インバウンドコラム
一般社団法人インバウンドデジタルマーケティング協議会(IDM)は11月21日、「各国政府の観光マーケティング/ スポーツマーケティングを学ぶ」をテーマとしたセミナーを開催した。
インバウンド業界におけるデジタルマーケティングの重要性は日に日に高まりつつあるが、取り組みは始まったばかり。今回は、視点を少し変え「海外政府観光局の取り組み」「スポーツ業界のデジタルマーケティング施策」を知ることで、インバウンド業界におけるデジタルマーケティングの可能性を探っていく。
前編は、海外政府観光局の取り組みとして、ブランドUSAをはじめとする世界40カ国・州・都市の観光関連団体の日本事務所として、日本人のアウトバウンドプロモーションなどを担ってきたアビアレップス株式会社の早瀬氏、タイ国政府観光庁東京事務所で、日本人のタイ誘致に従事する藤村氏、フィンランド政府観光局やバルト三国、ブータン政府観光局の日本業務を担当する株式会社Foresight Marketing能登氏。このお三方に伺った、長年の取り組みを経て得たデスティネーションマーケティングのコツやポイント、事例をQ&Aの形式でお届けする。
海外から学ぶ デスティネーションマーケティングとデジタライゼーション
パネリスト:
アビアレップス株式会社(ブランドUSA日本事務所、他)代表取締役 早瀬 陽一氏(以下、早瀬)
株式会社Foresight Marketing(フィンランド政府観光局日本事務局、他)代表取締役 能登 重好氏(以下、能登)
タイ国政府観光庁 東京事務所 マーケティングマネージャー 藤村 喜章氏(以下、藤村)
トレードマーケティング(旅行会社など業界向けのB to Bマーケティング)、コンシューママーケティング(B to Cマーケティング)をどのように使い分けているか。
早瀬:
消費者のデスティネーションに対する知識や予約経路による。例えば、ニューヨーク、サンフランシスコといった成熟した市場は、B to C向けのマーケティングを行うが、ペルーなどは個人旅行客が少ないため、旅行会社向けのマーケティングに力を入れるといった具合。ただ、クライアントが「B to C向けプロモーションをしたい」というような意向があれば、意図を汲んだ施策を行う。
藤村:
投資効果をしっかりと測定したいときは、実数が計測できる旅行会社と組んだ施策を行う。一方で、消費者の認知度を高めるといった目的の場合は、消費者向けの施策を行う。
能登:
デジタルマーケティングにおける情報の出し方も同じだ。例えば、私たちが日本業務を手掛けるフィンランドは、成熟したデスティネーション。Webサイトはもちろん各種SNSもほぼすべて運用しているため、コンテンツや情報の出し方は業界向けと消費者向けでほとんど変わらなくなっている。一方で、バルト三国のような未成熟のデスティネーションは、業界の人とともに取り組むことが増える。
長年デスティネーションマーケティングに携わる中で、変化する市場において今現在も普遍的に通用する施策は?
早瀬:
メディア含めた第三者からのエンドースメントは重要。最近は特定のKOLやインフルエンサー、知り合いの意見やコメントを信じる傾向が強い。
藤村:
メディアについては、正確な情報を出すという観点ではうまく活用すべき。
能登:
インターネットの発達により、どんなデスティネーションも画面で見ることができるため、それ以上の何かの訴求が必須。集客の面ではSNSやデジタルも欠かせないが、実際に小さな体験ができるイベントで旅行の背中を一押しすることも大切。例えば、フィンランド観光局はサウナキャンペーンをやっている。サウナは日本にもあるが、フィンランド式サウナは現地に行かないと体験できない。日本で小さな体験をしてもらい、フィンランドに誘致するといった取り組みも欠かせない。
実際に取り組んだが成果出なかった施策は?
