インバウンドコラム
新型コロナウイルスの影響を受けて人の移動や働き方も大きく変化している。日本でも在宅ワークやテレワークを取り入れる企業が増えたほか、withコロナの時代の新しい働き方として、リゾート地など普段とは異なる場所で働きながら休暇取得等を行うワーケーションにも注目が集まっている。
そこで今回は2年以上前からワーケーションに着目し、国内外の調査研究を重ねてきた第一人者、山梨大学の田中敦氏をゲストに迎え、日本型ワーケーションの特徴や導入の鍵を握るポイントなどについて具体的に話を伺った。
時間と場所にとらわれない自由な働き方に注目
ワーケーションとは、ワークとバケーションを組み合わせた欧米発の造語である。欧米においては休暇の質を重視するため、休暇中に仕事を持ち込むのは良くないとの考え方は一般的だ。ただ、2015年頃からアメリカでは、特にマネージャー層などの多忙なビジネスマンにおいて「休暇中に仕事をしながら家族と大事な時間を過ごすというスタイルもあるのではないか」という意味で、ワーケーションという言葉が使われるようになった。
日本国内でもまだ新しく、最初にワーケーションを導入した大企業としてJALの事例が良く取り上げられるが、制度のスタートは2017年である。当初は、導入している企業と合わせて、地方創生の文脈でふるさとテレワーク等の事業の延長線上で語られることが多かった。関係する省庁も、観光庁ではなく、総務省、厚生労働省、経済産業省、内閣府等で、旅行需要の拡大が第一義的な目的ではなかった。
ワーケーションに注目が集まったきっかけは?
田中氏によると、国内で関連した報道が増加してきたのは、2019年7月頃からで、「ワーケーション」という単語を含む新聞記事の件数が急増してきたという。
これは、当時TOKYO2020開催のちょうど1年前で、開催期間中に都心への通勤者を極力減らそうという動きがある中で「テレワークデイズ」などのワーケーションと接点のある動きが出てきたことと、ワーケーションの推進に積極的な自治体によるネットワーク「ワーケーション自治体協議会(WAJ)」が設立され、連携してワーケーションの取り組みを積極的に発信し始めたことなどに起因している。報道の内容を見ると、地域における関係人口の増加や経済効果への期待、それを後押しする働き方改革の浸透があるのではないかと言われていた。
また今年の連休前に、環境省の「国立・国定公園、温泉地でのワーケーションの推進」に大型の補正予算が計上されるなど、国が積極的に推進し始めたことで、ワーケーションがさらに注目を集めるきっかけになった。国内市場がコロナ禍で影響を受けている中での新たな滞在型の観光需要という点で大きな可能性が見いだされたことで、少し潮目が変わったように感じていると田中氏は言う。
ワーケーション4つのステークホルダー
ワーケーションを取り巻くステークホルダーとして、企業、労働者、行政・地域、関連事業者の4つを田中氏は挙げた。
まず、企業のワーケーションの導入意向についてみていくと、ワーケーションの実現には、情報通信機器等を活用し、時間や場所の制約を受けることなく柔軟に働けるテレワークの環境整備や就業ルールなどの条件整備が欠かせないが、まだその機運が十分に高まっているとは言い難い状況だという。例えば、雇用型ワーケーションを行うための前提となるモバイルテレワークのシステムを導入しているのは、2017年の総務省の調査では大企業で約25%、中小企業では11~15%しかなかった。またワーケーション実施中の安全配慮義務や労災などの対応、移動や宿泊等の費用負担、さらに出社していない期間の円滑な業務マネジメントや評価等の問題があり、制度導入に対しては消極的な企業が多かった。しかしながらここ数カ月のコロナ禍で企業での働き方や取り巻く状況が一気に変化したことにより、今後のワーケーション導入に向けたハードルは一気に下がったと考えられる。
次に労働者側についてであるが、1つ注意が必要なのは、ワーケーションは全ての働く人たちが諸手を上げて制度の利用に好意的なわけでないことだ。例えば、JTB総合研究所の調査によると、2019年の時点では必ずしもワーケーションをしたい人が圧倒的多数派というわけではなかった。プライベートの旅行中に行なった仕事を業務として認められれば休暇が取りやすくなると答えた人が20~30代男性では35.3%いるのに対し、40歳以上の女性では22.6%と10%以上差が出ている。また、出張とプライベート旅行を完全に分けたい人が20~30代女性では32.2%にのぼる。
また、別の調査では、他者との関わりを重視したり、公私混合した時間の使い方を容認できる人はワーケーションをやりたいと答えているが、意外にもプライベートを重視したい人の利用意欲は必ずしも高いわけではないことも明らかになった。実際にワーケーションを利用した際の効果についてはまだ十分なデータの蓄積がなされていないため、今後利用者が増える中で、彼らの意向や実際にワーケーションを行った際の効果についての研究をさらに進める必要があると田中氏は述べている。
