インバウンドコラム

24カ国から50人が滞在、消費額2000万円超。自治体初 デジタルノマド誘致プログラムが福岡にもたらしたもの

2024.04.12

帆足 千恵

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新しいインバウンド市場の1つとして注目されているのが「デジタルノマド」。コロナ禍でリモートワークを含めた多様な働き方が生まれ、デジタル技術を活用して働き、様々な場所を行き来するライフスタイルを送るデジタルノマドが一般にも普及するようになった。日本でも3月末よりデジタルノマドビザの発給が始まったが、それに先立つ2023年10月、福岡市では自治体初といわれる海外デジタルノマド誘致プログラムを1カ月にわたり行った。計24の国、地域から50人近い人が訪問し、消費額は2000万円超という今回のプログラムの振り返りと共に、デジタルノマド誘致の現状と今後をレポートする。


▲海が見えるコワーキングスペースでのワーク

 

3月末にビザ発給スタート、日本のデジタルノマド誘致の幕開け

デジタルノマドとは、その名の通り、「IT技術を活用し、パソコン1つを持って世界を自由に旅しながら働く人たち」のことを指す。その数は 世界に3500万人以上(2022年、A Brother Abroad調査)とされ、その経済効果は全世界で7870億USD(約119兆円、1人あたり約337万円※1USD=150円換算)にも及ぶとの試算もあるが、その規模は正確には把握できていない。また、世界のデジタルノマドのためのサイト、Nomada Listによると、2035年には10億人にものぼると予測されている。

日本では 2023年度の「骨太の方針」にデジタルノマドビザの導入に向けた制度整備が盛り込まれ、2024年3月末に出入国在留管理庁より「在留資格『特定活動』(デジタルノマド及びその配偶者・子)」が発表され、デジタルノマドビザの発給が開始された。年収1000万円以上などの条件に合えば、、現行の90日間の観光ビザの倍の180日間、日本に滞在できることになった。

これにより、日本のインバウンド業界は新たなフェーズに入ると言ってもいいだろう。

 

30代が6割、半数が1カ月超滞在。国内初デジタルノマド誘致プログラムの中身

2021年からビジネスマッチングや交流イベントなど、ビジネスに特化した都市型ワーケーションの取り組みを始めた福岡市では、日本の自治体では初といわれるデジタルノマド誘致へ着手。2023年10月1日より31日までの1カ月間、国内外のデジタルノマド同士が生活を共にするコリビングプログラム「COLIVE FUKUOKA(コリブ フクオカ)」を開催した。

具体的には、福岡・天神にあり、暮らすように滞在できるシェアリビング宿泊施設Lyf tenjin fukuokaを拠点に、福岡・九州の観光・体験プログラムや多様なコワーキングスペースでのワークやビジネス交流イベント、地域の人ともかかわるプログラムなど60以上のコンテンツが展開された。参加者は参加料を支払い、イベントとして組み込まれている企画に参加し、あとは自分の思うようにワークしたり、無料、有料のコンテンツを選んで福岡での滞在を楽しんだ。

1カ月間のCOLIVE FUKUOKAイベントの成果を、開催後に発表されたレポートから振り返ってみよう。

参加者は当初の予想を大きく上回り、24の国・地域から10名のインフルエンサーを含む49名が参加した。平均滞在日数は21日だが、参加者の51%は1カ月以上滞在していた。

年齢層は30代が60%以上、地域的には香港、台湾などアジアの国からが49%、欧米が45%だった。欧米で開催されるイベントに比べ、今回はアジアからの参加者が多く見られるという日本開催ならではの結果となった。職業としては、IT、経営者・起業家が多く、一般的なデジタルノマドの属性と同様だった。

参加者の消費額は約2126万円、運営チームやボランティアなどを含めた事業全体の消費効果額は、約3300万円と推計されている。


▲COLIVE FUKUOKA 2023 REPORTより IMPACT RESULT

 

