インバウンドコラム
いまやアジアの成長が「旅行・観光」分野をはじめとして世界を牽引していると言っても過言ではない。しかし、30年前に「アジア」に特化し、アジアとのネットワークを構築しようとしている都市は少なかった。そのようななかで、福岡市は「福岡アジア文化賞」や「映画」、「アート」などでアジアと交流をしながら、アジアの多様な文化の価値に着目し、世界に伝えてきた。今回は、今年で28回目を迎える「アジアフォーカス・福岡国際映画祭」についてレポートする。
アジア映画に焦点をあてたユニークな映画祭
「アジアフォーカス・福岡映画祭」は1991年にスタートし、今年で28回目となる。市制100周年を記念して1989(平成元)年に開催した「アジア太平洋博覧会」で培われたアジアとの交流の輪をさらに深めるために、翌90年から始まった「アジアマンス(2013年よりアジアンパーティ)」の主要事業のひとつとして開始された。
少し私的な話になるが、時代状況を理解してもらうためにきいてほしい。当時私は国家公務員(法務省・保護観察官)を辞め、地元のタウン情報誌「シティ情報ふくおか」で、編集者として働いていた。まだ、インターネットがない時代。検索はもちろんできず、デジタルカメラもなく、印刷も写植印刷(デジタルでない)がほとんどだった。そんな中、映画の上映スケジュールやコンサートやイベント情報が、この情報誌に掲載され、世の中の人が知るところとなる。ここに、福岡で行われる様々なエンターテインメント情報が集まっていたのだ。「シティ情報ふくおか」に携わるメンバーの数人は、本映画祭に深く関わっていて、上映作品の選定にあたり、実際にアジア各地に足を運び、現地調査を行うメンバーもいた。私は、第2回(1992年)のベトナム映画特集にあわせて福岡市内のベトナム料理店の特集を作成する程度の薄い関わりだったが、毎年9月の風物詩として深く思い入れもあるものである。
アジアフォーカス映画祭が担ってきた2つの役割
思い出があるから語るのではなく、本映画祭は、これまでいくつかの先駆的で貴重な役割を果たしてきた。
まずひとつは価値あるアジア映画の発掘である。
先述したが、上映作品を選定するために、映画祭のディレクターが事務局スタッフとともに実際にアジア各地に足を運び、現地調査を行う。戦火が絶えない地域や政情不安定な国などが少なくない中、アジア各地で製作された映画がこの映画祭で話題となり、世界各地で上映され、評価されたことも多い。
代表的なのはイラン映画。第3回(1993年)にアッバス・キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ」を上映。その後、日本・世界に人気が広まり、1997年にはカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞し、イランを代表する監督に。第21回(2011年)上映のアスガル・ファルハーディー監督の「別離」は、第84回アカデミー賞で、外国語映画賞を受賞の後、その評価を不動のものにした。
2点目は、アジア映画の保存である。
1996年に開館した福岡市総合図書館には、アジア映画や日本映画の名作を中心に収集、保存、公開、調査・研究するフィルムアーカイヴがある。これまでの映画祭で招待された392作品(2018年3月現在)について同アーカイヴがアーカイヴ権を取得。貴重なアジアの映像文化財として収蔵され、本国では見られない映像が、ここ福岡で保存されている場合も多い。
昔の映画が貴重な文化財として修復を経て生まれ変わる
具体例を挙げると、今年上映されたフィリピン映画の「水の中のほくろ」。1976年に製作され、福岡市フィルムアーカイヴ(福岡市総合図書館)に唯一残されていた35ミリフィルムを、デジタル技術で修復した。当初、プリントには汚れやキズなど数え切れない痛みがみられ、50人以上の修復専門家が約3600時間をかけて修復。日本で古いフィルム修復などを手掛ける株式会社東京光音にて4Kでスキャン作業がおこなわれ、タイのカンタナ・ポスト・プロダクションで2Kデジタル修復が実施されたとのこと。鮮やかな映像が映し出された。
今年、招待された作品は23か国・地域の56作品から構成されている。ほとんどの作品が日本初公開となるため、日本語字幕を付けての上映となるが、本映画祭ではさらに、アジア各地から参加するゲスト及び地元の留学生が鑑賞できるように、英語の字幕も付けている。上映に際しては、監督・主演者等をゲストとして招待し、会場でのQ&Aやシンポジウムなどで市民との交流を図っている。
相互交流で「福岡」とアジアのネットワークを築く
