インバウンドコラム

第11回 ホテルを核とした地域連携の試み―― サンシャインシティプリンスと池袋

2012.07.17

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これまでぼくは巷間伝えられるインバウンドの話題とは少し毛色の違った現場の話を10回ほど書いてきました。内実が広く知られていないことをいいことに、調子のいいことばかり言いたがる人が多いなか、今日の日本のインバウンドはどこに問題があるのか、多方面から「点検」し、考えてきたつもりです(まだすべての「点検」を終えていませんけど)。

結局のところ、日本のインバウンドが思い通りに進展しないのは、新興国市場からどう利を得ていくかという日本の経済界に共通した課題に直面しているからに他なりません。新興国の消費者や企業とどう付き合えばいいのか、我々はまだ不慣れで、これまでとは勝手が違って労力が報われない。何より制度上の整備が今日の状況に対応できていないことが大きい。多様な業種が関わるインバウンドの特性ゆえに、自らの属する業界や地域の利益だけを考えていては成り立たないのに、全体を見通して自分の役割を自覚することができず、地域や業種を越えた連携が進められない……。そういうケースが多いと思います。

 

震災からいち早く回復したサンシャインシティプリンス

今回紹介したいのは、東京・池袋にあるサンシャインシティプリンスホテルです。同ホテルは震災からいち早くインバウンド客が回復したことで知られています。なぜそれが可能だったのか。どんな取り組みをしているのか。白尾浩児支配人に話をうかがいました。

――今年の桜シーズンは中国を中心としたインバウンド客でずいぶんにぎわったようですね。震災後はいつ頃から回復が見られたのでしょうか。

「震災直後の昨年4月、客室稼働率が19%とどん底まで落ち込みました。そこで私は破格のキャンペーン料金を打ち出すことにしました。当初、夏休みは原発の影響で家族連れは来ないだろうという見方が多かったのですが、海外の旅行会社と連絡を密に取っていたところ、ファミリー需要が動き出しているという情報があり、このチャンスを逃す手はない。

「震災直後の昨年4月、客室稼働率が19%とどん底まで落ち込みました。そこで私は破格のキャンペーン料金を打ち出すことにしました。当初、夏休みは原発の影響で家族連れは来ないだろうという見方が多かったのですが、海外の旅行会社と連絡を密に取っていたところ、ファミリー需要が動き出しているという情報があり、このチャンスを逃す手はない。

添い寝のお子様には朝食を無料で提供。航空券と組み合わせて3~4泊で1泊無料、6泊で2泊無料という商品をつくったところ盛況となりました。

その結果、8月には中国客が前年度比95%まで回復し、台湾やタイは200%に拡大しました。10月の国慶節の時期には中国客は前年度比150%超となり、今年の1月には250%超となっています」。

 

海外の旅行会社に向けたきめ細かい情報提供

――2011年は日本のインバウンド市場が大きく後退したにもかかわらず、都内のホテルではプリンスのひとり勝ちだったようですね。なぜこうしたことが可能だったのですか。

「私は年に数回アジア各地域の旅行会社を訪ねています。大切なのは現地の情報を常に取り入れて、今何が求められているか、正確に判断することです。インバウンドはタイミングを外すとチャンスを取り逃してしまいます。情報収集と即断即決が必要です」。

――最近、全国のホテルが海外の旅行博覧会に独自でブースを出展したり、現地の旅行会社を直接訪ねて回ったり、海外でのセールスが増えているようですが、必ずしも集客につながってはいないようです。どんなことに気をつけるべきでしょうか。

「海外向けB to Bの観光情報媒体がいくつか刊行されていますが、他社のホテルの掲載ページを見る限り、客室やレストラン、グループホテルの写真を並べるだけで、海外の旅行会社にとって有用な情報が載っていません。海外の旅行業者がホテルを選ぶ際、宿泊料金が最も重要な条件であることは確かですが、もっときめ細かい情報を提示すべきです。

たとえば、弊社のページでは、スタンダードの客室と間取り、部屋の面積、朝食やバイキング、団体客向け夕食のメニューなども写真入りで紹介しています。加えて、サンシャインシティにある展望台や水族館、ホテル周辺にある百貨店やビッグカメラなどの商業施設の情報も入れています」。

 

中国向けB to Bの観光情報誌「壹游日本」のサンシャインシティプリンスホテル(池袋太阳城王子酒店)のページ。

――これらは海外の旅行関係者がどんな情報を必要としているかというニーズに応える内容になっていますね。

「一般に日本のホテルの客室面積は海外に比べて狭いことが知られています。それだけに、写真だけでなく、フロア面積を具体的に表示することは旅行業者にとってツアーを企画するうえで参考になります。最近、どのホテルでも団体客向けバイキング料理を用意しており、その内容は手の込んだものが多いと思いますが、海外の旅行会社にその中身まで伝えるケースは少ないでしょう。相手も集客のプロだけに、イメージ写真だけでは選ぶ条件にはならないのです。彼らの知りたい具体的な情報の提供こそが信用につながるのです」。