推奨度9割超、コンパクトシティへの評価、豊富な交流プログラムが高い評価

先述した福岡市のワーケーション推進事業を立ち上げから担い、今回の自治体初となるデジタルノマド誘致事業を担当した福岡市役所・横山裕一氏(福岡市 経済観光文化局観光コンベンション部 観光産業課観光産業係長)に、デジタルノマドたちのアンケート結果とその考察、そこから見えた今後の課題を伺った。

「参加者からは満足度88%以上、友人・知人への推薦度98%と、初回ながら高い評価を得ることができ嬉しく思っています」と同氏。


▲COLIVE FUKUOKA 2023 REPORTより IMPACT RESULT

具体的には福岡市街地の渡船場から約10分で到着する能古島やビーチに象徴される都市と自然との調和、「Walkable」でコンパクトな都市環境、利便性、「食」に関する満足度が高く、参加者の中でも、予想以上との意見が多くあったそうだ。

加えて「参加者同士が交流する」コンテンツが豊富に揃い、結果として最も満足度が高いコンテンツとなったという。特に福岡のナイトライフは人気で、毎夜、多くの参加者が屋台ツアーやカラオケ、ゲームセンターを楽しんでいた。


▲参加者に人気だった屋台ツアー

市の植物園内で子どもたちと一緒に苗木植えをしたり、お茶会、企業とのミートアップを開催したりするなど、地域の人々を巻き込んでの企画も好評で、一般的な観光地訪問や観光コンテンツの評価よりも高かったそうだ。

改めて「通常の外国人旅行者とは大きく違い、日々のワークや食事など、『暮らし』の側面が高い評価につながっていく」ことを実感したという。


▲福岡市の園児と、COLIVE FUKUOKA参加者のデジタルノマドとの交流会でのひとこま

 

海外ノマド誘致に必要な課題が明らかに

「課題ももちろんなかったわけではありません」と横山氏は続ける。「福岡だけでなく、日本全体の課題だと考えられますが、長期間、生活者の視点で滞在するからこそ、コミュニケーションの壁は大きいと感じました。これはすぐには難しくとも、長期的にみながら解決していかないといけません」

また、多様なコワーキングスペースの存在が評価を受けたものの、時差の関係上、夜間に仕事に集中できる場所が欲しいとの意見もあったそうだ。「3月から福岡市の企業でニーズに対応する新しいプランが出ているので、そういった情報も含め周知していきたい」とのことだ。

折しも、筆者がよく利用しているコワーキングスペースで、こうした課題を解決する対応が始まった。福岡市の株式会社Zero-Ten Parkが運営するシェアオフィスブランド「The Company」の市内4店舗にて、時差を気にせずワークできる「デジタルノマド」プランを3月7日より展開しているのだ。対象は国籍問わず、24時間使い放題(対象店舗:福岡キャナルシティ博多前店、福岡PARCO店)で、1週間単位で利用可能。英語、韓国語、フランス語、ドイツ語など多言語対応可能なスタッフがサポートし、滞在施設情報の斡旋や、スタートアップコミュニティとのマッチングイベント等を随時開催する。長期利用すれば、通常のドロップインより最大76%割引となり、本プラン購入者限定のグローバルコミュニティー「The Caravan(英語・日本語)」への招待もあるという。


▲2023年にはThe Companyにて「第1回デジタルノマドサミット」が開催

 

タイ・チェンマイがなぜデジタルノマドの聖地といわれるのか

福岡市へのデジタルノマド誘致を担う横山氏は、2024年1月にタイの古都で、デジタルノマドに人気があるチェンマイに出張し、デジタルノマドの聖地と呼ばれる所以を確認したという。

チェンマイはバンコクに比べると、穏やかな雰囲気で、高いビルもないが、まちなかにはコワーキングやカフェスペースが数多くあり、欧米人の利用者でどこもかしこも満杯だったそうだ。アジア系は韓国人や中国人が散見される程度だったという。

物価が安く、1カ月8〜9万円あれば暮らしていけるとも言われる点は魅力的だが、何よりチェンマイが強いのは、デジタルノマドのコミュニティがしっかりできていること。各コワーキングそれぞれに特徴がある。例えばクリプト(暗号資産)分野の著名なエンジニアがオーナーのコワーキングスペースには、その経験値やネットワークを求めて、世界中のエンジニアや、スタートアップしたい起業家が集まってきているのだそうだ。

