーの予約数がゼロでも、当日の朝には満席になっていることも少なくありません。受け入れ側としては、直前予約のリクエストにどこまで答えられるかが重要です」と大森氏は語る。

ツアー内容のブラッシュアップも怠らない。かねてより特にフランス人参加者を中心に「歴史の話がなかったのが残念だった」というレビューが続いたため、渋谷全体の歴史の要素を追加し、スポットとして、終戦後の日米両国の交流の一端を映す恋文横丁も説明している。


▲観光案内所のスタッフは、どんな質問にも答えられる知識や柔軟性も大切な要素だ

 

多くの訪日客が訪れる「渋谷」の消費拡大に向けた取り組み

渋谷区内では、渋谷区観光協会が中心となって回遊性を高める施策にも取り組んでいる。人気コンテンツの『東京卍リベンジャーズ』とコラボした渋谷ストリートマップを作成したり、クリエイターが手掛けた斬新な公共トイレを巡る「The Tokyo Toilet」というツアーを開催したりしている。トイレという公共施設を観光資源に変えてしまうのもユニークだが、それが回遊性の向上に貢献しているところも痛快だ。

また、渋谷区観光協会と民間企業が連携して2024年の2月から3月にかけて行った実証実験では、インバウンド向け域内周遊デジタルパス「SHIBUYA PASS」を導入。まだ知られていない渋谷の魅力や体験を提供し、外国人旅行者の滞在時間の延長、地域消費の拡大が目指した。また、展望台やツアー、手荷物預かりなど様々な業態が一丸となって、旅行者の利便性向上を高めた。

渋谷というと、若年層に人気の街といったイメージが強いが、最近はナイトタイムエコノミー推進の動きもあり、富裕層が楽しめる場所も徐々に増えている。大森氏はこんなエピソードを話してくれた。

「東急プラザの屋上にあるレストランCÉ LA VI Tokyoでは、夜になるとクラブラウンジができ、多くの外国人が集まるのですが、VIP席のシャンパンの最高額が2000万円でした。VIP席の外国人観光客は高級ホテルからの紹介で訪問するそうです」

渋谷における富裕層向けサービスも今後、拡大していく可能性がある。

最後に大森氏は今後の展望について話してくれた。「最近は観光客の情報収集手段が動画になっているのが大きなトレンドで、私たちも動画の配信に注力しています。情報発信に努めながら、足元では地域の連携をより深めて盤石な体制を整えて、多くの外国人観光客に渋谷を楽しんでもらえればと思います」

 

プロフィール:

株式会社ジェイノベーションズ 代表取締役社長 大森 峻太

神奈川県出身。大学卒業後、1年半かけて海外を巡り観光の最前線を学ぶ。帰国後にインバウンド向けツアーを手掛ける株式会社ジェイノベーションズを設立。会社を経営する傍ら、インバウンドの専門家として行政などのアドバイザーを務め、メディアなどでもインバウンドの最前線を発信している。東京都観光まちづくりアドバイザー。渋谷区観光協会観光フェロー。関東学院大学国際文化学部客員准教授。

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