インバウンドコラム
2021年後半から観光再開に向けた積極的な施策を推進しているタイでは、6月8日〜10日にプーケットで、世界各国からバイヤーやメディアを招いた旅行博「TTM+2022(Thailand travel mart)」を開催した。その取材も踏まえながら、観光立国タイのアフターコロナの戦略をレポートする。
観光産業従事者が4分の1を占めるタイの積極的な開国
コロナ前の2019年にタイを訪れた外国人旅行客数は世界第8位、観光産業従事者が全体の25%を占めるなど観光立国として知られるタイでは、外国人旅行者の誘客が回復のカギを握るだけに、そのピッチを早める必要があった。
2021年10月からはワクチン接種者が隔離検疫なしで滞在できるプーケットサンドボックスを実施、2022年2月からはタイランドパスを導入し、ワクチン接種か陰性証明の登録と一定以上の補償のついた医療保険の加入などの条件をクリアすれば、隔離なしで入国できるようになったことで海外との往来が一気に進んだ。
また、6月23日にからは国内でのマスク着用の義務が廃止となったほか、7月1日からは外国人のタイランドパスも廃止され、コロナ禍前の日常へと急速に戻っている。
▲ウエルカムパーティーで。左から3番目が観光スポーツ省大臣 Mr Phiphat Ratchakitprakarn
2年以上ぶりの大型旅行博、活気に満ち溢れるプーケット
プーケットで開催された旅行博「TTM+2022」には、世界42カ国から277名のバイヤー、90名のメディア、タイ国内の264名のセラーと合計639名が参加。私はタイ国政府観光庁の福岡オフィスからメディアとして招待された。ほとんどの参加者が、海外旅行も、このような大きなコンベンションも2年以上ぶりで、コロナ禍の終わりを謳歌しているような雰囲気に満ちていた。
もっともこのときはマスク着用は徹底され、部屋の入り口では消毒や検温もしなければならない。ヨーロッパからの参加者は、マスクに違和感を唱える人もいたが、それでもルールに従っていた。
▲左:事前マッチングされた商談会 右:日本からのバイヤーは2日間で37件の商談を実施
タイ政府観光庁が考える、直近2-3年の観光戦略と観光収入の見立て
開催2日目の6月9日には、タイ国政府観光庁(以下TAT)マーケティング&コミュニケーション局副局長のSiripakorn氏がタイ観光の現状と今後のタイ観光戦略のコンセプトをプレゼンテーションした。
2年以上続いたコロナ禍で、TATでは観光地としてのタイを常に思い留めてもらうための取り組みである「Top of Mind」に重点を置き、情報発信に取り組んできた。同時に、タイへの自由な渡航が可能となり次第、タイの観光業を力強く回復させるため、「責任のある観光」そして「持続可能な観光」を最重要テーマに、より一段と高付加価値な観光商品やサービスの提供を考えているという。
2022年は、700万〜1000万人の外国人旅行者、国内旅行をあわせて1.5兆バーツ(約5.7兆円)の観光収入を見込んでいる(1月〜5月では123万人の外国人旅行者を受け入れた)。
なお、2023〜2024年の2年間の国内とインバウンドあわせた観光収入は、2.4兆〜3兆バーツ(約9.1~11.4兆円)を見込んでいる。2019年の国際観光収入が605億米ドル(約6.6兆円)で世界第4位であったタイのポテンシャルを考えると、まだまだ回復途上にあると思われる。ちなみに2019年の日本の国際観光収入は世界で第7位、461億米ドルなので、タイのそれは、日本の約1.31倍となる。(タイバーツは2022年6月下旬の為替レート、1バーツ≒3.8円で計算。米ドルは2019年当時の為替レート、1米ドル≒109.5円で計算)
2022〜2023年の観光キャンペーンのコンセプトは「アメイジングニューチャプター Amazing New Chapters」と銘打たれ、Nature(自然)、Food(食べ物)、Thainess(タイらしさ)の頭文字をとったNFTにフォーカスし、ストーリーを明確に提示し、多様性にあふれた体験を、訪問者各々が自分の好みにあわせてセレクトできることをプロモーションするという。
コロナ禍を経て変化する、タイに入国する旅行者の属性
まずは、2019年のタイへの外国人旅行者のランキングをみてみよう。
1位 中国 (1,099万人)
2位 マレーシア(417万人)
