インバウンドコラム

27回 訪日外客にとって居心地のいいツーリストタウンの条件とは?

2014.01.15

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昨年、史上初の訪日外国人数1000万人を達成し、今年の春節は中国からの訪日客も戻ってきました。街角でよく見かけるようになった外国人ツーリストは、日本でどんな風に過ごし、何を不便に感じているのか。海外の事例と比較しながら日本の受け入れ態勢の課題を検討し、訪日外客にとって居心地のいいツーリストタウンの条件について考えます。

 

昨年8月、インドシナ北辺の国境地帯を1週間ほど旅しました。タイの首都バンコクから夜行列車でラオス国境の町ノーンカーイに向かい、国境の橋を渡ってラオスの首都ビエンチャンへ。そこからラオ航空の国内線でルアンナムターという少数民族の集落のトレッキングで知られる町を訪ねました。中国国境(雲南省)からも近い町です。

ルアンナムターでは、ひとりの外国人ツーリストとして、とても居心地のいい時間を過ごせました。

なぜだったのか。

 

ツーリストに必要なインフラがすべて揃う町

ラオスといえば、昨年11月に安部首相が訪問し、同国との経済協力を約束したことが報じられましたが、アセアン諸国の中では最貧国として知られる途上国です。目覚ましい経済発展が続く他のアセアン諸国と比べると、のんびりしたアジアの風情が残っていて、世界遺産に登録されたルアンプラバーンの仏教遺跡や少数民族の集落を訪ねるトレッキングなどが海外のツーリストの間で人気となっています。

でも、ルアンナムターの居心地がいいのは、それだけが理由ではありません。ツーリストの身になって考えれば、東京よりはるかに便利で快適な滞在が楽しめるからなのです。

どういうことでしょうか。

なぜなら、この小さな町にはツ-リストに必要なすべてのインフラがコンパクトに揃っているからです。

ツーリストに必要なインフラとは何か。それは「住(アコモデーション)」「食(グルメ)」「足(トランスポーテーション)」「観光(アトラクション)」という4つの要素です。

そこで、この小さなツーリストタウンの4つのインフラの中身を見ていきましょう。

 

 

 

 

 

ルアンナムターのゲストハウス兼カフェレストラン

まず「住(アコモデーション)」から。ルアンナムターの市街地は南北2km、東西1kmの範囲にほぼ収まっていて、ほとんどのホテルがメイン通りに沿った100mほどのエリアに並んでいます。市街地から7kmの空港からバスに乗って町に降りたツーリストは、その気になれば、歩きながら料金や客室の快適度などを比較して、ホテルを選ぶことができます。町の規模にしてはホテル数が多く、選り取り見取り。選択肢の自由が多いことで、ホテル選び自体が旅の楽しみにつながります。そういうのが面倒くさい、またホテルの予約なしで旅行するのは不安という人も心配ご無用。この町のホテルにはたいてい英語のHPがあって、ネットで事前に予約ができます。ホテルのスタッフは簡単な英語は話しますから、予約なしでも問題ありません。

 

 

 

 

この町のホテルはWi-Fiが完備

外国人ツーリストのホテル選びの条件として、Wi-Fiが使えるかどうかはとても重要です。その点、この町のホテルはどこでもWi-Fiが完備しています。Wi-Fiが使えなければ、ツーリストからスル―されてしまうからです。実際、ぼくはこの町から東京の友人にラインを使って通話したのですが、音声はクリアでまったく問題がありませんでした。Wi-Fiはチェックインのとき、オーナーに渡されたカードに書いてあるパスワードを入れるだけ。無料です。いまどきアセアン諸国のツーリストが多く訪れる町では、これは常識といっていいでしょう。こんなこと、あまり言いたくはないのですが、アジアの片田舎ですら東京よりずっと通信環境は進んでいるのです。

 

次は「食(グルメ)」です。ホテルの部屋で荷を解き、シャワーを浴びたら、誰でも町を歩いてみたくなるものです。食事をどこで取ろうか、ミネラルウォーターや軽食はどこで買えばいいか。この町にはコンビニはないけれど、ツーリスト向けの雑貨屋が数軒あります。

 

 

 

 

これがラオスの屋台そば

この地を訪ねた8月は雨季にあたるので、日本人の姿は少なかったですが、ぼくの泊まったゲストハウスの隣のカフェレストランには、欧米から来た若いツーリストが大勢いました。そこはこの町でいちばん有名なゲストハウスで、ちょっとにぎやかすぎると思ったので、隣の宿にしたのです。朝食だけ隣でとればいいからです。ハムエッグ付きのイングリッシュ・ブレックファストが食べられます。もちろん、近所の屋台で地元のそばを食べるのも自由です。

 

観光(アトラクション)の手配もストレスなし

「住(アコモデーション)」と「食(グルメ)」の問題がこうしていとも簡単に解決してしまうと、人はたいてい満足してしまうものですが、ツーリストの場合はちょっと事情が違います。「足(トランスポーテーション)」と「観光(アトラクション)」の課題が解決されなくては、旅人としての根本的な欲望が満たされたとはいえません。それがうまくはかどらなければ、ツーリストはストレスを感じるものです。