「福岡に進出したいと言ってくださるコワーキングオーナーの方もいて嬉しい限り! 具体的な動きに繋がるようコンタクトを継続したいと思います」と横山氏は語る。

福岡市では2024年度もデジタルノマド誘致の事業を予定しており、日向市や別府市など九州各地の自治体も興味を示しているという。ただ、福岡・九州に対する欧米への知名度はまだまだで、これから高めていかなければならない。

「世界のデジタルノマドから、『日本といえば福岡』と言ってもらえるような象徴的な都市、デスティーネーションになりたいですね。今回の事業でも、参加者のノマドたちはSNSなどで多くの発信をしてくれて、その投稿を見て、急遽参加してくれた人もいました。やはり、最後は人なんだなと。人が人を呼ぶネットワークをさらに築いていきたい」と横山氏は意欲的だ。


▲COLIVE FUKUOKAでは、交流を生み出すべく様々なイベントを開催した

 

デジタルノマドが福岡を目指した理由

筆者自身、本事業のオープニングイベントやカンファレンスに足を運び、参加者にインタビューを行う中で、「なぜ福岡を選んだのか」との問いも投げかけた。それに対し、「デジタルノマドの友人にこのイベントがあることを教えてもらったから」「このイベントに参加しているコワーキングスペースのオーナーからおすすめされたから」と、「知人・友人の推薦、口コミ」を挙げる回答ばかりだった。

訪日は初、あるいは東京や関西を訪れたことはあっても、福岡は初めてという人が多かったのに、自由に世界で仕事をする人たちはフットワークも軽く、福岡にやってきた。「人を呼ぶ、ひきつけるのはやはり人なのだ」と実感せずにはいられない。


▲COLIVE FUKUOKA開催期間中のスタートアップイベントにも大勢の人が参加した

出身国をきくと、「またその質問か」という少しうんざりした表情をみせた人もいた。それはそのはず、出身国にはほとんどいなくて、世界のどこかでノマドワークしているのだから。思えば、筆者が海外旅行情報誌の取材のためアジアを中心に世界各地に旅した1990年代後半にも、自分の国を離れて世界を周遊しながらノマドワークする人たちは多かった。すでにインターネットとツールさえあれば、どこでも仕事ができるようになっていたからで、この頃からデジタルノマドというワードは存在した。

今や世界の50近くの国がデジタルノマド向けのビザ・施策を行い、誘致に注力している。収入や納税など条件は違うが、最長年月はインドネシア・バリ島の5年、タイは4年、2024年に制度を発表した韓国は2年と、日本の180日は決して長くはない。

それでも、選ばれる都市、国になるために、コミュニティ、人とのネットワークを創ることに、福岡市は先んじてトライをし、ブラッシュアップしていく覚悟を示している。

このCOLIVE FUKUOKAの事務局は、海外デジタルノマド市場に特化したマーケティング事業などを行う(株)遊行が担った。代表の大瀬良亮氏は2019年に設立した旅のサブスクリプションサービス「HafH(ハフ)」の創業者でもある。ベトナム、タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシアなど東南アジアで旅&仕事をした経験から、デジタルノマド誘致やプロデュースに至ったという。

本事業の受託後には、ブルガリアのバンスコで開催された世界最大規模のデジタルノマドフェス「Bansko Nomad Fest」2023にも参加した。オフシーズンに開催される8日間のフェス中は、人口8500人のまちに約750人のノマドが集い、推定7800万円以上の経済効果があるとされる。「グローバルな関係人口の増加」だという大瀬良氏の言葉に大きな広がりを感じた。

福岡でのワークショップやアンカンファレンスなどでも、地域の課題解決に役に立ちたいというノマドも見られた。次回、福岡市で開催されるときは、筆者自身も彼らともっと関わり、一緒になにか成したいと考えている。

 

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