3位 インド (200万人)
4位 韓国 (189万人)
5位 ラオス (185万人)
6位 日本 (181万人)
となっており、特に中国からは1,000万人の大台を超え、全体の4分の1を占める圧倒的なボリュームとなっている。
次に、コロナ禍から脱却する方針を打ち出した2022年1月~4月の4カ月間合計は、世界の中でも海外との往来をいちはやく再開したヨーロッパ、アメリカが入国者数の上位を占めている。
1位 イギリス /70,865人
2位 ドイツ /62,105人
3位 ロシア /56,042人
4位 フランス /46,266人
5位 アメリカ /46,860人
ところが、直近2022年5月の入国者数は、インドや海外との往来にふみきったマレーシア、シンガポールが台頭してきた。
1位 インド /43,105人
2位 マレーシア /35,722人
3位 シンガポール /23,613人
4位 イギリス /14.472人
5位 ドイツ /10.014人
入国者数は重要なファクターだが、滞在消費額と滞在日数から、タイならではの傾向が読み取れる。
コロナ禍以前の2019年の消費額が高い市場には、滞在日数も長いロシアが3位に入ってくる。
1位 中国 (5,316億バーツ:約1兆8,600億円)
2位 マレーシア(1,074億バーツ:約3,759億円)
3位 ロシア (1,029億バーツ:約3,601億円)
4位 日本 (938億バーツ:約3,283億円)
5位 インド (800億バーツ:約2,800億円)
(2019年の為替レート、1バーツ≒3.5円で計算)
滞在日数は、ヨーロッパ、カナダが平均16日以上と長くなっている。
1位 スウェーデン(19.13日)
2位 カナダ (17.94日)
3位 イギリス (17.71日)
4位 フランス (17.39日)
5位 オランダ (17.35日)
入国者数もショッピングなどの消費も多い中国からの観光収入はやはり大きいが、富裕層が多くタイに通うロシア、そして滞在日数の長いヨーロッパ、北米もタイにとっては重要な市場であったといえる。
とはいえ、これはコロナ禍以前のトレンドであり、外国との往来をシャットダウンした期間にリセットされた感がある。
責任ある観光の推進、質の高い観光地としてのブランド確立に向けて
チューウィット・シリウェーチャクン東アジア局長は、今後のタイがとる戦略について次のように答えてくれた。
「観光客の数をやみくもに増やすことよりも一人当たりの消費額の大きな観光客や特に環境保護などに高い関心を持つ、いわゆる『レスポンシブル・ツーリスト』の訪問を促すことで、より効率的に観光業を回復させてゆくという方針です。つまり、『安いから行く』という観光地のイメージではなく、質の高い旅を実現できる観光地としてのブランド化を推し進めてゆくということです。本来、タイは生態系も、質の高い観光素材も多様性にあふれています。
ヘルス&ウェルネス、スポーツ、文化・歴史、自然、スピリチュアルといった分野の他にも、タイに昔から伝わる伝統的価値や知識にイノベーティブな創造性を加えることで、これらを新たなタイの魅力として知っていただくことも可能だと思います。このような取り組みを通じて、より目的意識の高い旅行を促し、その結果として観光産業がタイの社会の発展に大きく貢献できることを目指しています」
観光大国であるタイの強みと日本が見習うべき3つのポイント
日本がタイに見習うべき点は多々あるが、ここでは現地取材を通じ、私自身、日本の観光事業者にも参考になると感じたポイントを3つに絞って紹介する。
1、未知の感染症も見据えた全国共通の衛生基準・防疫体制の認証制度
まず1つ目は、「SHA」(アメージングタイランド健康安全基準)である。飲食店や宿泊施設などの衛生基準や防疫体制の認証制度で、認証された施設には、国全体で統一された認証マークが付与され、ホームページのリストに掲載されている。
「ワクチン接種スタッフが70%以上」など上位のポイントを満たすと「SHA+(プラス)」「SHA++(エクストラプラス)などのグレードもあり、現在では。約7万件の施設が掲載されている。国全体で統一されているので、国内外からの旅行者にとってもわかりやすく、感染症に対する安心や信頼感を得ることができる。日本は認証制度が各自治体になどによってバラバラで、特に外国人旅行者は認知しにくい。バンコクでもプーケットでも、このマークがある店舗や施設が目立っていたように思う。