 

 

 

 

サンシャイン水族館やナムコ・ナンジャタウンの宿泊者限定の割引チラシ。ホテルのロビーや客室で入手できる。

同ホテルは、ご存知のようにショッピングとアミューズメントの複合施設であるサンシャインシティの中にあります。こうした環境は買い物好きのアジアインバウンド客の取り込みを望むシティホテルにとって大きな優位性といえます(欧米客にとっては必ずしもそうとは限りませんが)。同ホテルでは、宿泊客を対象にサンシャインシティ内のアミューズメントスポットや商業施設でルームキーを提示すれば割引を受けられるサービスを実施しています。

 

 

 

 

 

強みはホテルを核とした地域の連携

ハローキティのプレゼントはアニメイトとコスプレ専門店の「ACOS」で実施された(2012年1月2日~4月30日)。

ホテル周辺の商業施設や飲食店との提携も進んでいます。たとえば、サンシャインシティプリンスに隣接する東池袋の一角には、アニメ関連グッズを扱うショップが並び、ファンの女の子が集まる「乙女ロード」があります。同ホテルの海外向け案内(日英中3カ国語バージョンあり)には、アニメイトやKブックス、まんだらけといったその筋では有名なアニメショップの情報も載せています。これらのアニメショップで3000円以上買い物をした宿泊客がルームキーを提示すれば、ハローキティの携帯ストラップをプレゼントするという特典の提供も行っています。

 

 

 

 

 

池袋はアニメの聖地のひとつ。「乙女ロード」とアニメイト。

最近、アジア客に限らず、アニメをテーマにした外国人ツアーが話題になっていますが、連泊の拠点としてサンシャインシティプリンスの周辺環境が持つ特性は海外の旅行会社から見て魅力に映るはずです。アニメ関連施設がホテルに隣接していることをうまく訴えれば、ファミリー層の集客の宣伝材料になるのです。

外国人観光客は、団体であれ個人であれ、都内のどこかで必ず宿を取らなければなりません。激安ツアーでは都内と称して千葉などのホテルが利用されているわけですが、ただバスで夜遅くやって来て、眠るだけのホテルでは地元になんら貢献することはできないでしょう。観光客がひとところに集まっているホテルという場を核にした地域が連携によってさまざまな相乗効果をあげることができるのではないか。その際、ホテルが積極的にメディア機能を果たすことが重要となります。サンシャインシティプリンスは現在、池袋においてその重要な役割を果たしています。

 

こうした地の利を活かすべく池袋で立ち上げられたのが「池袋インバウンド推進協力会」(以下、「協力会」)です。豊島区観光協会とホテル、百貨店、小売9社(東武百貨店、西武百貨店、サンシャインシティ、ビッグカメラ、東急ハンズ、マルイシティ、ルミネ、サンシャインシティプリンスホテル)による月1回の研究会が開かれています。

ビッグカメラの中国語チラシも池袋のホテルには置かれている。

同会では、割引クーポン付きの「池袋ガイドマップ」(中国語簡体字、繁体字、英語、韓国語の4ヵ国語版)の制作を行っています。マップには、家電製品や化粧品、ファッション、アニメなどの商業施設や、ホテルで問い合わせが多いというラーメンや牛丼店、100円ショップなどの情報を入れています。

割引クーポン付きマップというのは、全国どこのホテルでも普通に置かれているものです。日本人にとっては当たり前の旅先メディアですが、外国客に焦点を合わせたものをつくるのはそれほど簡単ではありません。日本語マップをそのまま翻訳しただけでは、外国客にはあまり意味をなさないからです。国・地域によって異なるニーズの違いをどこまで理解できているかは、インバウンドを成功させる鍵ですが、直接観光客と商取引をする小売業の方たちは、彼らの取り込みについてホテルの関係者以上に緻密に攻略法を考えています。それぞれ役割が異なるだけに、ホテルと小売店の連携は意味を持ってきます。

 

池袋はアジアインバウンドの発祥の地

都内には、銀座や新宿、品川などホテル集住地区はいくつもありますが、国籍や所得階層から見た宿泊客の特性は微妙に異なっています。それぞれ個性的な商業施設を有しており、前述の「協力会」のような地元の連携組織はたいていあるようです。ただ残念なことに、池袋ほど無理なく地域が連携しているケースは多くはなさそうです。

その理由のひとつは、都内の大半のホテル集住地区がアジアインバウンド客の来訪を最近まで想定していなかったからでしょう。そのため、地区の核として積極的にメディアの役割を果たすホテルの存在が、池袋ほど明確になっていないかもしれません。ただそれは無理からぬ面があります。ホテルごとに日本人客と外国客の宿泊比率の違いがあり、インバウンドに取り組む姿勢や温度差が違っていたのは仕方がないことだからです。