能登:
フィンランドには、有名な観光地、素晴らしいツーリズムアイコンがないのが特徴。そんな状態で認知度がない中で行ったポスターキャンペーンは大成功した。ただ、一定の認知を得た状況でキャンペーンを継続して行ったが、その後まったく効果が出ず失敗に終わった。デスティネーションごとにマーケティング手法を変えるなど模索が必要、ということをその時に学んだ。
藤村:
タイには77の県があり、これらの地域にいかにして観光客に訪れてもらうかが課題だ。この地方への誘客に旅行会社の力も借りたいと考えているが、20年前も今も旅行会社の主力商品はバンコクに変わりがなく、地方への商品が育たない。
早瀬:
前提として、効率の観点で見ると、海外政府観光局は同じ施策を全地域にやりたいと考えるのだが、それでも日本市場に合うものと合わないものがある。その中でも、旅行会社向けオンライントレーニング(eラーニング)は、他の市場では成果が出るが、何度やっても日本の旅行会社の方は全く使わず成果が出ない。
現在直面している課題は?
能登:
これまでの考え方は「Everybody Welcome」という言葉にあるように、ツーリズムプロモーションが主な仕事だった。ただ、今はオーバーツーリズムという言葉が注目を集め、一部の地域に観光客が押し寄せるなどの問題が起こっている。そういった地域であればあるほど、マネジメントする能力が求められるようになる。これは政府観光局のみならず旅行業界全体が直面する課題。
藤村:
現在、タイ政府観光局は、南アメリカ大陸へのオフィス開設など、これまでターゲットとしなかった市場への進出が検討されており、新興市場に予算が流れている。今後は、限られた予算の中でいかに成果を上げるか、という課題に直面している。
早瀬:
ブランドUSAもタイと似たような状況だ。例えば、イギリス、ドイツ、日本などは成熟市場で伸びしろは少ないが、中国、インド、ブラジルなどは今後伸びていく市場。そんな中で、アメリカ合衆国の政府観光局がどの市場にリソースを投入するのか、これは政治的な側面もあるが、伸びることが確実な新興市場にするか、それでも勇気をもって成熟市場に投入するのか。これはプロモーションをしていくうえでの課題になる。
日本のインバウンド市場についてどう見ているか。また参考にできるDMOは?
早瀬:
ブランド USA以外の観光局の日本事務所の代行業務も担っているが、ビジネス上の共通言語は英語だ。しかし、日本のDMOと仕事をする際は、報告書などは全て日本語で提出しなければならない。英語を基本としなければ、翻訳に手間と時間がかかってしまう。
能登:
フィンランド政府観光局も、公用語は英語と書いている。
フィンランドの西海岸に群島地帯があるが、世界的にプロモーションをしてもなかなかうまくいかない。似たような地理的条件を持ち、様々な取り組みを行うせとうちDMOは、デジタルマーケティングもそれ以外の点でも一定の成果があるため注目している。
デスティネーションマーケティングの本質を一言で表すとしたら?
早瀬:
政府観光局は、宿、ショッピング、食、文化…など、とにかくステークホルダーが多岐にわたり、皆とうまくやっていく必要があるため、マーケティングが難しい。そういったイメージも込めて、一言で表すとしたら「八方美人」
藤村:
様々な関係者との付き合いがあるのは同じだが、特にタイの組織はトップダウン型なうえに、急な対応が求められる時もある。それをどう形にしていくか、その時に必要なのが「ネットワーク」。これがあるからこそうまくやれる。
能登:
国や地域のプロモーションをする時、私はその国を自分の娘であるかのように考え、この子をどう芸能界でデビューさせるかという視点で考えている。そんな時に、「これもいい」「あれもいい」と紹介してもよさは伝わらない。その中で、どの部分を最初の突破口とするかを決めるのが肝であり、政府観光局の仕事で最も大切。最初のヒットを飛ばすまでが一番の勝負だ。マネージャーとして、どう売れない演歌歌手を紅白歌合戦に出場させるか、「歌手のマネージャー」だと思って取り組んでいる。
なお、後編では、スポーツ業界のデジタルマーケティング施策をレポートする。
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