少数民族の集落へのトレッキングツアーに参加するにはどのトラベルエージェンシーに頼めばいいのか。近郊の町に移動するためのバスや飛行機のチケットはどこで買えばいいか……。だいたいこういった内容ですが、これはツーリストにとって重要な“仕事”といえます。

その点、ルアンナムターのメインストリートには、ホテルやレストラン以外に、トラベルエージェンシーやツーリストオフィス(観光案内所)などの施設が並んでいます。つまり、この町ではツーリストにとって肝心の“仕事”も、徒歩圏内でストレスなく段取りできてしまうのです。

 

 

 

 

トラベルエージェンシーの前に置かれたトレッキングツアーの告知

ルアンナムターにはトレッキング以外にも、サブ的なアトラクションがいろいろあります。たとえば、市街地にはルアンナムター博物館があります。この地域に暮らす少数民族の歴史や風俗を展示しています。誰しも旅に出ると、異文化に対する知的好奇心が刺激されるものです。

 

 

 

 

 

ルアンナムターのナイトマーケット

もうひとつのポイントが、夜をどう過ごすか。ツーリストにとってナイトライフは大切なアトラクションです。都会であれば、繁華街に繰り出せばいいのですが、こんな片田舎では何をすればいいのか。でも大丈夫。ルアンナムターには、夜になると屋台が並ぶナイトマーケットがあります。夕食はここで地元料理を味わえばいいのです。もちろん、前述のカフェレストランでは簡単な洋食が食べられますし、町のいたるところにある屋台そばでしめることもできます。

こうした4つのインフラが過不足なく揃った環境こそ、居心地のいいツーリストタウンといえるでしょう。

整理してみましょう。外国人ツーリストにとって居心地のいい町の条件とは?

①ツーリストにとって快適なホテルがあること。Wi-Fi整備は必須。
②ホテルの周辺で「食(グルメ)」「足(トランスポーテーション)」の手配がストレスなく可能なこと。
③メインの観光以外に、知的好奇心を満たしたり、ナイトライフを楽しんだりするためのアトラクションがあること。

はたして日本の観光地はこれらの条件が十分揃っているといえるでしょうか。

※ルアンナムターについての詳細は、中村の個人blog「外国人ツーリストにとって居心地のいい町の必要十分条件とは?」http://inbound.exblog.jp/21997222/を参照。

 

東京にはいくつかのツーリストタウンがある

もちろん、ルアンナムターのような小さな町と東京のような大都市では、ツーリストの動線やニーズは違うところもあるでしょう。でも、基本的にツーリストに必要なインフラはそう大きく変わるものではありません。

先日、東京観光財団を取材しました。テーマは「東京“インバウンド”事情 その実態は?」。2020年オリンピック開催決定で注目される東京都の外国人旅行者の実態や受け入れの課題について話を聞きました。以下、東京観光財団観光事業部アジアプロモーション担当課長の田所明人さんへのインタビューの一部抜粋です。

 

――東京を訪れる外国人の数はどのくらいいるのですか?

「日本を訪れる外国人観光客のうち、70%が東京都を訪れています。昨年は訪日外国人数が過去最高でしたが、それは同時に東京を訪問した外国人数も最高だったことを意味しています。つまり、訪日外客の7がけが大まかに東京を訪れる外国人数と考えていいと思います(※だとすれば、2013年に東京都を訪れた外国人は約700万人)」。

 

――東京都を訪れた外国人の多くはどこを訪ね、どこに泊まっているのですか?

「東京都が実施した国別外国人旅行者行動特性調査によると、訪問先のトップは渋谷。スクランブル交差点はもはや定番観光スポットです。宿泊エリアのトップは新宿。買い物もでき、歌舞伎町などのナイトスポットも充実。交通の便がよく、比較的低価格のホテルも多数あり、客室数の多いエリアといえるでしょう」。

■訪日外国人観光客の訪問先・宿泊エリア

順位訪問先宿泊エリア
1位渋谷新宿
2位新宿東京・丸の内
3位銀座赤坂、六本木、浅草
4位秋葉原 
5位浅草銀座

(平成24年度国別外国人旅行者行動特性調査より)

この調査から明らかなのは、東京にはホテルの集中するいくつかの地区があり、外国人ツーリストの大半はそこをベースに行動していることです。具体的にいうと、新宿や池袋、東京・丸の内、赤坂、六本木、銀座、品川、浅草などが考えられますが、客室平均単価やロケーション特性の異なるそれぞれの地区に集まるツーリストのタイプや行動形態には違いがありそうです。

つまり、東京のような大都市圏の場合、ホテル集中地区ごとに、今回紹介したラオスの小さな観光の町と同様、ひとつの個性を持ったツーリストタウンとして捉え、それぞれの内実に見合った個別の受け入れ態勢を検討する必要があると思うのです。

 

東京の滞在で不便なことは?

――外国人旅行者は東京での滞在でどんなことに不便を感じているのでしょうか。東京のウィークポイントは何ですか?

