インバウンドコラム

サステナブルツーリズムの潮流と今後求められる対応/withコロナ時代の観光戦略 vol.15

2020.11.12

印刷用ページを表示する



withコロナ時代の新しい観光の在り方を模索するなかで、「サステナビリティ(持続可能性)」は世界共通のキーワードとなっている。今回は日本における持続可能な観光の国際基準の策定と審査の第一人者である一般社団法人JARTA代表理事の高山傑氏と、沖縄を拠点にエコやサステナブルの取組をプロデュースしている株式会社アンカーリングジャパン代表取締役の中村圭一郎氏を招き、持続可能な観光地域づくりの必要性と実際のプロセスについて、ツーリズムEXPOジャパンが開催されている沖縄でお話を伺った。モデレーターは株式会社やまとごころ代表取締役の村山慶輔が務めた。

 

世界と日本のサステナブルツーリズムの潮流

国連では2017年を「開発のための持続可能な観光の国際年」と指定し、持続可能な開発目標(SDGs=Sustainable Development Goals)達成に向けて世界各国で取組が進んでいる。毎年開催されているツーリズムEXPOジャパンでも、ここ3年ほど「持続可能な観光」というキーワードが毎回出ている。国連世界観光機関(UNWTO)では、持続可能な観光を「旅行者、産業、環境および地域コミュニティのニーズを満たしつつ、現在と将来にわたる経済・社会・環境への影響を十分に考慮した観光」と定義している。

 

持続可能な観光の世界共通ガイドライン「GSTC指標」

持続可能な観光の実現に向けて、どう行動していけばいいのか。グローバル・サステナブル・ツーリズム協会(Global Sustainable Tourism Council:GSTC)では持続可能な観光を実現するために考慮すべき指標や要素を2種類の国際基準として示している。宿泊施設やツアーオペレーター向けのGSTC-I(GSTC Criteria for Tourism Industry)と、観光地を対象としたGSTC-D(GSTC Criteria for Destinations)の2つだ。ただし、何をもって実現したかの達成基準や、その基準を達成するために取るべき行動計画などは言及されていないので、地域で考えた上で取り組む必要がある。

観光庁では今年6月に観光地向けのGSTC-Dに準拠した日本の指標を示す、「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」を発表した。高山氏は「オンラインでも無料ダウンロード可能なので、DMOをはじめ観光に関わる事業者はぜひ一度目を通してほしい」と訴えた。

 

国際的な認証制度「Green Destinations」

持続可能な観光地を目指すステップとして国際的な認証制度がある。Green Destinationsは国際認証の公式認証機関であるオランダの非営利団体グリーン・ディスティネーションが主催しているサステナブル・ツーリズム国際認証の基準で、より良い観光地づくりに努力している地域が選ばれる。GSTC-Dの基準をもとにした100項目の基準のうち、いくつ基準を満たしているかで金銀銅のアワード格付制度を設けており、日本では既に岩手県釜石市が100項目のうち60項目を達成して2019年に銅賞を獲得した。今年は日本からニセコ町、三浦半島、白川町、京都市、沖縄県が、15項目クリアでエントリーできるTop100選に応募して入選。観光庁では各自治体や観光地に対して、国際的な観光地の認証制度として評価が高いGreen Destinationsへのエントリーを支援している。

 

日本の持続可能な観光モデル地区、沖縄の取組

観光庁が推進する持続可能な観光モデル地区のひとつに選ばれている沖縄県の取組について、アンカーリングジャパンの中村氏から解説があった。中村氏は沖縄でエコツアーのガイドとして活躍した経験を活かし、2005年から持続可能な観光の実現を目指す沖縄民間観光局「アーストリップ」を運営、地域の観光課題に取り組んできた。そのなかで重視してきたのが、「地域の宝(自然・文化)」「地域住民の安心できるくらし」「観光客が満足できる体験」「地域を支える経済」の4つの視点だ。これらをうまくマネジメントすることが、持続可能な観光地づくりに欠かせないと説く。

 

資源、住民、観光客、経済の4つの視点

象徴的なのが久高島での事例だ。久高島のほとんどの海岸や砂浜は地元の住民にとっては神事を行う聖地であり、海水浴は禁止されているが、それを知らない観光客との間で度々トラブルになっていた。島の公式サイトでは海岸が聖域であると説明が記されていたが、観光客の多くが情報源として見るGoogleマップではビーチリゾートのカテゴリーでビーチパラソルのアイコンが表示されていた。これでは観光客が海水浴場だと認識するのも当然だ。そこで中村氏は観光客へ正しい観光情報を提供するために、どこが聖地で、どこが観光客に開放されている海水浴場かわかるようにGoogleマップ上の説明を修正申請した。地域の宝である聖地の砂浜を守りながら、観光客も地域住民も安心して滞在できるように取り組んだ事例といえる。その他にもスマートフォンアプリを活用して来島する観光客データを収集して可視化することで、地元の観光事業者も観光施策を立案しやすくなったという。