地域や行政においては、ワーケーションを推進することで人口減少に伴う空き家等の社会課題の解決や、将来の多拠点居住や移住への導線としての関係人口の増加が期待される。先述のワーケーション全国自治体協議会に参加する自治体の中には、総務省が2015年度から実施していた「ふるさとテレワーク推進のための地域実証事業」に参加していた自治体も少なくなく、この事業から発展する形でワーケーション推進に力を入れているという。
ワーケーションの関連事業者として代表的なものには、コワーキングスペースがある。2010年頃から東京都内でも増え始め、2017年には都内の新規開設数が約40カ所、2018年には前年2倍の約90カ所にのぼった。コロナ以前から事業拡大が進んでいたことになる。最近では、民泊や定額住み放題サービスなど多様なスタイルを提供する宿泊施設もワーケーションの関連事業者として存在感を強めている。さらに最近、新たな業態を含めたワーケーションに関連した事業者間の連携も急速に進んでいる、という。その一例として、人材派遣サービスのパソナとJAL、ANA、自治体が連携して地方創生や地域の人材育成に取り組む事例や、定額住み放題サービスHafHとJR西日本が連携した例などを紹介した。
4つのプレイヤーがそれぞれの思惑や期待を持って動き始めたが、まだまだ温度差があるのがこれまでの状況であったと田中氏は振り返った。
日本型ワーケーション4つのスタイル
田中氏によると、日本型ワーケーションには、1.休暇と仕事の両方を兼ねたワーケーション、2.休暇中の一部の時間を仕事に充てるワーケーション、3.出張後にレジャーを付け足すブリジャー、4.MICEの「M(Meeting)」であるオフサイト会議や団体研修型のワーケーションの、4つのスタイルがあるという。
4つとも、まだ需要が大きく顕在化しているわけではないが、来年、2020+1として東京オリンピックの開催とシンクロして、ワーケーションの利用意向や環境が大きく変化するのではないかと田中氏は見ている。
1施設ではなく地域全体でワーケーションの受け入れ体制を
ワーケーションを企業が導入しやすくするための第一歩として田中氏は、ワーケーションに関するガイドランを国や関係機関が策定し、導入に向けた企業側の規程の改定や準備などの負担を軽くしていくこと、導入に向けた機運を高めるとともに、職場、上長、従業員それぞれがワーケーションの趣旨やメリットに理解を深めて、使いやすい「組織風土」を醸成していくことが重要と述べている。
同時に、受け入れ側も、従来の観光での利用を主目的とした宿泊施設の延長線上ではなく、ワーケーションとしての長期滞在に適した新しいコンセプトでのコワーキングやコリビング、サブスクリプション型の料金体系など、「発想のリノベーション」が必要となってくる。
さらに通常の観光旅行よりも長期滞在となるワーケーションでは、1つ1つの施設単位ではなく、地域全体としてのワーケーター受け入れの魅力づくりが極めて重要になる。例えば、地域の食材を使った気楽な定食屋さん、美味しいコーヒーと焼き立てのパンが食べられるカフェ、地元の人と各地から集まってくるワーケーターの人たちが心地良い距離感で気楽に飲みながらいつでもコミュニケーションがとれる素敵な「場」などだ。
withコロナ時代には、ワーケーションは、いわゆるフリーランスやデジタルノマド的な働き方ができる「イノベーター」「アーリーアダプター」層を中心にしたものから、今後一気にその裾野が広がると田中氏は予測する。国内マーケットが拡がっていく中で、ワーケーションエリアとして居心地がよく魅力的な人が集まる地域として付加価値を高めていくことで、将来インバウンド客が戻ってきたときに外国人ワーケーターやグローバルデジタルノマドに人気の受入れ地域となる可能性に、大きな期待を寄せている。
【登壇者プロフィール】
山梨大学生命環境学域教授社会科学系長・地域社会システム学科長
田中 敦氏
JTBに入社し、教育旅行、MICEや米国本社・欧州支配人室勤務等を経験。2000年、本人出資型社内ベンチャーとしてJTBベネフィットを起業し、30歳代で取締役に。その後、事業創造本部、JTBモチベーションズ等を経て、2016年山梨大学観光政策科学特別コース新設を機に現職。JTB総合研究所委託研究員。日本国際観光学会、ワーケーション研究部会部会長。
【開催概要】
withコロナ時代の観光戦略 vol.3〜拡大するワーケーションの課題と可能性〜
日時:2020年7月17日(金)15:00〜16:00
会場:ZOOMウェブセミナー
主催:株式会社やまとごころ
【今後開催予定のセミナー】
◆withコロナ時代の観光戦略 番外編 〜やまとごころ代表 村山が今お伝えしたいこと〜
2020年8月14日(金) 15:00~16:00
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