「いくつかありますが、なかでも最大のウィークポイントといえるのは、Wi-Fi整備の遅れです。海外発行のクレジットカードでのキャッシングがどこでできるかもよく知られていません。セブン銀行や郵便局、CITI BANKなどで利用できるのですが、外国人にもわかるような表示がきちんとされていないと指摘されています。羽田の深夜便を利用した外客の都心へのアクセスの問題もあります」。

日本政府観光局と観光庁が実施した調査に、以下のデータがあります。

■いつ、どこでインターネットを利用したいか?(複数回答)

1位宿泊先88.9%
2位空港43.1%
3位街頭40.9%
4位駅・バス停30.5%
5位公共交通機関28.8%
6位観光や買い物時25.9%

(平成24年度TIC利用外国人旅行者調査報告書(JNTO)より)

■日本滞在中に得た旅行情報で役に立ったもの(複数回答)

1位インターネット(PC)45.0%
2位観光案内所(空港を除く)21.3%
3位日本在住の親戚・知人21.2%
4位宿泊施設19.8%
5位空港の案内所19.5%
6位旅行ガイドブック(有料)15.6%
7位フリーペーパー10.1%
8位インターネット(スマートフォン)6.4%

(平成22年度訪日外国人の消費動向(観光庁)より)

これを見てわかるのは、外国人ツーリストが日本を訪れた後、どのように滞在中の情報を入手しているかという実態です。空港やホテルに置かれたフリーペーパーのような紙媒体からではなく、圧倒的にネット経由で情報を探していること。また移動中に街頭でインターネットを利用したいという要望はあるものの、基本的にはホテルでじっくりパソコンを使って情報を探している姿が見えてきます。

それだけに、ホテルのWi-Fi整備の遅れは“おもてなし”という観点からも致命的といえます。逆に言えば、いち早くWi-Fi整備を手がけることが、外国客の集客にきわめて効果的であるということです。

※東京観光財団へのインタビューの詳細は、中村の個人blog「致命的な東京都内のホテルのWi-Fi整備の遅れ」http://inbound.exblog.jp/21992822/を参照。

 

急増するアジアFIT客のためのインフラ整備

今年の春節は中国客が戻ってきたようです。

日本経済新聞2014年1月30日によると、「日本向け査証(ビザ)発給のほぼ半分を占める上海の日本総領事館では、個人観光ビザの発給が過去最高のペース」。「昨年12月に発給した個人観光ビザは約1万4400件」で「前年同月の3.6倍」。「今年1月に入ってからも順調に伸びている」(上海の総領事館)といいます。

同紙では、中国の個人ビザ客の実態として「私費旅行」が増えたと分析しています。「習近平指導部が進める綱紀粛正」により、「今年1月から共産党員や公務員を対象に公務を名目とする視察旅行を禁じ」ているが、それでも訪日客数が増えたのは、「欧米よりも割安な日本に私費で旅行する人が増えたとみられる」からだといいます。

中国のFIT客の訪日が本格化することで、アジアの訪日旅行市場も大きく変わっていくことが予測されます。今後ますます増えるであろう海外のFIT客を取り込むためには、アジアの近隣諸国と比べて遅れが指摘されるツーリストのためのインフラ整備は急務となっています。

先日、水道橋の「庭のホテル」を取材しました。同ホテルは外国人宿泊客の多さで知られています。

総支配人は、外国人ツーリストの特性として「よく歩くこと」を指摘されていました。

「うちから都内のいくつかの観光ポイントは徒歩圏内で、外国の方は皇居や秋葉原などへ歩いて行かれるんです」(「庭のホテル」木下 彩総支配人)

この興味深い指摘から、訪日外客の受け入れ態勢を考えるうえで、行政単位とは別の視点が求められること。つまり、ホテルを中心とした「徒歩圏内」で形成されるツーリストタウンという発想が重要であることがわかります。

急増するアジアFIT客に対するインフラ整備を検討するうえで、ホテル集中地区ごとにタウンマップをつくってみるのは意味があります。ホテルを中心とした「徒歩圏内」に、今回ラオスのツーリストタウンで指摘した4つのインフラのうち、どれだけ揃っているのか、地図に落として調べてみるのです。もとより大都市圏では、海外の小さな町のようにすべての要素がコンパクトに揃うというわけにはいかないでしょう。それでも、わが町にはどの要素が足りないのか。またどの要素が弱く、どこを補充しなければならないのか、といったことを確認できるはずです。もちろん、強みも見つかるでしょう。

訪日外客に対する“おもてなし”で大切なのは、ツーリストの身になってわが町を考えるということです。今後は、都内のそれぞれのツーリストタウンの特性を分析していきたいと思います。

※中国からの訪日客の回復の背景については、中村の個人blog「今年の春節に中国客が戻った理由は、上海の訪日自粛がとけたから」http://inbound.exblog.jp/21992077/、「庭のホテル」総支配人のインタビューは、やまとごころ企業インタビュー「なぜ「庭のホテル」は外国人客に選ばれたのか」、ホテルを中心にしたタウンマップづくりについては「外国人ツーリストにとってうれしい地図とは?」http://inbound.exblog.jp/21998151/を参照。

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