日本のインバウンドにおいては、古くは2009年に韓国でイ・ビョンホン主演のドラマ「IRIS(アイリス)」で秋田が舞台になったことをきっかけに、韓国人旅行者が増えたあたりから、フィルム誘致による観光客誘客が盛んになった。
この映画祭のゲストとしての来福をきっかけとして、福岡のロケーションを気に入り、映画ロケ地になるケースなどの成果も出てきている。
今年2018年3月下旬から4月の13日間、福岡市中央区大名を中心に市内各所で撮影が行われた映画、その名も「福岡」が好例だろう。チャン・リュル監督は、中国生まれの韓国人で、「キムチを売る女」「豆満江」といった社会的、芸術的な作品で各国の映画祭での受賞歴も多い。今回はスケジュールの関係で、撮影風景を捉えたメイキング映画が上映された。
何気ない裏路地や古びた小さな飲み屋、何気ない小さな川、作品のエッセンスとなった古本屋など韓国人が好きな心象風景が、実はこういう日常風景であることを伺うことができる。撮影の中心となった大名は、繁華街・天神に程近く、個性的な飲食店やショップが並び、海外からの旅行者も多く闊歩する。「冬のソナタ」でキム次長に扮したクォン・ヘヒョ、若手実力派女優として注目のパク・ソダムなどをみて、韓国人旅行者が注目することが多かったという。監督によると、完成と公開は来年2019年になるだろうとのこと。今でも多い韓国人旅行者がさらに増えるのではないかと楽しみだ。
福岡・日本で撮影される映画を育てる「ネオシネマップ福岡 アジアンフィルムマーケット」
また、2015年からは日本で唯一「アジア映画」に特化したマーケット「ネオシネマップ福岡 アジアンフィルムマーケット」を開催している。すでに完成したアジア映画が、日本や他国で流通するための商談だけでなく、企画段階のものを制作者がプレゼンテーションし、共同制作者や協力者を募るプロジェクトピッチを行うことでネットワークを促進。アジア映画が日本で公開先を見つけること、または日本映画が海外で展開して行く道を探るという双方向の場であり、日本とアジアの相互ハブになっている。
まさに福岡を象徴するかの如くコンパクトなマーケットで、釜山国際映画祭併設の「アジアンフィルム・マーケット」などの見本市と比べて規模は小さいが、海外の参加者からは「サイズがちょうどいい」「熱意のある会社と出会うことができる」「商談やパーティーの雰囲気がフランクで、映画関係者と密なつながりを持てる」と評価されている。この後10月に開催される釜山国際映画祭の前に、「福岡でリラックスして会う」というのが、一部の映画関係者の間で定番になっているという。
福岡を起点に九州全域へ効果が伝播する映画祭
九州や近隣のフィルムコミッションもその意義を感じている。
タイのドラマや映画などのフィルム誘致により、タイ人旅行者をはじめとして外国人旅行者が急伸している佐賀県フィルムコミッションの島松宗一郎さんは「今、佐賀県FCではフィリピンにフォーカスしています。福岡に直行便もあり、英語でコミュニケーションもしやすい。今年はフィリピン映画100年を記念されており、映画文化もしっかり根付いています。 まだ日本への渡航にはビザが必要なため、ハードルはやや高いが度々現地へ足を運び継続してコミュニケーションを図っています。今年の本映画祭特集の『フィリピン映画』で、会いたかった監督とも直接話しができました。」と語る。
こうした地道な交流が映画関係者をはじめ、アジア各国、在住外国人に「福岡」という街と文化の記憶を積層させている。
継続から質の向上へ、映画祭を通じて地域の産業振興へ
商業映画だけではなく、アジア各国や地域の人々の生活を描いた先進的な作品にフォーカスし、世界に送り出してきた本映画祭。しかし、「我が国におけるアジア映画を取り上げる環境が変わってきている」と事務局の楠本賢司さん。
「東京国際映画祭においても,クロスカットアジアと称したアジア映画に特化したプログラムが構築され,大阪でも大阪アジアン映画祭が開催されるなど、我々の映画祭以外にもアジア映画を上映する映画祭が開催されるようになってきました。
アジアの映画が取り上げられる機会が増え,映画産業が盛り上がることは大変喜ばしいことである一方で,古くからアジア映画に特化した映画祭を実施してきた我々もアジア映画を上映するだけは目立たなくなってきているのが事実。4年前から商談会を併設したのは,当映画祭の特色を出したいという思いもある。今後についても,質の高いアジア映画を上映し、交流を積み重ねるのは当然のこと、産業振興に寄与し、取り組んでいきたい」
本映画祭は「継続による力」を証明しているが、各国の視点で生活や文化を凝縮して伝える「映画」産業には、まだまだ多様な可能性があることも教えてくれる。
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