COVID19の脅威が薄れて必要なくなったとしても、今後いつ起こるかもしれない感染症などに対して、このシステムは有効だと思われる。
▲プーケットの人気プログラム。チャロンベイ蒸溜所でも「SHA」と検温器と消毒のセットが店頭に
2、欧米からの旅行者が多いタイで深化するサステナブル・ツーリズム
全世界的な潮流である「持続可能な視点」は、欧米からの旅行者が多いタイでは不可欠で、取り組まなければ選ばれない。
プーケットで宿泊したリゾート「The Slate Phuket」でも、ミネラルウォーターはガラスのボトルで持ち運びできるように準備され、歯ブラシなどのアメニティはなく、レストランで提供されるストローは紙製という具合だ。
バンコクでは、電動トゥクトゥクに乗車した。独特の音がする従来のトゥクトゥクと違って、音がものすごく静かで、滑るように市街地を走っていく。電動トゥクトゥクMuvMi(ムーブミー)は、現在200台ほどが稼働しており、アプリで配車サービスも行っている。このシステムはタイ政府のイノベーション事業助成金を用いて開発された。タイ政府は2017年に「2025年には全国の約2万台のトゥクトゥクをすべてEV化する」と宣言したこともある。コロナ禍でその目標が達成できるかは不透明だが、二酸化炭素排出量の削減には大変有効である。
▲王宮のエリアを電動トゥクトゥクで周遊。タイのトゥクトゥクには日本のJリーグのラッピング広告もよくみかける
TATでは、このサステナブル・ツーリズムの見える化に注力しているという。その一つが、旅行者が旅行パターン、移動距離、アクティビティ、1日の食物消費を記録すると、個人の温室効果ガス排出量を計算する「CF Calculator」というアプリの開発だ。
また、バンコクでお会いした寄付型ショッピングサイト「socialgiver」の創設者・CPOであるAliza氏からは、このサイト上で宿や商品を購入することで、購入金額の一部が環境保全や地域資源を守る寄付にもまわるという話を聞いた。旅行分野だけに限らないが、TATとのコラボした「Meaningful Travel」という特設サイトでは、多くのリゾートや体験が販売されている。ここに掲載されていることがサステナブルな施設であるという信頼感を得る近道にもなるのではないだろうか。
タイのサステナブルな取り組みについては、同時期にタイに入ったメディア「りとふる」で、タオ島のココナツなど廃棄せずにリサイクルする取組やプラスチックゼロの取組などが紹介されている。
3、学生を巻き込んでのサービス提供、若い観光人材の育成
日本でも近年「観光学」や「観光マネージメント」の大学の課程や専門学校が増えているが、タイにはバンコクやプーケットなどの観光地でそれらを学ぶ学校も多い。そして、人材の受け皿となる宿泊施設や体験スポットなども相当数ある。彼らは、英語で接客し、「微笑みの国」ならではの笑顔で、ゲストとコミュニケーションをとることに長けていると感じる。
バンコクでもプーケットでも様々なレベルの宿泊施設が盛んに開発されてきた。そうした施設もコロナ禍で休業を余儀なくされたが、再開に必要なスタッフは帰郷していた地元から急速に戻り、需要と供給のバランスはとれているという。
今回訪ねたプーケットのバンロン・コミュニティベースドツーリズム(BangRong CBT)では、地元の専門学校に通う学生がアルバイトとして働き、一緒にワークショップを行った。
半日のツアーの短縮版で、バティックのバッグに絵付けをし、パイナップル畑でパイナップルの収穫体験としぼりたてのジュースを味わい、次はココナツを収穫して、ジュースやココナツミルクを作り、そこから地元で食べられる団子のようなお菓子を作るというもの。彼女たちからの積極的な説明や会話はまだ少ないものの、地域の生活を伝える体験やツアーは興味深く、これからもいろんな地域資源をストーリーにし、商品にしていくのだと思う。
2022年は「日タイ修好135年」という記念の年。TATも日本を「安定した友好関係をもつマーケット」として重要視している。タイを訪ねて、世界からの旅行者をどのようにもてなしているか実際に体験してみることをおすすめする。
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