白尾支配人によると、サンシャインシティプリンスでは宿泊者の半数が外国人で、うち7割が中国系(台湾、香港、シンガポールを含む)といいます。ここまで外客比率が高いホテルは、一部の総客室数を少なく絞り込んだ高級外資系ホテルや格安のインバウンド専門ホテルを除いて都内には少ないといえるでしょう。

サンシャインシティプリンスの外客比率が高いのは、同グループの歴史的背景があります。そもそも1982年に開業した同ホテルは、当初からインバウンド市場を主要なターゲットに据えていたのです。当時を知る関係者によると、1980年代に台湾や香港、シンガポールなどのアジアインバウンド客を受け入れていた都内の主なホテルは、銀座第一ホテル、京王プラザ、サンシャインシティプリンスなど。すべて客室数の多さを誇る新興ホテルです。

アジアインバウンドホテルの先駆けとして開業されたのが、サンシャインシティプリンスでした。1980年代初頭のアジアでは、60階の高層展望台や巨大なショッピングコンプレックスが隣接したシティホテルというのは、香港以外にはまだなかったため、アジア客にとって池袋は最先端の場所として認知されていたのです。そういう意味でも、池袋はアジアインバウンド発祥の地といえるでしょう。

それだけに、サンシャインシティプリンスは、インバウンドに取り組むスタンスが開業当初から明確でした。それが同ホテルの強みとなってきたのです。白尾支配人によると、ここ数年グループとしてもインバウンドへ取り組みは活発で、都心のシティホテルだけでなく、軽井沢などのリゾートホテルでも取り組みが強化されているそうです。

白尾支配人は「これからは中国もFITの時代。宿泊客のスマートフォン利用は当たり前となっているので、館内でのWi-Fi無料化対応など、新たに手を付けていかなければならないことは多い」と言います。

 

課題は共通。集客と収益のバランス

その一方で、インバウンド客を受け入れているホテルには、気の重い問題があります。アジアインバウンドの受け入れが始まった1980年代以降の30年間で、現在の日本のホテルの宿泊料金は最安値時代に突入していることです。

つまり、いくら客室稼働率が高くても、収益増につながらないのです。震災以降、どのホテルも激減したアジアインバウンド客を呼び戻すためにキャンペーン料金を乱発しましたが、1年以上経過した今でもその価格は元に戻りません。新興国市場と取引することで日本経済のデフレが進むというのは、まさにこのことです。

白尾支配人に今回の話をうかがった3月下旬、知り合いのホテル関係者からこんな話を聞きました。ある出版社が主催した日中の企業家を集めたビジネス交流会で、約100名の中国の新興企業家が来日した際、宿泊ホテルとして彼らが選んだのは、都心にある某アジア系高級外資ホテルでした。彼らは約1週間、そのホテルに滞在しましたが、レストランや会議室の利用なども含め、合計約5000万円を消費したそうです。なにしろスタンダードの客室平均単価が6万円ということですから、トータルでそのくらいの売り上げになったというのです。宿泊料金が最安値時代を迎えた日本のシティホテルが同じように売り上げようとしたら、どれほどの宿泊客数が必要でしょう。

ここには高級外資と日本のシティホテルのビジネスモデルの違いがあります。1週間で5000万円のホテル内消費という現実は、まさに新興国における格差問題の反映そのものです。今や中級クラスのホテルの客室単価は、日本と中国の大都市部では変わりません。一般の生活消費財は日本のほうが高いかもしれませんが、ブランド品などのハイエンドの商品となると、関税や消費税の高さから中国のほうが日本より圧倒的に高いのが現実です。

ただし、中国のハイエンド購買層はまだまだ限られています。中国インバウンド客というのは、我々の想像している以上に大きな格差を有した2つの消費者群に分けて考えなければなりません。そうした発想や取り扱いに我々はまだ慣れていないといえるでしょう。

ここでぼくが言いたいのは、ビジネスモデルはひとつではない。どのモデルが自らにふさわしいのか、きちんと見極めないようでは、インバウンドはうまくいかないというということです。どちらのモデルが儲かりそうかと頭をめぐらし、ソロバンをはじいたところで、自らがそれにふさわしいプレイヤーでない限り、うまくいくはずがない。格差消費が徹底し、ある意味分断されている新興国市場に不慣れな我々は、両者の違いを見極められず、つまずいてしまうことが多いのです。

もっとも、どちらをターゲットに選ぶにしても共通しているのは、集客と収益のバランスをどう取るかということが課題であることです。意地悪なことをいえば、高級外資ホテルでも高額消費をしてくれる宿泊客が随時来てくれるのであればウハウハといったところでしょうが、このご時世そんなことはありえません。どちらの層を選ぼうと、新興国市場の消費者や企業との利益の取り分をめぐる駆け引きは避けられません。それだけに、今回ホテルを核にした池袋の取り組み事例を紹介しましたが、その駆け引きを有利に進めるためにも、異業種同士がお互いの立場を理解しながら、地域において連携していくことはますます必要になっていると思います。

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