沖縄では住民の声を反映しながら、観光施策を行政任せにせず、自ら主体的に取り組む枠組みを時間をかけて構築してきた。2006年に発足した「沖縄観光の未来を考える会」では、産官学民が一体となって観光施策を考え行政に提案してきた。環境共生型観光の実現など6つのアクションプランを独自に策定して、アジア随一の国際リゾートアイランドを目指している。

 

サステナブルツーリズムは既に世界的潮流、全産業においてキーワードに

サステナブルツーリズムはエコツーリズムのように自然を相手にしたものだけでなく、空港やタクシー、レストランでもサステナブルな視点は今や不可欠だ。暮らしそのものが観光資産であり、より住みやすい街を目指すことが持続可能な観光といえる。観光業だけでなく、全産業がサステナブルの観点から事業を見直す時期にきている。

サステナブルツーリズムに取り組むことでメリット・デメリット両方が出てくるが、「メリットを最大化するには住民の声を反映しながら全体をマネジメントすることが必要だ」と高山氏は強調した。さまざまな指標をモニタリングしながら地域全体をマネジメントすることでコスト削減も実現できるという。

沖縄でも観光客1000万人という目標ばかり追ってきた過去があったが、自然への負荷、オーバーツーリズムによる住民生活への圧迫など課題も露呈してきた。中村氏は「今こそ、量より質の考え方に転換し、サステナブルツーリズムの概念を県民全体に浸透させていきたい」と語った。また、沖縄では観光業を目指す若者が減ってきている点も中村氏は注視している。背景には賃金だけでなく、仕事への満足度や幸福感が作用していると見ている。優秀な人材を確保することも持続可能な観光を目指す上では不可欠だ。

 

第一歩はGSTC指標をチェックして現状把握を

では、実際にサステナブルツーリズムに取り組む際、何から手を付ければよいのか。

中村氏はまず、国際基準であるGSTC指標を現場の人と一緒にチェックすることだとアドバイスする。国際基準と聞くとなんだかハードルが高そうだと感じる人も多いかもしれないが、チェックリストをみれば、意外と既にクリアしていることも多くあるいう。

高山氏もまずは身体検査と同じで自分たちの施設や観光地の現状把握するためにGSTC指標のチェックを勧める。持続可能な観光の指標として、地域住民の満足度など観光客数だけでは計れない多角的な指標が挙げられており、それに気付くだけでも一歩前進になる。

 

サステナブルかどうかがコロナ禍で明暗を分ける

最後に視聴者へのメッセージとして、高山氏は「サステナブルはライフスタイルすべての前提である」として観光業だけでなくすべての産業においても取り組むべきだと訴えた。

中村氏は「サステナブルに取り組んできた施設や地域では観光客が激減したコロナ禍でも地元客やリピーターを確保できている。これまでサステナブルに取り組んできたかどうかの差が出てきている」と指摘、観光とサステナブルはもはや切り離せない時代になってきたと強調した。

 

【登壇者プロフィール】

一般社団法人JARTA 代表理事 ⾼⼭ 傑 氏

カリフォルニア州立⼤卒。10年以上のアメリカと1年半のコスタリカ留学を経て80か国700都を滞在・訪問。持続可能な観光の国際基準の策定と審査については日本で第一人者と⾃負。このほか、アジア国17か国のエコツーリズムネットワーク理事として活動するほか、訪日外国人向けのエコラグジュアリーツアーを日本各地で開催。2015年からは文化財を活⽤した国際観光にも着手。日本の美しさを次世代に継承するために奮闘。世界観光機関(UNWTO)アジア太平洋センター内サスティナブルツーリズムセンター諮問委員。観光庁持続可能な観光ガイドラインアドバイザー、他。

 

株式会社アンカーリングジャパン 代表取締役 中村 圭一郎 氏

2002年那覇でガイド業を創業。2005年に沖縄民間観光案内所アーストリップを開設。2006年に民間企業でビジットジャパン案内所認定され、海外インバウンドFITの受入拠点の運営を開始。2010年沖縄県全域で広域観光の統括やアドバイザーを担当。現在は、地域離島の自治体と連携した様々な観光プロデュースを展開中。(一社)沖縄観光の未来を考える会事務局長。

 

【開催概要】
日時:2020年10月30日(金)10:30~11:30
場所:ZOOMウェブセミナー
主催:株式会社やまとごころ

 

本セミナーのYouTubeアーカイブ配信はこちら

 


【今後開催予定のセミナー】
インバウンドの過去・現在・未来〜過去の取り組みの振り返りからNext インバウンドを考える〜/withコロナ時代の観光戦略 vol.17 
 2020年11月13日(金)15:00~16:00

コロナ禍における地方都市・飛騨高山のインバウンドへの挑戦/withコロナ時代の観光戦略 vol.18
 2020年11月20日(金)10:30~11:30

最新記事